中編4
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道に呼ばれる

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道に呼ばれる。

学校からの帰り道。何気ない散道歩。酔い覚ましのための道。繁華街の寂れた裏路地。

歩いているとふと。いつもは通らない道を通りたくなったことはないだろうか?

明るい大通りよりも、薄暗い細道に神秘性を感じたことはないだろうか?

たまには家に着くまでのつかの間の冒険を楽しんでみたくならないだろうか?

そんな小さな好奇心を私は「道に呼ばれる」と呼んでいる。

私は幼いころからふらふらふらふら、買い物について行くたび、何かに呼ばれるようにして姿をくらまし、よく親を困らせていた。裕福な家庭に生まれた一人娘として過保護に育てられた反動かもしれない。

とにかく私は昔から、知らない道を行くのが好きだった。

道なき道を開拓する先駆者の気分になれたし、よく知らない道からやっとこさ目的にたどり着けたときはささやかな達成感が私を満たした。

そしてその癖は大人になっても収まっていなかったし、「これは私の豊富な知的好奇心と冒険心からなるものである。」と、悪びれるどころか、一つの趣味として昇華していた。

そんな私が、この「冒険」をもう止めたほうがいいのかな、と思った出来事がある。

それは大学3回生の冬の始まりのころである。

私は大学生になっても箱入り娘としての職務を全うしていた。

実家に住み着き、田舎住まいのくせに自動車免許も持たず、大学からまっすぐ家に帰っていた。私の大学は、田舎の国公立大学特有の、立地の悪い場所に立っていたので、バス停から家までしばらく歩かなくてはならなかった。

私の家は海沿いの静かな場所に位置しており、利便性はそれなりに良く、治安も悪くなかった。バス停からの大通りを直進し、スーパーとボウリング場を通り抜けたら我が家である。

普通に行けば人通りの多い道をただ歩くだけで家まで着けるのに、当時の私は大通りの明るさや道行く人にを眩しく感じるほど弱っていた。

私がなぜ弱っていたかは割愛する。どうせ大学生の悩みなどくだらないからだ。

大事なのは「当時の私は正規ルートで帰るほど生活に満足していなかった」ことである。

通学路の一本道は、田舎にしては道幅が広く、道中にはケーキ屋やチェーン料理屋が並んでいた。けれど少し横道に入ると入り組んだ住宅地へ迷い込んでしまう。

バス停から家への道を行き、チェーンの和風料理屋をすぎたあたり右手にその細道はあった。

その細道に入ると、住宅地と、住宅地を分断するような霊園があった。

当時の私はその静かな霊園が好きで、大学からの帰り道、よく道をそれて霊園経由で帰宅していた。

ある日の夕方、私は霊園だけでは満足できず、さらに「冒険」したくなった。

今ではくだらないと思うけど、当時の私には等身大の悩みがあって、それなりに苦しんでいたのかもしれない。その日の私は、霊園や住宅地では満足できず、もっと暗い、人の営みが届かない道を求めてぐるぐるぐるぐる細道に入っていった。

そして私はついに「その」道を見つけた。

その道はバス停から大通りを見て東に位置する霊園を大通りに対して平行に通りぬけ、西へと進んだ先にあった。

街頭が一切無く、ひたすら暗く、草が生い茂る獣道があった。

日はすっかり落ちており、あたりはとっぷり黒に染まっていた。

その道を見つけたとき私は、高校の現代文の授業を思い出していた。

夏目漱石の名作「こころ」の一文。

『もう取り返しが付かないという黒い光が、私の未来を貫いて、一瞬間に私の前に横たわる全生涯を物凄く照らしました』

国語教師がこの文を一生懸命解釈して生徒に伝えている。

黒色の光なんて存在しないし、ましてやその黒い光が人を照らすことなどありえない。

高校生のころの私はそう思っていた。

だけど私は「その」道を見つけた瞬間「黒い光」とは何なのかすべて悟った。

これこそが、この道の果ての闇こそが私を照らす「黒い光」なんだ。街頭や人々の営みの、ぎらぎらした明かりに耐え切れない私に、「道」が用意してくれた、私を優しく包み込んでくれるおあつらえの「光」なんだと、私は本気で思った。

「行きたい、この道を進みたい、この道は私を呼んでいる。」

その道の先、ぽっかり開いた口のような闇へと、私は一歩一歩進んでいった。

だけど、その時私は頭の片隅で「この道はおかしい」と冷静にとらえていた。

”その道はバス停から大通りを見て東に位置する霊園を大通りに対して平行に取りぬけ、西へと進んだ先にあった。”

この一文をもう一度丁寧に読んで、頭の中で簡単にでいいから地図を描いてほしい。

大通りから東に行って、さらに西に行くのだから、普通に考えたら「大通りへ戻る」はずである。

だけど「その」道の先は草が生い茂るだけで、本来大通りに敷かれているタイルも無く、雑に敷かれたアスファルトが続いているはずだった。

「この道は本当にやばい」

私の頭の中で鳴る警鐘の音が、道の呼び声に勝った時、私は踵を返して引き返し、きれいに舗装された道から家に帰った。

しばらく経って、やっぱり私は「その」道が気になって、日が登っているうちに探しに行った。「本来は大通りに戻るはずだからおかしい、という認識は私の勘違いかもしれない。暗かったから、大通り以外に通じる道が存在していたかもしれない」

そんな思いで探したが、「そんな」道はどこにも無かった。

あの道は何だったんだろう。

あのままあの道を進んでいたら、私はどこに辿りついていたんだろう。

それが私が「冒険」を自分で禁じ始めた出来事である。

だけど、それでも道の呼び声には逆らい難いものがあった。

私は思う、いつか私は逆らう力を使い果たして、道に誘われるまま進んでしまうのではないかと。そして二度とこの世界に戻ってこれなくなるのではないかと。

だから私はこの話を私が確かに存在していた証として記しておく。

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@こうき ありがとうございます。

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不思議なお話でした

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