中編3
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契約の呪い

 私が学生の頃、貧乏旅行を趣味にしていた。観光地という外向きの姿ではなく、できるだけ

その国本来の姿が見たいと思い、ガイドに載っていない土地をあえて選んだ。

 アメリカ西部を巡っていた時、黄色い砂と岩が地平線まで続く大地に立っていたガソリンスタンドで、ある老人と知り合った。給油を済ませ簡単な昼食をとっていた時に、ほかの唯一の客であったその人に、こちらから話をかけた。こうした何でもない場所で、その土地に暮らす人と雑談をすることが、その国を知ることだと思っていた。

 彼は自分がインディアンの子孫だと言った。確かに白人系ではなかった。日に焼けて黒くなった皮膚には、大木のような無数のしわが刻まれていた。羽飾りを付けたらさぞ似合うだろう。年金暮らしであるが、その土地で旅行者や役人のガイドをして金を稼いだりして暮らしているとのことだった。

 日々の暮らし、隣人との付き合い、動植物の生態、娯楽、話は様々に広がった。そして、歴史の話になった。彼は言った。アメリカは契約の呪いにかかった国であると。

 西洋文明=契約、というのはイメージとして掴んでいた。日本もそうだが、人間関係の調和やその場の空気を重視し明確な基準を求めないアジアに対し、アメリカを含む西洋圏では文字と書面による約束=契約が大きな力を持つ。しかし、契約の呪いとは?私は詳しく聞いた。

 老人は目を閉じ、ぽつぽつ語った。白人がアメリカ大陸に到達した後、しばらく2つの文明は新たな交易相手として良い関係を築いていた。西洋諸国は大きなコストとリスクをとり、船団を派遣しインドを目指したが北米にたどり着いた。彼らはそのコストを回収する必要があった。最初は問題がなかった。広大な土地と自然は彼らの欲を満たすだけの広さがあった。

 しかし、入植者が増えてくると軋轢が生まれ、関係は崩れた。大地は誰にも属さないという考えのインディアンに対し、入植者たちは「契約」を持ち込んで彼らの土地を侵食した。その契約が不平等であったこと、またそうであっても西洋文明から持ち込まれた嗜好品や生活道具が彼らを魅了し、進んで契約を交わしたことも今では周知の通りだ。

 だが、入植者が彼らの住処を武力で追い立て始めると、大きな誤りであることに気づいた。そしてそれは遅すぎた。契約により奪われたのは土地だけではなく、集団(民族という意味に近い)の一貫性だった。インディアンは契約によって分断され、入植者に通じるなど仲間同士で紛争を始めるようにもなった。その後、国の保護策が始まるまで迫害は強まる一方だった。

 だが、あるインディアンの集団はその契約に則り最後の抵抗を試みた。入植者が契約によって土地を奪い、命を奪う。彼らは嗜好品でも武器でも貨幣でも無いものを要求した。それは、この国の未来の安寧だったという。

 未来の安寧を債務として支払ったこの国は、その後も大きな戦争(シビルウォーのことらしい)を経て尚も不安定だ。世界最大の経済力と最強の武力を持ちながらも、決して安寧を得ることがでできない。なぜならそれは、すでに支払ってしまって存在しないからだ。

 その契約がどのように交わされた契約かは残っていないが、何らかの明確な「文書」を介したものであることは間違いないと老人は言った。彼はインディアンで、その集団の末裔だった。不毛の土地に住み、伝えられたソレを今も探しているそうだ。

 

 アメリカでは拳銃による犯罪が絶えない。所持の禁止を求める一団がいる一方で、日本人には考えられないことだが、拳銃の所持は開拓時代からの生命・財産を守るための権利だと強硬に反対する強い勢力がいる。強大な国力を持ちながら、何から生命・財産を守りたいのか?安寧を差し出した彼らは、敵を作り続けて生きていくしかない、契約によって、そう定められてしまったのだろうか?最近発生している激しい暴動のニュースを見て、昔を思い出した。

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