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中編5
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ある病院の

 あの番組は何なんだろう。

 人間は暇だと、どうでもいいことでも気になるものである。

 例えば、あそこをのっそのっそと歩いているジジイは何歳なのだろうか――とか、受付のお姉さんは忙しそうに何か書いているが何を書いているのだろう――とか。

 普段なら気にも留めないようなことでもすぐに意識が向いて行ってしまう。

 だから。

 同じように、俺はふと目にとまったその番組が気になった。

 番組――と呼ぶかは定かではない。どちらかといえばショーなのだろうか。

 画面の中には猫と熊の着ぐるみが追いかけっこをしている。背景は手前に茂み、後ろには木々が可愛らしいタッチで描かれている。

 よくある子供向け番組である。

 内容はまったくもってつまらない。それは俺が大人だからでもあるだろうが、おそらく子供から見ても退屈な内容である。事実、前に居るガキは最初は見ていたのに今はタブレットに夢中である。

 登場人物はこの二匹しかいないし、何より音がない。ストーリーめいたものがあるようだが、まったくもって捻りがない。例えば今追いかけっこしているのだって、どっちかがどっちかを小突いたというのが発端である。そういう着ぐるみを動かすための何か発端があって、そしてそれに応じて、着ぐるみが何かしらの動作をするというのをただただ繰り返してるだけである。

 この映像は俺がこの病院に来るたびに流れている。

 俺は小さいころから喘息持ちで、それが大学生になった今でも治らないでいる。一応、高校の時に行っていた内科の腕がよくて、症状は落ち着いていた。だが、それに甘んじ、大学生になって、地元を離れ、病院に行かなかったため、また症状がひどくなった。

 ネットの評判を見て、適当にこの『斎藤内科』というところに来たが、確かに評判通り腕はいいようである。ひどかった喘息も今は落ち着いている。しかし、喘息の治療には『継続』が必要なようで、俺は毎週金曜日にここに通院することになった。

 別に、結局スマホを構うからテレビに何が流れてようが関係ない。しかし、毎週この着ぐるみのショーが流れていれば、気にするなと言われても気になってしまう。

 ――なんなんだこれ。

 ネットで検索しても出てこない。というか、この映像から得られる情報が少なすぎる。確立されたストーリーがあるわけでもなく、音楽もない。

 いや。

 音楽は一応ある。

 このショーの最後の方――なのだろうか、いやきっとおそらくあれが普通の物語で言うところのラストなのだろう――に音楽に合わせてこの二匹の着ぐるみが踊る場面がある。しかし、そのときの音楽はよく子供向け番組でお兄さんお姉さんと子供たちが一緒に歌って踊れるような曲とはかけ離れている。

 というか。

 簡単に言えばクラシックなのである。俺がこの前聴いたときは『エリーゼのために』であった。その前は名前は分からないが、有名な曲だった。

 つまり、この番組のラストでこの着ぐるみたちはクラシックの音楽に合わせてダンスを踊るのである。

 その光景の何と奇妙なことか。いや、不気味と言ってもいいかもしれない。

 そして、そのダンスが終わると、『しばらくおまちください』という文字がデフォルメされた猫と熊が頭を下げている絵とともに出てくる。だが、そこで終わりではなく、また映像が始めに戻り、ループする。

 最後のところ以外は音もないし、チカチカするような派手な演出があるわけでもない。テレビも壁の上の方に設置されているので、特段気にしなければ、まったくそれはこちらに干渉してこない。

 だが、しかし、それでも気になってしまう。特にこういう病院の待ち時間のときなどは。

「青井さーん。青井祐樹さーん」

「あ、はい」

 俺の名前が呼ばれたので、テレビから目を離し、診察室に向かった。しかし、しばらくはあの番組のことが気になった。

separator

 ――次の金曜日。

 待合室には誰もいなかった。外から聞こえてくる雨が大きな植物の葉に当たる音が心地いい。

 雨の日は嫌いではない。

 ――それにしても、俺以外、患者がいないというのは珍しい。

 いつもはある程度人がいるものだが――。

 俺の視線は自然と、テレビの方に移っていた。やはり、あの番組はやっている。

 物語は終盤らしく、何かのクラシックに合わせて動物たちがダンスをしていた。

 いつも通り不気味である。今日は何より音楽が不気味だ。

 どんよりとした鬱々しい音楽である。作曲者はどういう心境でこの曲を作ったのだろうか。

 その瞬間。

 ボキリ、と鈍い音がした。

 俺は思わず辺りを見渡した。しかし、俺以外に患者はいない。看護師さんはその音に気が付いていないようで、何か一生懸命書いている。

 もちろん俺の体から発せられた音ではない。

 ――となると。

 俺はテレビの方に視線を戻した。

 見れば、片方の着ぐるみが倒れている。猫の方はいるので、おそらく倒れているのは熊の方だろう。

 ――いや、待てよ。

 こんなシーンは今まで一度も見たことがない。この番組は最後の歌とダンス以外はすべて同じ内容のはずである。番組を最初から最後までフルで見たことがないので、絶対とは言い切れないが、多分それであっていると思う。

 これ録画じゃないのか。

 てっきり、DVDかなんかを垂れ流していると思っていたが――。

 違うのか。生放送なのだろうか。

 しかし、こんなものを生放送する意味などあるのだろうか?

『はい。ストップ。ストッープ』

 画面に小太りで、髭面の男が現れた。それに続いて二人の若い男が現れる。その若い男たちは倒れた着ぐるみのそばによると、片方が着ぐるみの上半身を起こし、片方が着ぐるみの後ろで何やらがさごそいじくっていた。おそらく着ぐるみのファスナーをおろしているのだろう。

 俺の目はテレビに釘付けになっていた。

 奇妙なことはまだあった。曲は止まったが、隣の猫がまだ踊り続けていることである。しかし、画面の中の三人の男たちは誰もそれを気にしている様子はない。

 明らかに異様な光景である。

 男が着ぐるみを脱がすと、尋常じゃないほどの汗をかいた胴体が出てきた。

 なぜか服を着ていない。服を着ていないが――。

 何かギブスのようなものをつけている。しかし、映像が粗くて、仔細はよく見えない。

『あちゃあ~。こりゃあ、もうダメかもね。脈は?』

 太った男が若い男の一人に訊いた。

『まだあるようですけど…』

『いや、でもこれはもう使い物にならんでしょ。ほら腕が折れて骨が見えちゃってるもん。まあ、もうかれこれ半年ぐらい動いてるもんなあ』

 何がおかしいのか太った男がうふふと笑った。

 確かに腕の肘の方に白いものと赤いものが見える。そして、ギブスのようなものはその腕のところにも及んでいる。

『こりゃあ、斎藤さんに見てもらわないと』

『おい! まだ映像が映ってるぞ!』

『え? やべ――』

 そこで映像はいつもの「しばらくおまちください」に切り替わった。

 受付の方を見る。しかし、いつもいるはずの看護師さんはいなかった。

「青井さん。青井祐樹さーん」

 看護師さんが俺の名前を呼んでいる。

 気のせいだろうか。奥の方からガチャガチャと機械の擦れ合う音がするのは――。

Concrete
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