親父がT署の一課にいた時分と言いますから自分は中坊だった頃の事件ですが。
ある若夫婦を児童虐待による殺人〜当時は俗に折檻死〜で逮捕。
シングルマザーだったAは実に子煩悩で周囲の評判も良かったそうでした。
そんな彼女がBと籍を入れた訳はBが子供好きだったからなのですが…ある日Bが辟易してこう切り出したそうです。
「あの子、なついてくれるのは嬉しいし、甘えん坊なのも可愛いんだけど…一寸、な。しつこ過ぎるんだ…」
幼稚園児の娘は確かに甘えん坊だと思っていましたが、Aは今迄それで普通だと感じていましたし、嫌われるよりいい筈だ、と思ったので
「疲れているからそう感じるだけ」
と初めの内は軽くあしらっていたのですが。
Bにして見れば古く小さなアパートの一室での、それでも幸せな家庭に愛妻と、そんな彼女の可愛い連れ子の存在は嬉しい反面いささか煩わしくもあり、気持の面でフォローして欲しい愛妻のAはまともに取り合ってくれない。
…徐々に募って行ったBのフラストレーションは、ある日Aへのたった一度のDVという形で爆発してしまい。
Bは心底謝ったそうなのですがAにとっては自分にとっての「あたりまえ」が否定された瞬間だった訳です。
それに、普段怒らない人物が露にする怒りは、それだけでも強烈です。故にAは
「自分の娘は普通じゃない。普通に治さないとまた私が怒られる」
という思いに取り付かれてしまったのでした。
そんな事があって直ぐの休日、昼前。
娘はBにかまって欲しいがAが引き止めようとする。肝心のBは平日の疲れが出て未だ眠ってました―が。いきなり、揺り起こされた―Aが、泣いていた。
子供が動かなくなった、としきりに繰り返す。慌てて抱き抱えるも、ぐったりと動かない。息―してない。脈…無い。体温…未だ、ある…のに。
でも。もう、死んでいた。
経緯はシンプル。寝てるBに娘が近寄ろうとするのを何度も引き戻している内に腹が立ち、思わず蹴りを思い切り入れてしまったら蹴られたところを押さえ、無言でうずくまる様に倒れて其れきりだと言うのでした。
子供の後を追って死にたいと繰り返すAをBは必死でなだめ、子供の死体は部屋の隅に、タオルケットを掛けて。
―Aの目に着くのは偲び無い。でも、押し入れや風呂場なんて耐えられ無い。
―後に取り調べでBがそう供述していたそうで。
Aが落ち着くのを待ち、どうするか話し合った。
その時、不思議と「警察に行こう」と言う一言。発想。一切、出無かったと言うのが二人の、口裏を合わせたかの様な証言でした。
二人が話し合って出せた結論は、子供を何処かに埋めるか沈めよう。このままだといずれ腐り出して可愛い面影は跡形も無くなってしまうのは間違い無い。
―でも。翌早朝、警察に身柄を確保されてしまったのでした。
隣の住人から「夜通し子供の泣き声が止まないし時折“ママ痛いよ”って聞こえた。いくら何でも普通じゃない」と通報があったから、なのですが…そんな筈無いですよね。その半日前には死んでいた訳ですから。
ただ。通報した隣人の部屋が、子供の死体を寄せた壁越しだったのは意味深か。
…此処まで聞いて「…やりきれ無い話だな。只一度の過ちの積み重ねがなぁ…」と洩らしたオレに「でも、な。可愛い筈の我が子を、人知れず遺棄しようとしたんだよ。あの二人は、な」とポツリと溢した時の、親父の表情は忘れられません。
そして、以前は「はン、この親ァ馬鹿じゃねぇの?」で終わってたその手のニュース。今は…目にすると気が重くなります。
怖い話投稿:ホラーテラー ちきさん
作者怖話