中編3
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イカリソウ

俺は母親が寝言言ってるのを聞いたことがある。

初邂逅は小5の春休み。こんな感じのことを母は途切れ途切れ言った。

『祐輔、商店街の豆腐屋さんにお使いに行ってね。今週の色鉛筆が不渡りになってるそうだから。

あと犯罪情報を今日はビックカメラ〇〇店に届けてね』

正直最初は面白かった。母はしっかりた人だったし、ウチに祐輔なんて奴いない。商店街の豆腐屋なんぞ随分前に潰れた。小1小2の頃かな。ビックカメラ〇〇店だけが実在のものだった。普段は理路整然とした母も夢の中では支離滅裂なことを言うんだと思った。

次にその寝言言ってるのを聞いたのは小学校卒業後のクッソ暇な春休み。俺中学生!とイキって、夜にオカズ探すようになっていた。

『祐輔、昨日はお使いありがとう。〇〇まで遠かったよね。今日の所もちょっと遠いけど情報お願いね。

●●の#@§*♡★(店名)よ。一緒に行ったから大体わかるよね。

 夕飯までに帰ってこないと◎◆※▼★が枯れるからね。(聞き違いかも知れないけど後で調べた結果、花言葉があまりにもマズかった)』

なんか嫌だった。一年前の寝言の続きなのに母の中では一日前の事らしい。気味悪くて母の傍に居たくなかったからその日は徹夜して、朝は早起きしたフリしてやり過ごした。その日、両親と同じ寝室が嫌だと父に相談した。難しい年頃なのだと判断してくれた父はすぐに敷布団を買ってくれた。当時は部屋を別にすることで逃げきったつもりだった。

でも3回目に不意打ちを食らった。

中3の夏。俺の受験校が比較的楽な所だけだという理由から母は卒業対策委員会の責任者に抜擢されていた。周りは結構有名な高校受けてて、一番暇そうな保護者が雑務係になったというわけ。

いろいろ押し付けられ疲弊してた母はソファで仮眠をとっていた。遊び相手が受験勉強でいそがしく、暇だった俺はその頃発売されたスプラ2に打ち込んでいた。母が口を開いた。

『祐輔、今日もお願いね。

今日は@*&☆◎(某英会話)の□□□□校だよ。急いでね。あと1回で◎◆※▼★が枯れちゃうよ?』

◎◆※▼★が重要な意味でも持っているのかと思い、調べてみておもっくそ後悔した。それだけじゃない。3回目にしてようやく気づいたんだが、『犯罪情報』のお届け先が一回の寝言で大体某環状線の3駅から4駅分くらい我が家との距離を詰めて来ている。何故か母が少しずつ侵食されている気さえした。その頃から週1位の頻度で俺にお使いを頼むようになっていたからだ。最初はちょっとした菓子とかだったのが次第に文房具に、ついには『豆腐と色鉛筆』に発展していた。最初の寝言を彷彿とさせる組み合わせ。その頃にはもう俺もノイローゼ気味だった。

次の寝言は◎◆※▼★が枯れた後の惨状から始まるのではの思うと家に居るのが苦痛になって、父方の親戚に身を寄せる事になった。ギスギスした雰囲気に堪えかねた父がマイホーム購入につき引っ越しをした弟夫婦に頼み、家賃を支払う代わりに間借りさせて貰うことになったのだ。

家を出るために母に言いがかりを付けて狂人のように怒鳴り散らした。別れの時、父の要らん計らいで母と話す事になってしまった。涙ぐみながら母は言った。

『待っているよ。たまには夕食でも食べに帰ってきてね。』

母からしたら長年愛情をもって育ててきた息子からいきなり毛嫌いされるようになったのだから相当精神にキていただろう。でももう無理だった。俺は一言も発すること無く家を出た。

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母から逃げた日から2年経った。あれから随分と気が楽になったという自覚があった。伯母からピアノを習って少しだけ弾けるようにもなった。ただ、俺が家出した後、母はショックで無口になったらしい。電話の向こうの父の声は憔悴しきっていた。母が最近寝言で叫ぶようになったらしい。『やっと見つけた!』と。

夢の中での母が『やっと』と言うほどの時間。

俺が『捕まる』までまだ時間が有るようだ。

Concrete
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