中編6
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ついてきた

実話です。

俺はいわゆる旅行代理店の法人営業の仕事をしており、あらゆる団体の旅行やイベント、その他大会などを取り扱っており、営業から企画、プレゼン、添乗業務などを一貫して行っている。

無論、今はコロナの影響によりで大打撃を受けているが、それは置いといて・・・。

これはコロナ前、2018年の10月、ツアーで同行したバスガイドから聞いた、怖くてちょっと切ない話。

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仕事柄、バスガイドとよく関わることがあるが、バスガイドというのは霊感が強い人がとても多い。

毎日様々なお客様を相手にしており、ホスピタリティ精神が極めて高く、気が強かったり、裏表がなかったり、心が広い人が多いためか、そうゆう人はこの世のものではない何かを呼び寄せてしまうのだろうか。

ちなみに喫煙率も高い。

その日はある地区の民生児童委員協議会の団体、約25名の小団体の1泊2日の添乗業務だった。

もう長い付き合いで、有難いことにかれこれ10年以上毎年ご一緒させてもらっている。

大変親切で物腰の柔らかい年配の方ばかりで、気も知れていて俺も毎回楽しく添乗させてもらっている、そんなお客様。

この日はお客様に加えバスガイドとドライバー、そして俺という構成で、関東北部のある温泉地へ向けてバスを走らせた。

バスガイドも毎年指名しているお馴染みのおばちゃんガイドだ。

お馴染みのメンバーということもあり、とてもスムーズに観光や昼食の行程をクリアし、目的地の温泉旅館へ到着。

約2時間の夕食宴会はいつも以上に盛り上がり、20時半頃に一通りの業務を終え、やっと1人の時間が訪れる。

1人で食べる旅館の豪華な夕食、そして1人で入る温泉は少し寂しくはあるが、開放感に包まれる好きな時間だ。

添乗員やバスガイドは、お客様が大浴場にごった返しているであろう時間を避け、あえて夜遅くに温泉を1人楽しむのが定番だ。

いくら気心が知れているとは言え、そこはお客様。

客前でビシッと仕事をしているのに、全裸でだらけている姿を見られるのは可能な限り避けたいところだ。

俺は24時近くに貸切状態の温泉を心ゆくまで楽しみ、部屋に戻り、ビール1缶を一気に飲み干し、眠りについた。

そして翌日、出発時間30分ほど前にバスガイド、ドライバーと合流し、挨拶と打合せを済ませる。

バスガイドが怪訝そうに話しかけてきた。

『○○さん、昨日なんか変なことがあったのよ』

ちなみにこのおばさんガイド、例により見えたり、感じたりするタイプ。

どこどこの温泉地は出るだとか、○○ホテルのあの部屋がヤバいとか、色んなネタを持っており、怪談好きな俺は毎回興味深く話を聞いていた。

『え、なんすか今回は?』

と聞き返す。

ホテル玄関口の喫煙スペースに誘われた。

どうやら長くなるようだ。

バスガイドがiQOSをふかしながら、語り始める。

『昨日、24時前ぐらいに1人で大浴場に行ったんだけど、そこでね、、、』

どうやらバスガイドは俺とほぼ同じ時間に女子風呂に入っていたとのこと。

そこの温泉旅館は、男女あわせて約30種の湯めぐりができることで知られており、露天風呂には1人で入れる「壺風呂」が3つ配置されている。

スーパー銭湯でもたまに見る、アレだ。

バスガイドは内風呂でシャワーを浴び、露天風呂へ。

壺風呂をのんびり堪能していたところ、ヒタ、ヒタと足音が聞こえてきた。

貸切状態だと思っていた風呂にいつの間に、なんて思っていたら、その人は隣の壺風呂に入った。

以下、その人とバスガイドとのやりとり。

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『あら、ご苦労さまですね。』

「あ、どうもー。」

『大変ねー、こんな遅くにやっとゆっくりできるのね』

メガネを外しておりよく見えないが、どうやら今回のお客様らしい。

「いえいえー、もう慣れてますから全然ですよ」

『そう?でも大変でしょう。みんなお酒入るとうるさいし、心が強くないとガイドさんなんてできないわよね~』

「そんな事ありませんよ、本当に皆さん親切で・・・」

だらしないすっぴんを見られたくないからと、あまり目線を合わせず、たわいもない会話が続く。

『皆さんたいした病気もなく本当に元気よね。私なんて体弱いじゃない?だから皆について行くのが精一杯でね~』

「そんなことないですよ、お元気じゃないですかぁ」

(お年寄り特有の、体の不調自慢か、、、そろそろ出たいなぁ)

心の中でつぶやくも、一方的な話が続く。

『血液のガンでね、もうどうしようもできなくなっちゃってねー。周りにも迷惑かけてて申し訳ないわよね。』

「それは大変ですね〜。でも、こうして旅行にも来れてるし、お元気じゃないですか」

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『でもねーほら、あたしさ、7月に死んじゃったじゃない?』

「え?」

何言ってんだろう、と思い隣の壺風呂に目をやると、数秒前まであったその姿が忽然と消えていた。

バスガイドは唖然として周囲を見渡すも、露天風呂にも内風呂にも誰一人いない貸切状態。

完全に、姿が消えていた。

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これはまたとんでもない激コワ体験を聞いてしまった。

というか、7月に、というのが引っかかった。

まさかと思い、その人はどんな感じの人だったのかとバスガイドに尋ねる。

『メガネ外してたからよく見えなかったけど、ショートカットで、少し吊り目で。

それと、すごく上品な喋り方だけど、ちょっとだけ四国の訛りが入ってて、語尾がフワッと上がる感じで、ちょっと特徴がある感じだったわね』

それを聞いて、俺は驚愕した。

その特徴には明確に覚えがあった。

その旅行日から約4年前に体調不良を理由に、任期半ばで退任した元会長の佐々木さん(仮名)だ。

佐々木さんは他の仕事も紹介してくれたり、結婚祝いをくれたり、佐々木さん退任後も俺は公私共に大変お世話になっていた。

そして、旅行日から2ヶ月前の8月に佐々木さん宛に暑中見舞いを送ったところ、旦那さんから連絡があり、つい先月、7月に癌により逝去されたとの事だった。

病気の経過は常に聞いていて、だんだん痩せこけていく感じはあったものの、まだまだ長生きしてくれると思っていたから、俺は大変驚き、悲しんだ。

訃報を聞き、すぐに線香をあげに行った。

当然、今回の出発時にお客様と佐々木さんの話になり、別れを皆が惜しんでいた。

バスガイドにこれを話したところ、『なんだ、そうゆう事だったのね。』と。

恐怖から一転、なんだかほっこりとした反面、とても切ない気持ちになった。

佐々木さんも、きっと気心知れたメンバーといく年1回の旅行がとても楽しみであり、志半ばで退任してしまったという立場から、仲間たちのことが気になって仕方なかったのだろうか。

出発時間が近付き、チェックアウトを済ませたお客様がぞろぞろとバスを目指してやってくる。

この中にも、佐々木さんが見えている人がいるのだろうか。

昨日は、仲良しだった露木さんと同じ部屋に佐々木さんもいたのだろうか。

ぼんやりとそんなことを考えながら、次々にやってくるお客様をバスに迎え入れる。

初秋の爽やかな朝日の中、お客様を乗せたバスは出発した。

『おはようございまーす!皆さん昨日はゆっくり休めましたか?』

佐々木さんにも届くように、俺はいつもより少し張り切った声で朝の挨拶をした。

車中はワイワイガヤガヤ、いつもと変わらない、お客様の笑い声が高らかに響いていた。

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