H市で学生時代を過ごした人間なら一度はTホテルの噂について聞いたことがあるかもしれない。
とはいえ、知らない、何それ?という人が大半だと思う。
記憶に残るようなインパクトのある話ではないからだ。
噂について説明すると
Y村から山へ向かう道の途中にTホテルという名前の、既に廃墟となったホテルがある。
そこでは数々の霊現象が起こるという。
以下に噂で聞いた内容の一例を示すと
・深夜、荒れ果てたフロントに首のない男の幽霊が立っている
・五階の一室にはお札が大量に貼ってあり、その札を持ち帰るとよくないことが起こる
・封鎖された地下があり、そこでは何者かの足音が聞こえる
・ホテルの駐車場で子供のようなものに追いかけられる
このほかにも色々なパターンがある。正直、各々が好き勝手に脚色して広まってしまった、ありきたりな怪談話という印象を受けるだろう。
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だが、このTホテルは実在する建物なのである。
当然Y村というのも存在し、かつてはスキー場で賑わっていたという。H市の市民なら大抵は知っている場所である。
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高校生や大学生には肝試しと称してこのTホテルへ向かうグループが必ずでてくる。
そして彼らはTホテルに行ってきたことを武勇伝のように話して回るのである。
私が高校生の時、Tホテルに行ったという友人から話を聞いたことがある。
その友人は「ただの大きな廃墟だよ。幽霊なんか見なかった」と語っていた。
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前置きが長くなってしまったが、これから話す出来事はこのTホテルに関連して起こったことである。
この話を聞いてTホテルへ向かう者がいるとしても別に止めはしない。
だが、Tホテルにはあなたの望むものは待っていないはずである。
あそこにはどうしようもない哀しみがあるだけだ。
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事の始まりはAであった。Aは私と同じ大学に通い、同じサークルに加入している友人である。
「なぁお前Tホテルに行ったことあるか?」Aが唐突に聞いてきた。
「いいや、ない」私はTホテルを知っていても行ったことはなかった。
「そうか…ないかー」Aは残念そうに言った。
Aが言うにはAの家でこの前法事があり、親戚一同が集まり食事をしていた。
そこでTホテルの話が出てきた。
従兄の1人が「昔行ったことがあるけど、何もなかったよ」という話をしたそうだ。
周りは本当かよ?とか、怖くて帰ってきたんじゃないか?など笑いながら話していて、Tホテルのことで盛り上がっていた。
だが、隣に座っていた叔父さんだけはくすりとも笑わず、
小声で一言こうつぶやいていた。
「本当に恐ろしいのはTホテルのほうじゃない…」
その叔父さんが帰るときに、Aはさっき呟いていたことについて聞いてみた。
すると、叔父さんは聞いていたのかと驚いたようだ。
Aはそれを見て叔父さんも酒を飲んでたから、ぽろっとでちゃったんだなと思ったそうだ。
「あの建物…いや、Y村には近づかないほうがいい」
叔父さんはそれだけ言い残して帰ってしまった。
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Aは叔父さんの話にあった「あの建物」という言葉が引っ掛かったようだった。
あの建物がTホテルを指すなら、わざわざぼかして言う必要もないはずだ。
そしてAは「あの建物」が叔父さんの言っていた「本当に恐ろしいもの」を指すのではないかと考え、
恐らくTホテルの近くに別の心霊スポットがあるはずだと思い至ったそうだ。
「Tホテルのほうじゃない」ということは別館かなんか別の建物が近くにあるのではないか、と。
「で、実際に調べてみたいわけね」私が半ば呆れながらそういうと、Aは力強くうなずいた。
「もうBとCには一緒に行こうって声をかけてある。2人とも行きたいってさ」BとCは学部こそ違うが同じ講義を受けていてそれから仲良くなった同学年の2人だ。
2人とも県外出身だからTホテルのことなんて知らないだろう?と聞くと、有名な心霊スポットだとだけ話したそうだ。
ちなみにAと私はH市で生まれH市で育った地元の人間である。
BとCが行くなら私だけ行かないというわけにもいかない。
「行ってもいいが、車は?そもそも場所わかるの?」
「車は俺が父親のを借りるし、場所は従兄の兄ちゃんに聞くから大丈夫」そこから話はとんとん拍子に進んで、夏休み中にBとCが帰省する前に行こうと決まった。
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そして日程は決まり、時間はやはり夜のほうがいいのではないかということで、21時ごろの到着、捜索は2時間ほどと話は決まった。
出発前にAは叔父さんにもう一度「あの建物」について聞いてみたそうだが、何も教えてはくれなかったらしい。
当日になり私とBとCはAの家へと集合した。
「なぁなぁそのホテルってどういうところなんだ?行く前にもっと詳しく教えてくれよ。」Bは興奮気味に私に話しかけている。
CはスマホをいじりながらAが出てくるのを黙って待っている。
心霊スポットに本当に興味があって参加したのか怪しいところだが、Cは普段から物静かであるからこれが通常の姿でもある。
「Cよーさっきから静かだな。楽しみじゃないのかよ」BはCに話しかけるが、
Cは「正直あんまり興味はない」と言って、スマホを眺め続けていた。
しばらくするとAが出てきて、我々は言われるがまま車へと乗りこんだ。
「そのホテルってどんな霊が出るんだ?やっぱ自殺者の霊とか?」Bは相変わらずはしゃいで、運転するAにしつこく話しかけていた。
「だから、今日見に行くのはTホテルの近くの心霊スポットなんだって。そこのことは何にもわからないんだから、俺に聞くな」
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結局「あの建物」について何の情報もないまま我々はTホテルへと到着した。
Tホテルは周りを森に囲まれていて、意外とY村の中心から離れていない距離にあった。
だが、看板なんてもうないし、道もわかりづらく意識しないと見つけることは難しいだろう。車から眺めているとほんとにあったんだなと多少の感慨はあったが、これからのことを考えると気が重かった。
正直私も乗り気ではなく、心霊系はあまり得意ではなかったからである。
時間はすでに10時近くになっていた。思っていたより時間がかかってしまっていた。
Tホテルは6階建てのビジネスホテルよりも少し大きいくらいの建物だった。
廃墟になって何年たっているのか不明だが、思ったよりはおどろおどろしい印象は受けなかった。
もっとも昼間に見ればもっとボロボロで不気味なのかもしれないが。
ホテル前の駐車場であっただろうスペースに車を止め、そこで車を降りた。
AとBははしゃいでいたが、Cは来る前とあまり変わらない様子でホテルのほうを見ていた。
辺りを見回すが、暗いせいもあり長く伸びた草と無数の木々しか見えなかった。
「よーしそれじゃこれから、例の建物を探すぞ。俺とBはホテルの右側を、お前とCはホテルの左側を。30分探して何もなかったら4人でホテルの裏手を探すぞ」Aはスマホが通じることを確かめてから号令をかけ、テンションの高いBとともに走っていった。
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「仕方ないから行くか。」Cに声をかけ、私たちも出発した。
「なんでこんな心霊スポット散策なんかに参加したんだ?」私はCに聞いてみた。
「正直、心霊スポットに興味はないけど、こういうのもいいかなと思ってね」cは懐中電灯を振りながら答えた。
「大学の思い出作りならもっといいのがあるだろうにな」そんなことをCと話をしながら辺りを散策する。
相変わらず木と草しか見えず、それらしい建物は何も見えなかった。
20分程たったころであっただろうか、スマホに着信があった。
Bが道のようなものを発見したから、ホテル前に戻ってくるようにということだった。
ホテル前に到着すると、テンションの上がりきったAとBが待っていた。
2人に連れられて行ってみると、確かに駐車場の端のところから、うっすらと道らしきものが奥へと続いていた。こんな背の高い草がぼうぼうの中よく見つけたものだ。
「どうだ?これ道だよな。この先に例の建物があるんじゃないか?」Bは今にも走り出しそうな様子で話していた。
「さっきから何をそんなに興奮しているんだ?」私はBに聞いてみた。
「だってよ、これで幽霊見つけたら、大学の連中に自慢できるだろ」Bの言うことがどこまで本気なのかは不明だが、少なくてもBの熱量は本物であった。
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4人で草をかき分け道らしきものを進んでいく。
坂道を登っていくと山側の方向に建物があるのを発見した。
Tホテルからそれほど離れてはいなかったが、その建物が1軒だけポツンとあって、大きさはコテージ?山荘?その位で2階建てであることはわかった。
別館にしては立地が不可解であり、何より見た目がホテルっぽくない。
かといって、なにかの管理小屋にしては大きすぎる気もした。
入り口前まで来ると一旦足を止め、どうしようかみんなで話し合いを始めた。
「なぁこれがその建物だよな…」Bも実際の建物を目の前にして尻込みしてしまったようであった。
「そもそもこの中に霊感あるやつとかいないの?これは入っても大丈夫なのか?」Aもここにきて心配になってきたようだった。
私とCは小さく首を横に振り、そのままみんな黙ってしまった。
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少ししてBが「やっぱり入ってみよう」と言いながら入り口のほうに1人で歩いて行った。
私達3人も後を追い、4人でドアの前に立った。そして意を決したようにBはドアノブに手をかけ、ドアを開いた。。
ギギィと音を立てて、ドアが開いた。カギはかかっていなかったようである。中は何年も放置されていたのだろう、ドアを開けたと同時にホコリが舞い上がった。
懐中電灯で玄関の辺りを照らすと、屋内はホコリっぽいが意外ときれいであることが分かった。そのまま中に入ってみると9時の方角に部屋が11時の方向に階段が、12時の方向に奥へと続く廊下があった。時間を確認すると既に到着から1時間半近くがたっていた。
「あまり遅くなると帰りが心配になる。二手に分かれてさっさと散策して帰ろう」Aはそう言って、BもCも静かにうなずいた。
「俺とBが2階、お前とCは1階を見てくれ」Aはこちらの返事を待たずに、Bを連れて2階へと急いでいった。
別れるのも怖かったので私はCと二人で、9時の方角の部屋に入って行った。
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中はホコリがすごい以外、荒れた様子はなかった。
部屋の真ん中のあたりにテーブル、そして倒れた椅子が何脚かあった。
恐らくここはリビングだったのであろう。
部屋の奥に新聞紙が落ちていた。汚れていて日付はわからなかったが、その古さから20~30年はたっている気がした。
新聞紙の近くには菓子パンやお菓子が入っているような大きさの袋がいくらか散らばっていた。袋をたどると部屋の端のほうにごみ袋が一つあって、そこから同じような袋がたくさんこぼれていた。
パッケージの印刷がもう色あせていて確かではないが、ウインナーやハンバーグが入った袋のようだった。
「肉好きすぎるだろ」私はCに冗談っぽく言ったが、Cは笑わなかった。
2人で奥に行こうとしたとき、2階から悲鳴が聞こえた。私はCを引き連れ玄関へと戻り、階段を駆け上がった。
2階にたどり着くと同時に感じたのは、猛烈な寒気。
気温や湿度のがどうこうではなく、風邪をひいたときに感じるような悪寒に似た寒気であった。
Cも同じようにこの寒気を感じているようで少し体が震えている。
2階の突き当りからAとBの声が聞こえた。
突き当りには部屋があるようで、その前にAとBがいた。
Bの様子は遠目から見ても明らかにおかしく、体をくねらせながら意味の分からないことをわめいていた。
ともかく2人に駆け寄る。
「そこの部屋のドアを開けようとしたら、BがBが…」Aもまたそれを繰り返すばかりで冷静さを失っていた。
Aの言う部屋のドアは今はしっかりと閉まっていた。
今この部屋のことをどうこう探るのは得策ではない。
震えているCを呼び寄せAと一緒にBを担ぎ出すようにして1階まで連れてきた。
1階まで来るとさっきの悪寒は不思議と消えていた。急いで玄関へ走りこの建物から逃げるように飛び出した。
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外に飛び出すとAは多少落ち着きを取り戻したようであるが、Bは相変わらず半狂乱で何か独り言をつぶやいている。
「おい、これどうする。救急車呼ぶか?」Cはスマホを取り出しながらAに尋ねている。
私はBを介抱するように肩を貸していたが、AはCの話を聞かずにどこかへ電話をかけていた。
「あぁ叔父さん。大変なんだ。今Tホテルの近くの建物に入ったら…友達が…うん…わかった、今から行く」電話の相手はこの建物の話をした叔父のようだった。
「今からBを連れて叔父さんの家に行く。運転は俺がするから2人はBを頼む」そう言うとAは車へ走って行き、車をまわしてきた。
全員車に乗り込み、そこからは可能な限りスピードを出してAの叔父の家へと向かった。
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この時、私はあるものを見た。建物から駐車場へ向かう途中、うっそうとした木々の中に人影のようなものがあったのを。
それは子供ぐらいの大きさだった気がする。
それは私たちの向かう駐車場と真逆の方向、つまりあの建物の方向に向かって動いていたような気もしたが、ほとんど棒立ちであったような気もした。
私はこの人影のことをAとCには黙っていた。この発見は無用の混乱をうむに違いない。
建物の部屋を開けた瞬間半狂乱になった友人。森の中にいた人影のようなもの。これがどう関係しているというだろうか?
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何時間たったかはわからないが、車は目的地に到着した。
叔父さんの家の前には車が1台泊まっていて、静寂の住宅街の中で唯一明かりがともっていた。
この時Bは眠っている、というよりは気を失ったような状態で車の中一人だけ横になっていた。
呼びかけても起きないので仕方なくBを車に残し、3人でAの叔父さんの家へ向かった。
ドアを開けると浴衣を着たAの叔父と思われる人物と60代くらいの眼鏡をかけたヒョロヒョロとした男が立っていた。
「それで、おかしくなったのは誰よ?」眼鏡の人物は我々に問いかけた。
「車で寝てます」Aが答える。
「それじゃあKさん。車のその子を見てきてくれますか。3人はとりあえず居間にあげましょう。」Aの叔父は口を開いた。
Kという人物は無言で玄関を出て、車へと歩いて行った。
私たちは居間へと案内され、用意されていた座布団に座った。
Aの叔父は煙草に火をつけ、ソファに腰掛けた。
「叔父さん、Bはどうなるんだよ?。あれって何なんだよ」Aは今まで抑えていたものを吐き出すように問いかけた。
「まぁちょっと待ってろ」Aの叔父はそう一言だけ言った。しばらくするとKが戻ってきた。
「どうですか?」
「生きとるのは専門外だ。よくわからんね。とりあえず本部に連絡しといたから、もう少ししたら迎えが来るよ」そう言うとKも煙草を取り出し、火をつけソファに腰掛けた。
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「お前たちに紹介しよう。この人はKさん。私が警察で働いていた時から色々とお世話になっていた人だ。一言でいうとだな、霊能者ってやつだ。」Aの叔父は眼鏡の男のことを、そう紹介した。
霊能者?そうみんな思ったはずだが、誰も聞き返さなかった。
「しかし、馬鹿だねあんたら。霊感なんかなくったて、あそこはやばいところだってわかるでしょ?」Kはそう言うと笑った。
私たちは黙ったままだった。
「まぁやってしまったものはしょうがない。そして君らには今日のことを口外しないようにしてもらいたい。あそこのことがいろいろ広まるのは非常にまずい。」Aの叔父が話しを続ける。
「ただ、あそこがどういうところなのかは教えよう。だが、さっきも言ったようにこのことは口外しないように」一呼吸おいてAの叔父は話を続けた。
「あそこはTホテルのオーナーの別荘だった建物だ。」
「すると、自殺したオーナーの霊が出たとか?」Aが恐る恐る聞いた。
「いやーあそこのオーナーは金持って逃げたんだ。Tホテルがつぶれたのもそれが理由だ。
そもそもTホテルには事件や事故なんてものはない。
Tホテルに幽霊が出るというのは警察が意図的に流した噂話だ。
肝試しに来た連中があそこに行かないように、
Tホテルだけに関心を持つようにするためにな」
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以下はAの叔父さんが話した内容をまとめたものである。
あの建物で起きた事件を説明する前にJという人物と約30年前の事件について話す必要がある。JはH市の中小企業に勤めるごくごく普通の男だった。
Jには妻と小学校に上がったばかりの男の子の3人家族だった。周りからはとても幸せな家庭であると思われていた。
だが、Jに悲劇が襲い掛かる。まず、妻が不慮の交通事故で亡くなり、それから半年もしないうちに息子が白血病であることが判明したのである。
抗がん剤も大して発達していない時代である。助かる見込みはなく、Jには余命は半年くらいだと伝えられていたそうである。
それからJは家と会社と病院とを往復する生活が続いた。会社の同僚は日々やつれていくJの姿を見ていられなかったと話していた。
そして半年を待たずにJの息子は亡くなった。
Jの両親が病室に着いた時には、Jは息子に向かって必死に何かを語り掛けていたらしい。
Jの父がのちに語ったところによるとJは息子の遺体に向かって「大丈夫だから」とずっと話しかけていたそうである。
息子の遺体を家に連れて帰った後、Jは周りに「今日だけは息子と二人で過ごしたい。明日また来てくれるか」そう話したそうである。
周りもJの気持ちを優先して早々に引き上げていき、Jの両親もその日はホテルに泊まった。
次の日、朝になってJ宅にJの両親がくるとJの車が消えており、室内には誰もいない。
そればかりか、昨日亡くなった息子の遺体も消えていたのである。
これは大変なことだと警察に連絡をして、すぐ警察が来た。
この事件を担当したのがAの叔父であった。
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Jの行きそうなところは片っ端からあたってみた。1週間ほど人員を集中して宿泊施設など広い範囲を探したのだが、Jの姿と息子の遺体は発見できなかった。
そんなとき、H市では3件の行方不明事件が連続して発生していた。
一つ目は50代のサラリーマンが飲み会が終わった後から、家にも会社にも姿を現さない。
二つ目は公園で遊んでいたとされる小学校2年生の女の子が家に帰らない。
三つ目が80代の老人が散歩に出かけたきり帰ってこない。
これら3件の行方不明事件が1週間のうちに立て続けに起こったのである。
約30年前に起こったこの事件は当時の新聞テレビを賑わせたらしい。
警察はこの行方不明事件にも人員を割かなければならず、Jの捜索はそこからほとんど進展がなかった。
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Jが行方不明になってから1か月近くがたった。
その時一つの情報が入った。
Y村で最近動物の死骸が異様に増えたり、飼い犬が怪我をするということが多くなったという。
その犬たちの傷は共通して何かにかみちぎられたようであった。
山に住む野良犬の仕業ではないかと言う声があがったため、猟友会に頼み山狩りが行われることとなった。
その山狩りの最中にTホテルの近くでJの車が乗り捨てられているのが発見されたのである(そのときTホテルは既に廃墟であった)。
その後警察がTホテル周辺を捜索した結果、元オーナーの別荘が怪しいとされ捜査することとなった。
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警察が別荘を捜索した結果、
2階の一室から行方不明になった3人と似た特徴の遺体が発見され、1階からはJとみられる遺体が発見されたのである。
4体とも腐敗が進んでおり、その場では詳しいことはわからない状態だった。
3人の遺体はほとんど同じような状態で同時期に亡くなったと思われ、3体とも一列に並べられていて服を着ていなかった。
また、共通して胸のところに刃物で刺したような傷があり、一部の内臓が取り出されたような痕跡もあった。
一方でJの遺体は3人のものより新しく、何かに噛みちぎられたような跡が何か所もあった。
そしてどこを探してもJの息子の遺体は見つからなかった。
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「まぁ外法ですわな。人の魂を使って死体を動かす。生き返らせるのはそりゃ無理ですがね、生きてるように動かすくらいはできるんですわ。」突然Kが話を始めた。
「拉致してきた3人の魂を使って、息子を生き返らせる。まぁそんなシナリオだったんだろうけど、さっきも言った通り死人は生き返りはせん」Kさんは語気を強めた
「あそこにはね。儀式で使った3人の魂の残りかすが怨念となってさまよってる。
あの建物は魂を逃がさないように結界みたいなものが貼ってあるから、その怨念は別荘の中を延々とさまよい続けるしかない。
しかも悪いことにJの魂もまだそこにある。
結界のせいで出られん。
考えてもみなさい。殺したほうの魂と殺されたほうの魂が同じところに閉じ込められてる。
さっき残りかすと表現したが、実際は魂と同じで思考も記憶も感情も残ってるからあれが私を殺した奴だって認識もできる。
だが、肉体がないから干渉ができない。
殺した奴がそこにいるけど手を出すことができない。
そりゃ殺されたほうの魂がどうなるかは火を見るより明らかでしょう?」
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「干渉できないって…でもBは実際おかしくなったんですよ」AがKに質問する。
「あぁ、魂はね、肉体を持ってる状態の魂には干渉ができる。だが、魂単体には干渉できない。どういう理屈だよって思うかもしれんけど、そいうもんだって納得してくれ」
「あの…その3人はJが殺したんですか?」Cが続けて質問した。
「そりゃ恨みの念が他の殺人事件とかで感じるのと同じもんだったし、恨みの向かう先が一点に集中しとったからね。
その一点ていうのは言うまでもないJの魂が漂っている方向ですわ。
結局証拠は出なかったんでしょ?
だけどあれを見ればJが殺したに決まってますがな。」Kが少し笑いながら答え、Aの叔父のほうをちらっと見た。
Aの叔父は小さくうなずいた。
「成仏とかさせてあげられないんですか?」Aが質問を続ける。
「結論からいうと無理だね。あれはどうにもできん。
結界壊して外に出してしまうほうが問題だから、あのままにしておいたけど…
なるほど怨念はいまだ健在ということですな。
だけど、時間がたって自我とかは薄れてきてるから、もうそれが何かは認識できないはず。
変わらん恨みが勢いで見境なしに襲ってきたってことでしょう。
まぁ、あのこは暴走運転の自動車に運悪くはねられたようなもんやね。」Kはやはり少し笑っていた。
「じゃあ2階のあの部屋って…」Aの顔色が少し変わる。
「そうだ。遺体が3つあった部屋だろうな。」Aの叔父が再び口を開く。
「内容が内容だ。遺族にそのまま話すわけにもいかず、世間に公表するには猟奇的すぎる。
だから迷宮入りってことで事件は終わりになった。外に話されちゃ困る」
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「あの…Jの息子さんはどうなったんでしょうか…」私はやっと口を開くことができた。
「わからんな。
俺も詳しくは知らんけど外法で動きを与えられた死体は生前の行動を繰り返すらしい。
子どもだから食う、寝る、遊ぶとかでしょうな。」
「Jの車の状態からして、発見される前から数週間車は使われていなかった。
君たちも行ってきたからわかると思うが、あそこから人の足で行けるのはY村くらいだ。
Y村で聞き込みをしたが、そんな男は見てない、うちの店には来てない、とかJが村に来た形跡はない。Y村で泥棒に入られたとか畑が荒らされたっていう話もなかった。
だからJは数週間あの別荘にずっとこもっていたと考えられる。
あの時ほとんど片づけたが、あそこには物がたくさんあった。食品とかはともかく、こどものおもちゃや本もたくさんあった。
別荘の持ち主だったオーナーは未婚だったから、Jが持ち込んだんだろう」Aの叔父が横から補足した。
「これは推測ですがね、Jはあそこで息子と暮らしてたんでしょうな。
そしてずっとそこにいるつもりだった。
だけど、限界が来てしまった。物資は有限ですからね。
1階のJの死体があった部屋に入った時、すごい食べ残しが床に転がっててね。
ハンバーグみたいな肉の塊だと思ってたけど、いや、肉好きすぎかって思ったね。
まぁ他に口が空いた袋が散らばってたから最後は食うもんがなくなったんでしょうね。
だから最後の最後食えそうな親父にかみついた。
そう考えるとね、一応体の傷も説明がつくでしょう。
そのあと?
知らんよ。
家の中にいないってことは外に出て行ったんでしょう。
死体は死体で物体ですから急に消えてなくなるなんてことはないでしょう。」
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そこからもいろんな話を聞かされたが、あまり覚えていない。
あまりにも現実味がない気がしたからだ。
覚えているのはJがいなくなった当日、Jの口座から200万円が何とかという会社に振り込まれていたこととか、
2階には訳の分からんものが書かれた紙が散乱してたとか。
BはKの仲間に連れられて、1週間ほど本部で休養させるということを言われた。
まだBは帰ってきてないが、とりあえずは大丈夫だろうということをAの叔父さんから聞いた。Kは警察に頼まれて、凄惨な事故とか事件現場で霊を鎮める仕事をしているということも後から詳しく説明された。
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「儀式?そりゃ俺も聞いたことしかないからやり方は知らんよ。
けど、外法だからね。図書館で調べてやり方が出てくるもんじゃないし、誰かが引き受けたんでしょうな。
3人を誘拐して殺したのもJで間違いないけど、儀式に必要だからと言って指示したのはそいつでしょう。
結界も儀式の一環でそいつが貼って、そのままにしたんでしょう。素人にできるわけがない。
こういう儀式やるやつって大抵悪徳業者ですからね。
こうすれば生き返りますよとか言ってやらせたんでしょう。
今は人形みたいですけど、時間がたてば元の息子さんみたいに話もするし、感情も出てくるようになりますから~とか言ってね。
いやーあくどいね。
死体はどうやっても死体にしかならんのになー。
今回のは他人の魂を死体に吹き込むんですけど、そうねぇ魂は体を動かす燃料…そう電池みたいなもんだと思ってください。。
壊れたおもちゃに無理やり電池詰め込んで動かすみたいなもんですわ。
だから電池が続く限りそれは動き続けるけど、
いつ電池が切れるかわからんし、
壊れたものは壊れたままですよってちゃんと説明しきゃいけない、
そう思うでしょ?
まぁ依頼人が全部説明聞いて、それでもいいって言ったなら俺は何も言わんけどもね」
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Tホテルが解体されたという話は聞かないから、変わらずあの場所にあるはずである。
無論あの別荘も。
Y村では約30年前の山狩りのあとも、犬の怪我はちょくちょくあったらしい。
だからY村ではペットは必ず屋内で飼う。夜は散歩に行かないという言いつけがあるらしい。
それは今でも続いてるそうだ。
正直今回の出来事で何が本当で何が本当でないのかはわからない。
聞かされたことが本当だとして、
生き返らせたかった息子に食い殺されたJ、
その結果を引き起こすためだけに殺された3人、
今もあのホテルの近くを遊び回っているのだろうかJの息子のこと。
すべてが報われない。
作者退会会員