中編7
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後輩

俺がまだ都内のアパレル会社で働いていた時の話。

日々の業務のあまりの忙しさに俺たちは限界だった。

俺の課は課長になったばかりの先輩と俺と同期入社の女の子の3人で常時5つのブランドを回していた。

再三に渡って新しく人を入れてくれと部長に頼んでいたのだが、なかなか入って来ない。

「いつになったら入って来るんですか?」

俺は切羽詰まった顔で部長に聞いた。

「ん?色々あたってるけどまだ掛かりそうだな。

大体お前らの条件が厳しいんだよ。経験者希望って、お前んとこの業務経験者なんてそうそういるかよ。」

「そんな事言ったって、未経験にイチから教えてられないですよ。即戦力になる人いないんですか?」

「即戦力?偉そうな事言ってんじゃねえよ。面倒臭いから適当に採るぞ、もう。」

そう言って席に戻ろうとする部長に

「面接に立ち会わせろ、とは言いませんからせめて履歴書だけでも見せて下さいね。」

と声を掛ける。

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何日かして部長がうちの課に来て言った。

「明日から新しい奴来るから。よろしく。」

そんな事全然聞いてない。

焦った俺たちが詳しく聞くと

服飾の専門学校を出たばかり、俺の1つ下の男だという返答。

全然条件と違うじゃないか。というか履歴書は?見てないぞ。

俺たちがやいのやいの言っていると

「新人育てるのも経験、いないよりマシだろ。それにお前とは気が合いそうだぞ。」

と後半は俺だけに伝えると部長はニヤっとして行ってしまった。

こうして俺に後輩が出来た。

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次の日、中々男前の青年が入社して来た。

簡単な自己紹介を済ませ席に着く。

名前は仮に民生くんとしておく。

民生くんは元気もよく、やや暴走気味ではあったがやる気も満々ですぐに会社に馴染んでいった。

が、多少頭が沸いていた。

後の話になるが、彼が初めてのプレゼンで披露したサンプルを今でもよく覚えている。

彼が自信満々で広げたジーンズは、

「血のような赤黒いシミが広がり、爪で引っ掻かれたようなダメージがそこかしこに施された汚いボロ雑巾」

だった。

彼曰く、

「ライオンに襲われた人が履いていたイメージです。」

会議室が爆笑に包まれた。

勿論ボツである。当たり前だ。

が、彼は相当自信があったようで、これダメですかねえ?などと言っている。ダメでしょうよ。

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それから後も懲りずに「ワニに襲われた」「ワシにやられた」など「猛獣シリーズ」を次々発表した。

意外なことにそれが社長の目に止まり「猛獣シリーズ」は我がブランドの主力商品になっていった。

なんて事があるはずもなく、当然全てボツだった。

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彼の入社からしばらく経ったころ、飲み会で終電を逃した民生くんを家に連れて行ったことがあった。

その日は偶々嫁さんが娘を連れて里帰りしていたので、気を使わせることもないだろうと思ったのだ。

ソファに毛布を掛け、適当なベッドメイキングをし彼の寝床をこしらえると、俺はベッドで眠りについた。

その夜に変な夢をみた。

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暗い部屋に蝋燭が一本灯っている。

その傍らに作業着を着た男が正座をしていた。

眼鏡をかけ、白髪混じりの頭をしたその男に俺は妙な親近感を持った。

「どっかで見た顔だな。」

などと思っていると、後ろの暗闇から鎧を身に着けた武者が現れた。

落ち武者と言ったらいいのだろうか。

長い髪を下ろし暗い顔をした武者は太刀を抜いたかと思うと、

一刀の下、作業着の男の首を斬り落とした。

転がる首。

残された身体から血が迸る。

その血がかかったせいか蝋燭が消え、部屋に暗闇が満ちる。

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気付くとまた蝋燭の傍らに作業着の男が座っていた。

現れた武者が男の首を落とす。

部屋が暗闇に。

これが何度も繰り返された。

まるで何かの儀式のように繰り返される光景に、俺は目を離せないでいた。

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目覚めるともう朝だった。

酷い夢を見た。

寝汗で濡れた布団を剥がしベッドを降りる。

まだ寝ている民生くんを起こさないようにリビングを抜けシャワーを浴びる。

シャワーから出ると民生くんは起きていた。

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コーヒーを淹れていると民生くんが

「先輩、怖い夢見ませんでしたか?」

と聞いてきた。

うなされてたかな?と思い、見た夢の話をすると民生くんは申し訳なさそうに

「それ多分の俺のせいです。」

と言い、民生くんは話し始めた。

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彼には強力な武者の霊が憑いているらしい。

前に付き合っていた彼女の叔母さんだかお祖母さんに言われたそうだ。

強力な上に性悪なその武者は自分より弱いものを無差別に攻撃し、場合によっては周りの人達の守護霊にも影響を与える可能性がある、と。

それだけが原因ではないが、その彼女とは間もなく別れたそうだ。

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「だから、斬られたのって先輩の守護霊かもしれません。」

民生くんは申し訳なさそうにしながらも、少し笑いながら言った。

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全然笑えないよ。俺の守護霊さん斬られちゃったの?

え、ちょっと待って。俺の守護霊ってあの作業着のおっさんなの?誰?あれ。

ああ、でも見覚えあんだよなあ。作業着だし、ガス屋の叔父さんかな?

でも叔父さん生きてるしなあ。

などと色々考えていると

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「部長に聞いてみましょうよ。あの人視えるんですよね?

俺、採用決まった時に"君、凄いの憑いてるね"って言われましたから。」

民生くんが言う。

そう、部長は所謂「視える」人なのだ。

まさか採用した理由ってこれの事じゃないよな?

俺は出社後、部長に聞きに行くことにした。

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「部長知ってたんですか?」

一通りの事を話した後で凄んだ俺に、部長は笑いながら答えた。

「守護霊斬られたの?夢で?いやあ、凄え笑える。あ、問題ないと思うよ、守護霊とか。あんまり影響ないよ。」

「なに笑ってんですか。問題あるでしょうよ。」

「大丈夫だって。そもそも守護霊とかいないし。」

「え?だってよく言うじゃないですか。ご先祖の霊とか。」

「だって守護霊背負ってるやつなんて見た事ないぞ。大体先祖の霊って言うけど、分担とかどうしてんだ?

伯母さんはお前の母親に、曽祖父さんは父親に、で、死んだ祖父さんはお前にってか。

大変だな、ご先祖様も。シフト表とかあってローテーションしてんのか。」

「知りませんよ、そんなの。でもあるじゃないですか、事故の時にご先祖様が。みたいなの。」

「有事の際には駆け付けてくれんじゃない?なんとかレンジャーって。とにかく解んねえよ。守護霊とかは。」

とにかく守護霊はいないらしい。

「じゃあ斬られちゃった作業着の人は?あれ誰ですか?」

「知らねえよ。通りすがりの人じゃない?

ああ、見た事あんだっけか。じゃああれだ、不肖の甥を心配したガス屋の叔父さんの生霊だ。」

「失礼な。心配されるような事してませんよ。

あ、大丈夫かな?叔父さん斬られちゃったし、そもそも叔父さんじゃないし。」

「だから、大丈夫だって。気にしすぎなんだよ、お前は。」

なんだか納得出来ないが、取り敢えずは大丈夫らしい。

あ、そうだ。と思い出して俺は食い下がる。

「民生くんのは?視えたんでしょ?

あれ守護霊じゃないんですか?」

「あれか。あれは守護霊とは違うよ。

だって護ってる感じしねえもん。あれはそうだな、誰にでも喧嘩売るヤンキーだ。ヤンキー。

おう、てめえガン付けただろ。斬るぞってな。」

「なんですかそれ。」

「あの落ち武者はあいつのとこが居心地いいからくっついてるだけだ。波長が合うんだろきっと。

あいつもちょっと頭おかしいじゃん?猛獣シリーズって。やべえ、笑える。」

「猛獣シリーズはいいですよ、もう。で、知ってて採用したんですか?

まさか、それが採用の理由じゃないですよね?」

俺はついに核心に触れてみた。

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「ん?違うよ。ほら、今度草野球チーム作るだろ?うちで。あ、当然お前もメンバーだから。

で、あいつ高校まで野球やってたんだって。

ほら、お前ら欲しがってたろ即戦力。丁度いいじゃんか。」

嘘でしょ?

そんな理由で採用したのか。

俺はへなへなと力が抜けていくのを感じた。

「あ、あと大事な理由がもうひとつある。」

まだあんのか。

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「あいつの名字"原"だろ?原を採らないわけにはいかないだろ。」

そう言って部長は笑った。

そうだった。この人狂信的な巨人ファンだった。

もういいよ。好きにしてくれ。

「それに、使えないわけじゃないだろ。よくやってるよ。猛獣シリーズはさておき。」

そうだね。頑張ってるよ。

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後日行われた草野球で、民生くんはキャッチャーとして大変戦力になった。

俺が会社を辞めてからも民生くんは頑張っていたようで、何年か前に新ブランドの事業部長になったという話だ。

部長の採用基準も捨てたもんじゃなかったという話。

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余談だが、うちの会社に出る幽霊が、民生くんの入社以来ぱったり姿を見せなくなった。

まさか斬られたかと部長に聞いて見たが、そんな惨殺現場は見てないとのことだった。

幽霊の無事を祈るのも変だが、上手く逃げて元気にやっているといい。

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例の作業着の男は結局誰だか解らなかった。

が、ちょっと気になるのだが俺は会社を辞めて地元に戻り、今は仕事で作業着を着ることもある。

見覚えがあると思ったあの男の顔だが、今の俺に似ているような気もする。白髪も増えたし。

通りすがりの未来の自分だったか?

でも斬られちゃったな。大丈夫か?俺。

Concrete
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@小夜子 様
コメントありがとうございます。
読み返して思ったのですが、この頃はまだ娘生まれてないですね。
なんで嫁さん居なかったんだっけ?
あ、あと民生くんはいい後輩でしたよ。
僕の退社の際には「猛獣シリーズ」をわざわざメンズサイズでプレゼントしてくれました。
一回も履いてないけど……

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@arrieciaアリーシャ 様
コメントありがとうございます。
部長シリーズ、ですか。
色んな思い出もエピソードもあるんですが怖くないんですよ。
思い出しながらポツポツと書いていこうとは思います。
今後も宜しくお願いします。

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@むぅ 様
別のエピソードも読んでみたいなんてお言葉、大変嬉しいです!
が、ただの思い出話になっていきそうで少し悩み中です。
もう少し怖く書ければ……精進します。

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