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長編10
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ボロ小屋

俺と英仁は、ガキの頃からの遊び相手だ。

いっつも危なっかしい事をしては色々とやらかして、忘れた頃にはまた同じ事の繰り返し。

学習しないと言われればそれまでだが、バカに付き合ってくれる相手は英仁以外いないし、教師からは見放されてるし。それに、この団地出身ってだけで、俺達を見る目は一気に冷める。

狭く古ボケた団地。落ちぶれた人間の掃き溜めだ。その一室、大酒飲みの親父と、その親父に言われるがまま、従い続ける母親。家には居たくなかった。

とうの昔に破綻した家庭だ。いっその事全部壊れて…バラバラになってしまった方がスッキリする。

なのに母親は、どうにか体裁を保とうとしているのか…この家族関係を繋ぎ止めんとばかりに、ちまちまと親父との関係を修復しようと、しがみついていた。

直しようがないのに、壊れもしない。

近所に昔からある、ボロ小屋そのものだった。

通称ボロ小屋。町の外れの、リサイクル工場の側にある…トタンやベニヤを貼り付けただけの、窓はおろか玄関の場所も良く分からない家。

今夜俺は、英仁の誘いを受けてこの小屋を壊しに行く予定だった。

「兄貴のバイクからちょっとガソリンパクってよぉ…あんなんあっても意味ないっしょ?苛つくし…お前、ライターか何か持って来いよ」

高校最後の冬。卒業式が終わったら東京に2人で引っ越す事に決めていた。こんな田舎の…とっくに忘れ去られた土地にいても、鬱憤が募るだけ。

立派な人間になって、真っ当な人生を歩みたいなんて事は考えてない。でも、東京ならどっかしらに、今よりかは楽しい事があるはずだって思ってた。馬鹿だと思うか?

あのボロ小屋は、親父やお袋だけじゃなく、俺達そのものって感じがして、腹立たしいんだ。

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「おー、早いな…持ってきた?」

英仁はゴツいバールを肩にかけて、チューハイを既に2缶も飲み干していた。側には兄貴のバイクから抜き取ったであろう、ガソリンの入ったポリタンクが置いてある。

「持ってきた。これで燃えっかな…てか、思い出したんだけど、卒業式っていつだっけ?」

去年のテストが終わった時期から、俺達は殆ど学校に行っていない。行っても、屋上にある旧放送室の中で暇を潰して帰るだけだ。

今となっては卒業式がいつだったかさえも、どうでもよくなっていた。

「卒業式か、知らねぇ…それよりさ、いつ上京するよ?俺早くバイト見つけねーとさ」

「あぁ…そうだな、明後日とかはどう?荷物纏めたりとかあるだろ?」

「おお、そうするよ、兄貴からこんど金パクらねーとなぁ」

英仁は放置子だ。病弱な母親の医療費の為に父親は仕事に出ずっぱりで、年の離れた兄貴はことのほか優秀だから、そっちには金をかけるけど弟の方には殆ど金を出さない。

だから、独立した兄貴が週1で家に来た時に、財布からパクるしか手立てがない。今の所は。

「あっちで金稼いで、もうパクらねぇ人生にはしてぇんだけどよ」

「だな(笑)自分の金で好きなもん買いてえよな…なあ、ベンツって幾らで買えるんだろうな?いつか乗り回してぇ」

「いいなそれ、助手席に女乗っけてな(笑)エロい女欲しいわ~…ここの奴等は色気なくてつまんねぇ。何人かとヤったけど、全然うまくねぇの」

「女の悪口は駄目だろ。お前精力剤飲めよ。飲んだらクソヤバイらしいぞ」

下らねえ会話…適当にブリーチしてごっちゃごちゃな英仁と俺の髪の毛…どこで買ったかも誰に貰ったかもわからない安物の服とアクセサリー。

俺達は田舎の、冴えない不良だ。どうしようもない中途半端な…でも、それも今夜で終わりにしたい。

終わりにするんだ。

真っ黒い闇に佇むリサイクル工場の煙突と建物。そして、その傍らにポツンと建つボロ小屋。先週の大雨のせいか、屋根はほぼ取れかかっていた。

「廃墟じゃん…誰も住んでなさそうじゃね?」

周辺のガラクタを足でどけながら、英仁は3缶目のチューハイを開けた。闇夜にプシュッという小気味良い発砲音が響く。俺は来る途中に自販機で買ったエナジードリンクを景気づけに一気飲みしたせいか、心臓の辺りと脳みそがバクバクと興奮していた。

「…やるか、裕登」

英仁は缶を投げ捨てると、ポリタンクの蓋を開けた。俺は「1、2、3で行くぞ」と合図をかけ、ついに来たこの時に心臓を震わせた。

「1…2の…」

ガラクタとライターを持って構えた。その時─────

「おい…ちょっと待った!」

英仁が突然手を止めた。

「…なんか、人の声しなかったか…?」

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「声…?誰の?」

「いや…わっかんねぇ、でも、なんか気配がしたんだよ」

英仁はポリタンクを下ろして、小屋をまじまじと見た。シーン…と、辺りは再び静寂に包まれる。俺にはその、声らしきものは一切聞こえなかった。

「聞き間違いじゃねえの?」

「いや…確かになんか…喋ってたような…」

微かな月明かりに照らされた英仁の顔は…釈然としない表情を浮かべていた。ふざけている様には見えない。

「聞こえなかったぞ俺には…聞き間違いだって…!」

俺は再度、別のガラクタを拾い上げてライターを出した。

と…そこで、頭の中にふとある考えが浮かんだ。

「なぁ、どーせ壊すなら、小屋の中見てからにしねぇ?」

リサイクル工場の周辺は外灯も大して無く、監視カメラもついてない。だから、ホームレスがたまに「宝探し」にやってくる。もしかしたらこのボロ小屋の中にも、意外と金になりそうなスクラップがあるんじゃないかと思ったのだ。

「裕登…おい…」

「英仁!お前金が要るだろ?燃やしちまう前にさ、貴重なもんは貰っとかないと…とりあえず入ろうぜ!」

「…」

「ほら、早く!」

「…そうだな、わかった」

英仁からバールを借りて、壁面のベニヤ板に思いっきり振り下ろすと、バリバリッ!という音を立ててあっという間に壁が落ちた。懐中電灯で中を照らすと…そこには、ボロッボロの家具や生活用品が散乱していた。

「…マジ?ここで暮らしてたのか…?」

奥を照らすと昔の型のテレビまである。どっから電気を引いていたのかは不明だが、ボロ小屋には確かに、誰かが住んでいた形跡があった。

「臭ぇな…てか、服とかドロドロになってる…汚ねぇ」

俺と英仁は、バールや足先で床に転がっているガラクタをどけながら、何か金になりそうなモノが無いかと暫く物色した。が…目に見えて分かるような物は出てこない。

「裕登ぉ…こんな所に金になりそうなもんは無いって」

臭いと埃とで、段々と喉や目に痛みを感じ始めていた。しかし俺は諦めきれず…一目で「金」って感じの物じゃなくても、何かレアな感じの物を…と、テレビの隣にある、崩れかかった棚にライトを当てた。すると…

俺の目に、1つ興味深いものが映った。

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見つけたのは、古いビデオだ。大昔の…VHSってやつ。

パッケージはだいぶ掠れてしまっていたが、「あなたの」という文字は、何とか読み取ることが出来た。

もしかしてこれ、古いエロビデオ…!?そう思った俺は、「おい!凄そうなのあったぞ!」と、英仁を呼んだ。

「何だこれ…てか、めっちゃボロいじゃん…?」

英仁はビデオを見るなり、期待とかけ離れてガッカリな口調だったが、おれはいささか興奮冷めやらぬ状態だった。

東京の繁華街にある店の中には、こういう変わり種を高値で買い取ってくれる所がある…という情報を、以前ネットで見た事があったのだ。

「これ、開けてみようぜ…?」

「お前マジで言ってんの…?なんか汚ねぇし、多分壊れてるって」

「見てみねぇと分かんないだろ?ホラ…」

何故か、チューハイを3缶も飲み干した英仁よりも、俺の方がテンションが高かった。あのエナジードリンクのせいか?だとしたら、マジで何が入ってたんだろう…いや、今はそんな事どうでも良い。

早く中身が…ビデオの中が見たい!!

「開けろよお前…」

呆れ半分に英仁からビデオを渡され、俺はパッケージの開け口に爪を掛けた。ピキピキ…とプラスチックの剥がれる音と共にフタが徐々に開き、中身を確認すると…ビデオテープは、想像していたよりもずっと、綺麗な状態を保っていた。

まるで新品のテープを、ボロいパッケージに詰め替えたような…そんな感じ。

「おい…すげえ、これ見れるぞ…!」

これには英仁も目を丸くした。大体、古いテープは、表面が焼けて茶色く劣化し、ぐちゃぐちゃにこんがらがっている事が多い…スクラップに混じって捨てられているビデオの殆どがそうだ。

だから余計に、綺麗にリールに巻かれた黒いテープを見て驚きを隠せなかった。と同時に…俺はテレビ画面の下にビデオを入れる箇所を見つけ、おもむろに電源ボタンを押した。

すると、テレビはノイズを吐き出しながら…どこかのテレビ番組らしき音声を微かに流し始めた。

ザッ──ザザザ…───アハハ…ザザサッ…ザッ───ハハ…

途切れ途切れに聞こえてくる、楽しそうな女の声。

「…これ…マジで動いてんの…?電気どこから…」

「ほら…動いてる…見なきゃ…」

「裕登…おい」

「どうした?…ほら…早く見ようぜ?」

「いや、そうじゃなくて…」

「早く…早く見ようよ…!」

…俺は何を急いでるんだ?

「お前…どうした…おい、裕登!」

何故か、英仁の声が震えている。いや…声だけじゃなく、よく見ると足元や、懐中電灯の明かりまでもが、小刻みに震えていた。

だけど…俺の気持ちは収まらなかった。…なんで?

俺は何で、こんなにもビデオの中身を気にしているんだ?

ケースの中で何かが絡まって、テープをなかなか取り出せない。埃の様な…いや、細長い何か…俺はそれがまどろっこしくなって、とうとう力ずくで引っ張り上げた。

ブチブチ!と、音を立てて俺の手に絡みついたそれは…

ぐちゃぐちゃに巻かれた、長い髪の毛だった。

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「え…なにこれ…」

と言うか言わないかのタイミングで、英仁にビデオを取り上げられ、

「うあああ!!」

という叫び声と共に、前方に投げ捨てられた。

ビデオはガラクタだらけの床に落ち、その衝撃で、リールに丁寧に巻かれていた髪の毛がバサバサと辺りに散らばった。

「マジで気持ち悪りぃ!…もう出るぞ!」

見ると英仁はキレていて…今度は力任せにバールを振り回していた。ガシャン!バキッ!と言いながら、目の前で壊れていく家具や家電…。

何でだろう。物凄く悲しくなる。…何で?

ザッ──ザサ──…キャッハハハ…ザザ─…ザッ…アハハ…ザザサッ…ザッ───ハハ…

テレビからは、まだ楽しそうな音が聞こえている。

そう…俺は分かっていたんだ…怖くなって、逃げ出しただけだ…

何から?

「裕登ぉ!マジでやめろよ!クッソ…テレビうるせぇ…うるせぇんだよ!」

ザサ──…ハハハ…ザザ─…キャハハハハハ!アハ…ザー…ザザッ…ハハハハハハ!

アハハハハハハハ!!!

「やめてくれよぉ…勘弁してくれよぉ…!」

「裕登…ああ…ああああ…うわああ!!」

頭が割れるような痛みと、脳みそに響く声。背後で、ガラクタの音と共に勢いよく去っていく足音…

俺は…何をしているんだ?俺は何も知らない。なのにどうしてこんなに悲しいんだ?こんなに、罪悪感ではちきれそうになるんだ?俺が何をした?

あの声は一体…声…あれ?

テレビからは…いつの間にかノイズも笑い声も聞こえなくなっていた。

その代わりに、画面いっぱいに映し出された女が、こっちを見ながら笑っている。

長さがバラバラの髪の毛を振り乱した、肉でパンパンに膨れた、赤黒い顔で…

嬉しそうに、俺を見つめながら。

ズット、イッショニイルカラネ!!!──────

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気が付いたら、俺は全然違う場所に居た。

小屋と反対側にある河川敷で…何故か全身ズブ濡れになっていたのだ。

英仁曰く、なかなか小屋から出てこなくて、気になって戻ると…俺が泣きながら、何も映っていないテレビ画面に向かって、

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

と、延々呟いていたそうだ。

英仁は、そんな状態の俺を無理やり引き摺り出して、正気に戻るよう何度も俺の体を叩いたそうだが、それでも戻らず…最終的に、冬の凍てつく川に蹴り落したのだ。

そして俺は、その間の事を何も覚えていない。

暫く経って、小屋はリサイクル工場もろとも、火事で無くなった。

作業員のタバコの火の不始末が原因というが…警察や消防が現場を確認した所、テレビのブラウン管の中から、人間の頭蓋骨がまるまる見つかったらしい。

何故そんな事をしたのか、結局真相は分からず終いだが、ただ…工場近くの住人の話によれば、あの小屋には昔、ヤク中の男女が一時期の間、暮らしていたそうだ。

真偽の程は分からない。だが、火事になり、噂が尾ひれをつけたのか…ボロ小屋と工場のあった付近は今じゃ、ガキの間で心霊スポットの様に言われている。

そして団地も、老朽化の為に取り壊される事になった。

英仁の所は、兄貴が率先して色々と手続きをしたとかで、場所に移り住んだらしい。

だが俺の方は…親父は立ち退きが始まるや否や、どこかの女の家に転がり込んだらしく、数か月前に母親から「あの人に捨てられた。路頭に迷ってどうすればいいかわからない」と電話がきた。どうやら2人共、どこにも定住してないみたいだが…今更どうでもいい。

俺はあの後、英仁と共に上京し、どうにか日雇いやコンビニを掛け持ちしながら、安アパートで共同生活をした。皮肉にも、団地より狭苦しい部屋で。

一通りの家具は揃える事が出来たが…テレビだけは、俺の要望で置いていない。ラジオも、パソコンも…

時が経って、英仁が真っ当な職について独立し、タブレットやスマホを仕事上使うようになっても…俺は未だに、画面があるものは一切持たず、画面を使う様な仕事も出来ず、今もアパートでその日暮らしだ。

でも…その方が俺にとっては、僅かだが安心して生きられるのだ。

あの女が、またいつ画面越しに現れるか分からないからな。

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@天津堂 様
読んで頂きありがとうございます( ´∀`)
今回は繋がりを見つけるのが難しかったです。
なかなか結末を考えるのが苦手です(^o^;)

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