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中編4
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嘘つきの代償

 小学生の頃、幽霊が見えると嘘をついていた。それには理由があって、その当時、学校全体でホラーブームが巻き起こっていたのだ。友人も少なく目立った特技もない私は「これだ」と思い嘘をつき始めた。思ったよりも周りの反応は求めていたものに近く、私はその味をしめてしまった。

一日中「学校にはどんな霊がいるか」「こっくりさんって本当にいるの」「私にはどんな霊がついてる」などの質問攻めにあい、私は優越感に浸りながらありもしない、嘘で固めた返答をしていた。家に帰ってもその嘘は続き、あろうことか両親も2つ離れた姉も、祖母や親戚でさえもその話を信じ、挙句に果てには「この子は特別な子に違いない」「どこかで修業でも積ませてみようか」というような話にまで飛躍してしまった。それでも私はやっと居場所を見つけたような気持で一杯だったのだ。

 ある日の晩、姉と2段ベッドで雑談をしていた。姉は上で私は下の段。私は上段から垂れる姉の猫のように柔らかい長い綺麗な髪を弄って遊ぶのが好きだった。その時も姉の髪をくるくると指で絡めて遊んでいた。ふっ、と髪が視界から消え、代わりにベッドの上から姉の顔が覗いた。

「…幽霊が見えるって、本当?」

姉は唐突に質問を投げかけた。私はいつものように得意気に「そうだよ」と答えた。

すると、

「じゃあさ、廊下に出るやつ、見た?」

そう続けた。何のことか本当は全く分からないが、私は心霊に関して妙なプライドが芽生えていたので

「もちろん。あんなの、そこら辺にいるじゃん」

と、さも余裕があるように振舞い返答した。

「え、やだ…!だってあれさ、すごく怖い…」

姉の恐怖は本物だった。今にも泣き出しそうな顔で私を見つめ、下段に降りてくると私の布団に潜り込んできた。その反応に得体の知れない何かへの恐怖と不安を抱きつつ、姉と眠りについた。

何時間経っただろうか、ふと寒気がして目が覚める。時刻は3時を回ったところ。私はトイレに行きたくなり上体を起こした。

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廊下に、何かいる。

白くて細く、影のような人型の何かがトイレと私たちの寝室の前をゆっくりと滑るように移動しているのだ。何度も何度も移動する「それ」に頭の天辺から両足の爪先までが震えた。心臓がバクバクと大きな音を立てていて、それでいて目が離せない。

白い影が寝室の前で止まり、ゆっくりと踵を返した。私はその隙に布団を頭から被ると数年前に亡くなった祖父に心の中で助けを求めた。

何分くらい経っただろうか、布団から恐る恐る顔を出すと影は消えていた。まだ恐怖心は残っていたものの生理現象を抑えることは出来ず、トイレに向かうことにした。

トイレの電気を点けるとホッとして幾分か心も落ち着いてきた。水を流し、ドアを開ける。

居た。

廊下の中央でゆっくりと大きく左右に揺れている。

あまりの恐怖に声が出ない。

ただただ影を見つめていると、「それ」はまたゆっくりと寝室に向かい始めた。

私は気が付いたら数メートルしかない廊下を全力で走り両親のベッドに飛び込んでいた。驚いて起きた両親に何事かと心配されたが、私は何も答えられずただただ泣いていた。

目が覚めると、午前8時を回っていた。その日は土曜日で学校も休み。両親が起こしに来ないのを良いことに二度寝をしようとした時だ。下の階から

「そろそろ起きなさい!お姉ちゃん、お腹が痛いみたいだからお母さん病院行ってくるからね!」

と母の声が聞こえた。私は寝惚けながら

「は~い」

と返事をした。

これで心置きなく二度寝ができる、そんな暢気なことを考えながら…。

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ふと、母の声が聞こえた。

「あんた、二度寝したでしょ。早く起きて!もうお昼だよ!」

ヤバい、さすがに怒られる。そう思った私は急いで飛び起きた。

外が、暗い。

夜のような暗さで、おまけに自分の寝室にいるのだ。

私は昨晩、両親のベッドで眠りについたはずなのに…。

状況が呑み込めず、思わず大声で両親を呼んだ。

「お父さん、お母さん!」

返事はない。

「姉ちゃん!」

返事はない。

「ばあちゃん!」

返事はない。

「誰もいないの!?」

「はーい…」

廊下から、返事あり。

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心臓がウサギのように跳ね、真っ暗な空間がぬるりと纏わりつく。

息を吸っても空気が足りず、全ての神経が研ぎ澄まされ音が異様に大きく聞こえた。

「はーい…」

もう一度、返事が返ってきた。

私は耳を塞ぎ、固く目を瞑ると布団に突っ伏してガタガタと震えていた。

妙な生暖かい風が髪をさらい、背中を伝って吹き抜けていく。

どのくらいの時間、そうしていたのか。ゆっくりと耳から手を離すと、返事は止んでいた。

涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げ、ゆっくりと廊下に目をやると、何もいない。

不安は残っていたが、体を起こし、ベッドから片足を出す。

「はーい」

「お姉ちゃんお腹が」

「起きなさい」

「はーい」

「はーい」

「はーい」

「ごはん食べて」

「おなかが痛い」

「はーい」

「お姉ちゃん」

真後ろから、声がした。

そして

「見エてルんだロォ¿」

その後は悲鳴を上げて廊下に飛び出し、今度は祖母の部屋へ逃げ込んだ。

祖母はかなりビックリしていたが、私を優しく宥め一晩中抱きしめていてくれた。

目が覚めると、今度こそ本当に土曜日の朝だった。姉はというと、昨晩腹痛を起こして一晩入院していたらしい。病院から帰ってくるなり私に「見えてないんでしょ」と言い、部屋に閉じこもってしまった。

それからと言うものの、姉とは不仲になってしまい殆ど口を利かないまま互いに家を出てしまった。両親も祖母も不思議そうにしていたが、何があったのか私も姉も話すことは無かった。

今でも、あの白い影はあの廊下を行き来しているのだろうか。

あれ以来、私はかつての自分の部屋に行けずにいる。

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