長編8
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決戦、龍の咆哮 前編

中学3年の夏。

入学と同時に陸上部に入り、ここまで走り続けてきた。

気が付いたら県で1位。全国レベルと言われるレベルまで到達。

周りからは期待され、後輩からは憧れの象徴となり、

県内の大会では、他校の女子から写真の許可を求めらる程のスターである。

後輩が芸能人のマネージャーばりに

「はい。どいてどいてー。□さん、コール漏れしちゃいますからー。」

などと集まる群衆をかきわける。

大会が終われば、自分の学校でもその現象が起きる。

周りからみればモテ過ぎる嫌なヤツ。

だったのかもしれないが、もはやモテすぎて、

それを冷やかしたり僻んだり、陰口を叩こうものならば、

逆にそのカーストから弾かれる恐れがあった程だったらしい。

話が逸れたが、

そんな俺は遂に全中陸上競技大会に出場。

辛くも結果は決勝8位だった。

周りは、

「全国8位って凄くね!?」

「400mが全国で8番目に速いってことよね!!??」

などと持て囃す。

言えばそうなのだが、だからこそ言えば言うほど滑稽である。

3位入賞でもなく、4、5位であと一歩だった、

訳でもない。8位である。

決勝ではビリケツだった。

まぁ、そんなもんだろ。

と言われた方が気が楽だった。

校内でも、

「□先輩すごいです!」

「観に行きました、めっちゃカッコ良かったです!」

という、

俺の中学ではこれまで、運動部で全国区レベルの結果を出す者がいなかった。

もはやお祭り騒ぎである。

大きな声では言えないが、俺自身がそれ程結果に固執していなかった。全国に行ったのも、

大会に出れるなら出ようか。

程度のものだった。

結果にも常にリアクションは薄かったと思う。

そのクールさが「モテ」に拍車をかけていたのかもしれない。

そんなこんなで、俺の陸上部としての役目は終わりを告げ、

晴れて引退となった。

どこか虚しく、心の片隅にモヤモヤがあった。

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散々走り込んできた。

周りからは速いと言われる。結果も出ている。

認められている。

しかし何故だ。釈然としない。

俺は何に勝ったのか。

勝った気がしない。今でも。

もはや参加しなくなった陸上部を眺めながら考える。

「俺は本当に速くなったのか?」

「速くなったとして、何に勝てるんだ?」

思春期さながら、モヤモヤと自問自答を重ねていた。

shake

その時、後からドンっと衝撃と共に。

「□せーんぱい。何黄昏てんのぉー?」

声が聞こえた。

学生鞄で背中を叩かれた様だ。

めちゃ痛い。

ミオである。

ミオは1つ下の女子で、俺と両思いの仲である。

だが付き合ってはいない。

所詮は中学生。両思いだからといっても、

そこから先にどう進めば良いか、

分かっているが分からない、

しかしお互いに好きだと言うことが分かっているだけで、

毎日それを楽しむことが出来る。

それが良いのだ。

手を繋いだりキスなど出来たらもう事件である。

ただ、俺は「モテ」が激しすぎたために、俺もミオも何故か

【両思いをお互い認知していて、それを楽しむ】

だけに止めて、微妙な感じを保っていた。

どちらかがそう言ったわけでもない。

今思えば、恋愛の一番楽しい部分をピックアップした、

一番最高で正解の手法だったのかもしれない。

大人になってから、それを楽しむことがが出来たら。

きっと幸せな人生だろう。

ミオと下校する。今日ミオは自宅の都合で部活を休んだらしい。遅くなる母親の代わりに夕食を作るのだという。

ミオが早速何かを手渡してきた。

「部活お疲れ様。これ、私からの引退のお祝い。」

受け取ったものはキーホルダー。

かわいい犬のようなキャラがハチマキをして走っている。

そしてハチマキには「俊足」の文字。

どこで見付けてきたんだろう。

俺は嬉しかった。以外にも女子からの贈り物は初めてだった。

通常、女子が俺に何かを贈る行為は、

「抜け駆け行為」とみなされ、罰則があった。らしい。

俺は心から礼を言った。宝物にしよう。

そんなピュアな気持ちでぽかぽかした。

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その後、ミオは3年が引退したと同時に自分が女子バスケのキャプテンに就任した事。

俺のファンクラブらしき者達への、自分の立場の説明に追われる事。などを話してくれた。

俺と付き合っているという噂も出回っていて、間違いではないのだが、何か申し訳なく感じた。

そんな時、微妙な空気を察知してか、ミオが言い放った。

「そうそう。知ってる?最近、近所の橋の下にホームレスがいて、噂になってるよ。何か不気味だって。」

ミオは続けた。

「何か私のクラスの子の弟が、まだ小学生で、そのホームレスにちょっかい出したりして遊んでるんだって。何か危ないよねぇ。」

フッっと胸がくすぐったい気がした。

モヤモヤに触れる何かを感じた。

更にミオは

「その小学生達は、そのホームレスをダンボールゾンビとか言ってるらしいよ。何やってんだかねぇ。」

次には電撃が走った。

モヤモヤがザワザワに変わった気がした。

何だ。俺は何かを忘れている。

すぐここまで来ている。

何かを思いだしそうだ。

何だ。その話。

なんだこの感覚は。

確認せずにはいられないこの感覚は!

その後ミオが何やら話をしていたが、ほぼ頭に入って来なかった。

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数日後。

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確認しなければいけない。

昨夜思い出したのだ。

モヤモヤの正体を。

ヤツだ。

伯爵だ。

俺がスポーツで勝利の感覚を得られない原因。

本当の勝負。

命をかけた戦い。

スポーツで不感症の様になってしまった、

その理由。

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根元

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元凶

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発祥

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ルーツ

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オリジン…

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合点がいった。

納得できた。

俺は、負けたことがある。

完敗だ。

恐怖し、縮み上がり。

勝ったか負けたかがどうでも良くなる程、

助かった、とまで思った。

「助かった」それは究極の敗けだ。

勝負に勝っても、

あの時、こうだったから「助かった」。

あの時あれがなかったら負けていた「あー助かった」。

それらはいかなる勝者の記憶にもこびりつく。

更にそれは勝者でも無いものだったなら。

助かったというのは、負けて尚許されたと言うこと。

完璧なる、完膚無きまでの敗北である。

俺はそれを、「ヤツ」に刷り込まれたのだ。

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そして、俺は噂の「ダンボールゾンビ」の根城に来た。

その場所は、

そう。

あの風月橋だった。

ただ違うのは、【風月橋戦役】があったあの場所ではなく。

その橋を渡った方。

あの時の対岸に位置する場所である。

疑惑が確信に近付く。

根城から距離を取り観察した。ダンボールで築かれた見事な城。

橋の下に繰り広げられる、生活感溢れる城下。

何よりその城の風貌、有り様。正に伯爵が持っていたそれに限りなく近い。

いや、一致している。

立ち尽くすしかなかった。

恐怖と謎の期待感。

ビリビリと感覚が尖っていく。

鼓動が早くなる。

緊張と興奮で口と喉が乾く。

乾いた口の呼吸の臭いを自分で感じた。

その時だった。

小学生達がその根城のテリトリーに入ってきた。

それぞれが木の棒を振り回している。

危険だ。

もし、ここが「ヤツ」の根城であったならば、

彼らはただではすまない!

俺は声を上げようとしたその時。

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「ふひゅー…」

後から人のため息のような、

今から何かを吐き出す獣の様な、

そんな音を感じた。

それと同時に、【風月橋戦役】で食らった、

あのガスの臭いを感じた。

声を上げるまでもない。身体が勝手に反応していた。

俺はその音の正体を一瞥すること無く。

走り出していた。

どこまでも、どこまでもだ。

俺には解る。あれは「ヤツ」だ。

「伯爵」以外にあの空気は放てない。

俺だからこそ解るんだ!!!!!!

気が付いたら友人が集まる公園まで来ていた。

息が上がる。頭を整理する。

俺は何をしているんだろう。

仮にヤツが「ヤツ」だったとして、

それがなんだと言うんだ。

確かに今のおれならば、暴力対決になっても勝てるだろう。

並みの大人よりも筋力や体力には自信がある。

今更何をしようというのか。

そんな時、公園に集まっていた友人の一人、付き合いの長いユウジが声をかけてきた。

ユウジ「おう。□。どうした?顔が死んでるぞ?w」

そうだ、ユウジだ。こいつなら話せる。ヤツを知っている。

「ユウジ、ヤツだ。ヤツが現れた。」

ユウジ「ヤツ?えーっと、ヤツってA中のカズヒロか?あいつなら昨日駅前でシメたぞ?調子こいてたからな。」

「アイツじゃない。ヤツだ。…………………伯爵だ。」

ユウジ「はく…しゃく?」

ユウジは首をかしげた。しかし、次の瞬間。

ユウジ「伯爵!ヤツか!?何で?どこにいた!!??」

流石のユウジも動揺を隠せなかった。

ユウジ「ヤツめ。生きてやがったのか。」

ユウジは顎に手をかけ、少し考えた後こう言った。

ユウジ「でも、俺達にはもう関係ないよな?」

「あぁ、関係ないさ。」

そうだ、ユウジの言う通りだ。

関係ない。いくら過去に何かあったとしても、

ヤツは変わらずホームレス。

俺は高校受験を控えた中3だ。

無闇に関わる意味も理由もない。

しばらく公園で仲間達と談笑したあと、家路に付いた。

夕食を済ませ、シャワーを浴びた俺は、少し夜風に当たりたくなってベランダに出た。

考えることは伯爵の事ばかりだった。

何をするでもない。する事もない。

気持ちだけがヤキモキした。正体が分からない感情で、

妙に落ち込んでいた。

そこにユウジがやって来た。気付いた俺はベランダからユウジを呼ぶ。ユウジを部屋に招き入れた。

部屋で二人で座り、ユウジに突然どうしたと、来た理由を訪ねる。

ユウジは重い口を開いた。

ユウジ「なぁ、□。例のヤツの事なんだけど。伯爵な。」

まさかの内容に俺は焦った。そんな会話、準備していなかったのだ。ユウジは気にしていないものと思っていたからだ。

ユウジ「お前はどうか知らんけど、俺、今でもあいつにはビビる。今まで喧嘩とか、立ち向かう場面は数多くあったが、必死で逃げたのはあいつが最初で最後だしな。正直気になってる。」

意外だった。この界隈でユウジは高校生ですら恐れをなす、札付きのワルだった。勿論喧嘩でも負け知らず。

そんなユウジが気になる程の相手と言う訳だ。

そして、ユウジが意を決してこう言った。

「俺は伯爵から、もう一度逃げようと思う。」

後編へ続く。

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@天津堂 さん
思春期の時って、目立ちたいとか秀でたいとかばかり考えがちなんですが、それは自己否定がそれだけ強い証しでもあると私は思います。思春期のモヤモヤの空気感を少しでも出せたらと思って書きました

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