中編4
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迷惑な親子

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出張先から帰りの新幹線でのこと。

俺は指定席車両の中央付近で2人掛けシートの窓側に1人で腰かけていた。

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列車がカーブすると、左手の車窓から西日がまぶしく差し込んできた。

ブラインドを半分ほど下ろし、ホームの売店で買った缶ビールを口に運び、ホッとひと息つく。

少しだけ倒したシートに疲れた身を委ね、まぶたを閉じた。

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旅先で名物に出合える出張は仕事の楽しみの一つではあったが、今回は勝手が違った。

後輩社員がしくじった発注ミスのお詫び行脚。

日頃から頼りない上司は、取引先と懇意にしている俺に後始末を押し付けた。

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訪問先で出迎えた顔なじみの担当者は「わざわざお越しいただかなくても」と逆に恐縮され、少し拍子抜けした。

ミスの原因や再発防止について説明すると、「うちの部長からも穏便に済ませるようにと言われてますので」と、これまで通りの取引を約束してくれた。

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(何はともあれ、大事に至らずによかった。)

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目をつむったまま、きょうの出来事を回想していると、安堵の気持ちが上司に対する憤りを上回り、穏やかな気分になっていた。

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しばらくして列車が駅に停まった。

後方デッキの扉が開き、数人が乗り込んできたのがわかった。

ゴロゴロとアタッシュケースをひく音とともに、座席を探す声と足音がこちらに近づいてくる。

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「お母さん、ここ、ここ」

すぐ後ろで席の場所を告げる女性の声が上がった。

母親と娘の二人組らしい。

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「私、窓際がいい!」

若い女性の甲高い声が響く。

「いいわよ、ほら先に入って」

声の方向からすぐ後ろの列の通路反対側の席のようだ。

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(もう少し静かにしてくれないかなぁ)

追い打ちをかけるように、シートにゴツンという衝撃があり、体が揺さぶられた。二人のアタッシュケースがぶつかったようだ。

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よくあることだが、二人とも気づかない様子で、さっさと席に座ってしまった。

俺は心の中で舌打ちをしつつも、気にする素振りを見せず、目を閉じたままやり過ごした。

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よくしゃべる親子だった。

娘はこの春大学に入学したようで、授業の内容やサークルのこと、新しくできた友人のこと、母親も学生時代のことなどを声を潜めることなく、周囲に聞こえる音量で話し続けた。

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親子の会話がぼんやり聞こえる中、缶ビールをひと飲みし、うつらうつらとした頃だった。

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コン、コン、コン…と、後ろからシートを叩く振動が伝わってきた。

まるで幼い子供が足を上下に振って、背もたれにぶつけているような感じ。

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(子供がいたのか…)

特に気にもせず、再びぼんやりとしていると、

またコンコンコン…。

(おいおい、勘弁してくれよ)

そう心の中でつぶやくと、

後ろの席から「ほら、コウちゃん、足動かしちゃだめよ」と漏れ聞こえてきた。

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(ああ、ちゃんと注意してくれたんだな)

安堵しながら、また目を閉じてまどろんだ。

相変わらず、母と娘のおしゃべりは続いている。

静かな車内に二人の話し声が広がっていた。

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しばらくすると、

コンコン…コンコン…

「コウちゃん、足やめなさいね」

コンコンコン…

「コウちゃん、だめよ」

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(そういえば、息子にもよく注意してたな。なかなか言うこと聞かなくて、大変だったな)

懐かしい記憶が重なると、不思議と不快感は薄れ、眠りに落ちていった。

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shake

ドンッ!

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強く背もたれを蹴られたような振動で目が覚めた。

驚いて周りを見回したが、他の乗客は何事もないようすでいた。

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(確かに後ろから衝撃があったのに)

そう思いながら、少し倒した背もたれのすき間から、後ろのようすをこっそり覗くと、母親らしき女性が小声で絵本を読み聞かせていた。

(夢だったのかなぁ…)

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腑に落ちない感じで、窓枠に置いていた缶ビールを口に注いだ。

ふと気付けば、車内は静かだった。

(あれ?母娘のおしゃべりが止まってるなぁ)

降りてしまったのかと確認するように、振り向いて反対側の後列を見ると、二人はそこにいた。

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そこにはいたが、二人は驚いた表情で一点を見つめていた。

視線の先は真横の席。つまり、男の後ろの母子に向けられていた。

(後ろで何が起こってるんだ?)

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後ろからは絵本を読む声がボソボソと聞こえている。

子供はおとなしく聞いているようだ。

(なんで二人は驚いてるんだ?)

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落ち着いてくつろげるはずもない。高鳴る胸を押さえながら、トイレに行くふりをして確認することを決意した。

男は立ち上がり、通路に出て後方へ振り返りながら、後ろの席を見た。

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男はぎょっとしたが、それを必死で隠し、トイレのあるデッキへ歩いた。

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トイレに入り、さっき見たシーンを思い出した。

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うつむいて絵本を読む母親、窓側のシートには等身大の大きな人形。半ズボンの先から見えた足は木の棒だ。そう、それはまるでピノキオだった。

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異様な光景に重なるように、背中の感触もよみがえってきた。

(じゃあ、あのコンコンは…)

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ほんとに迷惑な親子だ。

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