トラック運転手のTさんは、高校生だった頃に交通事故に巻き込まれて一カ月ほど入院していた時期があった。
バイクの免許を取得した直後に車にはねられて複雑骨折を負い、まずは看護師である母親が勤務する大学の附属病院に救急搬送されたのだという。
そこで一通り検査や診断を受けるとその翌日には同じ市内にある別の病院にストレッチャーで移送されて、そうして人生初の入院生活が始まるのであった。
完全なもらい事故のため入院費用は全額相手が負担してくれ、その上ありがたいことに割と広い個室で過ごすことができたのだという。
三階建ての病院の二階にあるごく普通の部屋だった。
入院初日は不安と緊張、痛み止めなどの投薬による影響や精神的疲労なども相まって、割と早い時間に眠気を覚え、気が付いたときには深い眠りの底に落ちていた。
それからどれくらいたった頃だろうか。
どこからかガヤガヤとうるさい人の話し声が聞こえ始めて、Tさんがふと目を覚ます。
眠い目をこすりながら息を殺して耳を澄ませてみると、それはどうやら隣室から聞こえているものだということが判明した。
話し声はしばらく続き、結局それから二時間はそのせいで眠れなかったそうなのである。
その翌日、部屋を訪れた婦長にTさんが昨夜の一件をそれとなく話してみると、途端にサッと顔色が変わった。
けれども婦長はどいういわけかその件についてうまいこと話をはぐらかしてうやむやにしたまま、部屋を去ってしまったのだという。
Tさんは内心、婦長のくせにふざけんなよ、と思ったそうなのだが、聞き返したところでどうせまた適当に返されるだけのような気がした。
なのでTさんは特に婦長を問い詰めたりはしなかったのだという。
その次の日も昨夜と同じように日が暮れると隣室から人々の騒ぎ声が聞こえてきた。大人数でガヤガヤと何かを話している。
かなり気に触るが、そのうちきっとやんでくれるだろう、と思ってTさんはとりあえず我慢をする。
そうして結局その状態が昨夜と同じように二時間は続いたそうなのである。
明くる日の朝、食事を運んできた看護師にその話をしてみると、隣室は備品置き場になっているので人の話し声などするはずがない、だからただの気のせいではないのか? と軽くあしらわれて終わってしまう。
そんなばかな、と思っても看護師は全く取り合ってくれなかった。
そしてその夜も案の定、隣室から騒々しい話し声が聞こえてくるのだ。いい加減うんざりするし腹立たしい。
「うるせえんだよ!」
たまりかねたTさんが罵声を浴びせると隣室が一瞬だけ静かになり、「今、うるさいって言ってなかった?」「ええ、言ってたわ……」というような会話が突然、明瞭に聞こえてきたのだという。
その直後にものすごい勢いでガチャガチャガチャ! と入り口のドアノブが回され、今にも気味の悪い何かが室内に入ってきそうだった。
あまりの恐怖にTさんはその直後に盛大に失禁をして、気を失ってしまう。
そうして気が付いたら朝になっていた。
結局、その騒ぎ声はTさんが退院するまで毎夜続き、むかつくけれどもTさんはひたすら我慢をして過ごしていたそうなのである。
作者秋元円