翔太(仮名)は、近頃よく届く妙な手紙に悩まされていた。手紙自体は何の変哲もないただのはがきである。ただ、その文面が問題なのだ。
「本当に好きだったのに」
差出人も…その住所すらも書いていない手紙。裏面に、簡素に一言書かれただけの手紙。
「ずっと側に居たかったな」
誰が送ってくるのか。ある程度見当はついていた。しかし…翔太には理解できなかった。
「私には貴方だけだったの」
だってその相手は…既にこの世に居ないのだから。
翔太は2ヶ月ほど前まで、ある女性とつきあっていた。彼女の名前は恵(仮名)。二人の仲は至って良好だった。休日のたびにどこかへ遊びに出かけ、夜にはホテルで身体を重ねた。翔太は恵を愛していたし、恵もまた翔太を愛していた。
しかし…破局は唐突に訪れる。予期せぬ死という形で。翔太が病院に着いたとき、恵は既に息絶えていた。バイト帰り、信号無視のトラックにはねられたらしい。犯人は捕まっており、事故は一応解決したと言える。しかし、翔太の心が整理されるまでにはそれなりの時間を要した。
事故から1ヶ月が過ぎた頃である。一通の差出人不明の手紙が、翔太の元へ届いた。
「調子はどう?」
一言。たった一言だけ書かれた手紙である。しかし翔太にはすぐわかった。
翔太(…恵の…字だ…!)
ちょっと丸い感じの見慣れた字。それは明らかに翔太のよく知る彼女の書いた文字であった。そう…理屈の上では理解できた。しかし…恵が死んだのは紛れもない事実なのである。
翔太(…性質の悪い悪戯だな。)
翔太は手紙を丸めると、くずかごに放り込んだ。
それからさらに1ヶ月が経った現在。未だにその悪戯は続いているのだ。
「貴方のこと、ずっと見てる。」
相変わらず一言。差出人不明。その手紙は、3日に一度は必ず届くのである。翔太の我慢もいい加減限界であった。段々とストーカーのような文面になってくる手紙は不気味で仕方がない。郵便受けを壊してしまおうかとも思ったが…新聞や、普通の手紙が届かなくなっては困るので思いとどまった。
翔太は手紙を無視するようになった。定期的に中身を捨てるとき以外、郵便受けにも近寄らなくなった。
翔太が郵便受けを見なくなってからしばらく経った。翔太はようやく恵のことを忘れ、新しい恋に落ちていた。会社の同僚。朝出勤してから夜帰社するまで顔を合わせる相手である。自然と、スキンシップをとることも多かった。
そのうち二人は深い関係を持った。いつかのホテルで一時を過ごし…真夜中、翔太は帰宅した。家についてすぐ、異変に気付いた。定期的に中身を出していたはずの郵便受けが…大量の手紙で、今にも溢れ出しそうになっていた。…取らずにはいられなかった。翔太は、その内の一通を引っ張り出し、恐る恐る裏面を見た。
「許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない」
赤いインクでべっとりと書かれた「許さない」の文字。翔太は思わず手紙を取り落とした。すると、はがきに黒い文字が浮かび上がってきた。
「これから会いに行くよ」
翔太は急いで家の中に飛び込み、鍵を閉めた。そして寝室に飛び込み…戦慄した。
恵「…おかえり…翔太。」
目の前に、紛れもなく彼女が立っている。あのとき死んだはずの…彼女が。
翔太「…な、何しに…何しに来たんだよ…」
震える声で問いかける翔太に、恵は無機質な笑顔を見せる。
恵「ずっと…ずっと、会いたかったんだよ?翔太も私のこと、ずっと待ってくれてるんだと思ったのに…」
恵の右手に、何か怪しく光る物が握られていた。凝視しなくてもわかる。カッターナイフだ。翔太の顔に冷や汗が滲む。
恵「…一緒に来てよ。私、翔太と一緒に居たい!」
恵がカッターナイフを振りかざした。一歩一歩、ゆっくりと翔太に近づく。翔太は、何も言えなかった。動くこともできなかった。ただ、恐怖に捕らわれていた。
…翔太の頭に走馬灯が走る。何故だろうか、このような状況にも関わらず…翔太の脳裏をよぎるのは、恵との楽しい思い出ばかりだった。一緒に行った遊園地だとか、そんな他愛のない思い出だった。でもそれは…大切な、思い出だった。翔太は、きっと目を見開いた。
翔太「…もう、やめてくれ!お前は…お前はそんな奴じゃなかった!」
本心の言葉だった。一緒に居た頃の恵は、いつも優しく自分のことを考えていてくれた。
翔太「そうやって自分のことしか考えない奴じゃなかっただろ!俺は…そんな風になった恵を見たくないよ!」
恵の足が止まった。その表情は無機質で、何も読み取れない。
翔太「お前は死んだんだ!…でも俺は、俺は本当にお前が一番好きだった!」
翔太は、あらん限りの声で叫んだ。死の恐怖と隣り合わせにも関わらず…恵が死んだとき、伝えられなかった…伝えたかった言葉だった。
翔太「…俺は、お前のこと、忘れてなんかいない!ずっとお前のことを好きでいる!」
再び沈黙。恵は困惑したような表情を見せた。しかしやがて…一筋の涙が、その頬を伝うと共に、恵は口を開いた。
恵「…ありがとう。」
やっぱり、一言だった。その一言を言い残し、恵はゆっくりとその姿を薄れさせていった。翔太は放心し、立っていることすらできなかった。だが、やがて…目を閉じ両手を合わせ…消えた幽霊の冥福を祈った。
朝が来た。結局一睡もできなかった翔太は、布団から起き上がると、恵の消えた辺りにもう一度手を合わせた。拝み終えた翔太は、新鮮な空気を吸おうと窓を開けた。…丁度、郵便局の車が外を走り去っていくところだった。
翔太は、郵便受けを覗くために外へ出た。朝の心地よい日差しが目に染みた。
郵便受けには、朝刊と…差出人不明のはがきが一通。翔太は、何の気なしにその裏面を見た。
「昨日はどうもありがとう!まだ私のこと、好きでいてくれたなんて嬉しいな。今度は貴方が私に会いに来て!」
読み終えると同時に、すぐ側で轟音が響いた。翔太が顔を上げると、直後、カーブを曲がり損ねたトラックが、立ち尽くす翔太の元へと…
怖い話投稿:ホラーテラー 匿名さん
作者怖話