中編6
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ツグアミ

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皆さんの身の回りでは、『決まりごと』はありますか?

家に伝わる『伝統』や、『しきたり』はありますか?

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これは私が昔、葬儀屋に勤めていたときに体験した、

ある閉鎖的な村の、ある一族に伝わる

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『伝統』のお話です。

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葬儀屋の仕事というのは簡単に言えば、通夜や告別式のみならず、

亡くなったというご一報を受けてから法要に至るまで、

すべての流れをサポートするお仕事です。

こういう仕事ですから、やはり霊的な体験をすることは少なくありません。

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ただ今回はそのような霊体験のお話は致しませんので、

どうか肩ひじを張らずにお聞きいただくよう、

よろしくお願いします。

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9月の半ば。

じめじめとした

うだるような暑さがまだ残る、

夏の終わり頃のことでした。

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藤沢家という、その土地の権力者一族のおじい様が亡くなったというご一報を受け、

私の勤めていた葬儀社が、葬儀の式進行等の手配をお任せいただくこととなりました。

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私の会社では、葬儀の担当は社員が順番に受け持つ制度があり、

藤沢家の担当は私になる予定でした。

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ただ、私はその時まだ入社して5年程度の新米で、

ようやく一人ですべてを卒なく行えるようになった程度。

対して、相手はその土地の権力者一家です。

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粗相があってはいけないということで、

藤沢家の葬儀の担当は勤続30年以上の寺田さんになり、

私は寺田さんをサポートする役割となりました。

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さすがに田舎の権力者です。

やはり広い土地を持っていて、

通夜・告別式ともに、藤沢家の敷地内で執り行われることとなりました。

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通夜には子供も大人も合わせて関係者80名以上の参列者が見えましたが、

トラブルもなく式が進行していきました。

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通夜振る舞いが余ったため、私たちスタッフにも

食べていいよ

と、給仕のおばさんが差し出してくれました。

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寿司やてんぷら、オードブルなどがあり、

私は内心、食費が浮くぞと嬉しかったのですが、

寺田さんが

「折角ですが我々はご遠慮させていただきますね」と柔らかくそれを拒否しました。

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「いえいえ、もったいないですから」と言われますが、

「すみません、我々は食べてはいけない決まりなのです」と、きっぱりと断っていました。

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翌日の告別式には藤沢家の血筋の方のみが参列していました。

故人の長男にあたる、50代男性の喪主。その奥様と、中学生くらいの息子が二人。

喪主の弟夫婦が二組。一番下の弟さん夫婦には、10歳程度だろうか、息子が一人。

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坊さんの読経が始まり、喪主から順々にお焼香を上げていきました。

昨日よりも人が少なく、私は無意識に音と匂いに敏感になっていました。

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畳の、鼻をくすぐるような匂い。

その香りに焼香の匂いが混ざり、

さらにはご遺体の腐敗臭までもが強く混ざり合い、

独特なツンとする匂いが鼻を刺激しました。

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全員の焼香が終わり、少しすると坊さんの読経も最後のリンと共に終わり、

坊さんは部屋を出ていきました。

通常の流れであれば、焼香が終わった後は棺を霊柩車に乗せ、火葬場へと向かうこととなります。

ただ、この時だけは、いつもとは違いました。

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「それでは続きまして、

ツグアミの儀へとうつります」

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寺田さんの低く、少ししゃがれた、

深みのある声がしたあと、

寺田さんが白手袋をして、

白い飾り皿を持って室内に入ってきました。

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聞きなれない単語でした。

ツグアミの儀式とはいったいなんなのか。

気のせいか、

スタッフの雰囲気が一瞬ピリついたようにも感じました。

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寺田さんはその飾り皿を両手で支え持ち、喪主の前へ歩いて行き、膝をついて差し出しました。

皿には、一口大の、四角く型取りされたお肉のようなものがいくつか盛られていました。

その姿は一見すると、神様への献上のようにも見えました。

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喪主がそれを一つ摘みあげ、口に含み入れ、咀嚼し、飲み込む。

確認すると寺田さんが横に移動し、

次は喪主の奥様が同じように肉を一つ口に運び入れ、飲み込みます。

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それを一人ずつ行い、

10歳にも満たない子に対しても、寺田さんは同じように片膝をついて、

皿を献上するような姿勢で掲げていました。

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喪主兄弟のご子息が

「これ食べないとだめなの?」とグズっていると、

母親が「それがしきたりです」とピシャリ。

「でも…」泣きそうな声になっていました。

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大人たちは誰一人として、それを可哀そうという目を向けたりはせず、

母親だけが静かな声で「食べなさい」と言うと、

その子は少しして、涙を目に浮かべながら、口に入れました。

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ぐちゃ ぐちゃ

 

先ほどまで、読経と木魚、リンの音だけが鳴り響いていた室内は、

藤沢家が肉を咀嚼する音だけで満たされ、

静かな沈黙がうるさく感じるような錯覚さえ覚えました。

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ぐちゃ

   ぐちゃ

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ぐちゃ

   ぐちゃ

      …ごくっ

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全員がその肉を食べ終わると寺田さんはその皿をほかのスタッフに手渡し、

それから通常通りに出棺し、火葬へとうつりました。

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葬儀の全工程は筒がなく終了し、

藤沢さん一家は満足そうな笑顔で、

「ありがとうね」と感謝を述べていました。

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田舎ではよくある話なのですが、寺田さんと私は喪主から心づけをいただきました。

私は5万円ととても大きな金額に驚いたのですが、

寺田さんは20万円と、もっと大きな金額でした。

さすが、土地の権力者一族は心づけも莫大だと、二人で笑ったのを覚えています。

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会社へ帰る車での道中、

寺田さんに「そういえば今日の式の最中にやったツグアミってなんですか?」

と聞いてみました。

ああ、と。寺田さんはそうだったな、と言って続けます。

「お前は藤沢さんの葬儀はじめてだったな」

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「ツグアミってのは訛り言葉でな、

もとはツグハミって言葉なんだよ」

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寺田さんが言うには、ツグハミとは継承の儀式なのだそうです。

継承の『継』と書いて『ツグ』、

『食べる』と書いて『ハミ』、

『継食』と書いて、ツグハミと読むと。

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私はそれを聞いてから、

儀式の様子を思い浮かべ…。

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一瞬で嫌な想像をしてしまいました。

顔から血の気が引いていき、

吐き気を覚えたのが分かったのか、

「これ以上は、言わなくても、いいよな?」

と寺田さんが口を噤みました。

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それからしばらくして、

私は縁あって

全く別の業界の会社に転職をしました。

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藤沢家の葬儀は私が勤めている間でもその一度のみでしたので、

あれから儀式の話をすることはありませんでした。

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ただ私は転職してからもずっと儀式のことが気になっていて、

ネットでも図書館でも調べはしたのですが、

過去の文献にも一切記載はなく、

情報は全く出てきませんでした。

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そのため、これは私の勝手な憶測です。

ここから先は、私が調べたいくつかの風土伝承や土着信仰などの文献と、

ツグハミの儀式を見ての考察になります。

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告別式の最中に、通常の流れを無視して行われる、

肉の塊を食う儀式。

これが継承の儀式なのだという言葉。

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きっとツグハミは、

あの肉の塊は、亡くなった故人の体の肉だったのだと思います。

親族の血肉を食らうことでその権力を維持するという権力思想。

閉鎖的な村にはよくある土着信仰的な、

権力者一族に伝わる伝承なのでしょう。

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もう一つ不可解に感じるものがありました。

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通夜の夜よりも

告別式の日は、

腐敗臭が強くなっているように感じられました。

あの通夜の日、

寺田さんは余った通夜振る舞いを執拗に食べないよう拒んでいました。

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そして普段の葬儀であれば、

寺田さんが率先して言う言葉がありました。

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「余った通夜振る舞いはさ、

どうせ捨てちゃうんだから、

余ってんなら食べちゃいな!」

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あのとき余った通夜振る舞いに使われていた食材は

いったい何だったのでしょうか?

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おわり

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