ふと目を覚ませば、微睡む僕の目の前には、僕の右手をふわりと覆うように握る美咲があった。
つい先程までの僕のように睡れる彼女を見ていると、どこか照れ臭く、しかし同時に愛おしくもあった。
彼女の黒髪をそっと指で撫でる。
髪はさらさらと僕の人差し指から滑り落ちる。
黒の生糸の裂け目からは、甘く涼しい、艶麗な少女の寝顔が曝けた。
その頬に触れると、心なしか、美咲がしおらしくはにかんだように感ぜられた。
そして意識がその幸福の海を揺蕩うのを感じたのだった。
再び目を開け美咲を見る。
この一瞬さえもが宝物、私の前の色女がそう囁いたかに思われた。
感情のままに手を伸ばし、握り締める。
再び目を覚ます。手の甲に痛みを感じ、確認すると、覚えのない痛々しい引っ掻き傷があった。乱れた髪で顔は見えないが、僕の前で静かに眠る美咲を起こさぬよう注意しながら、寝室を後にした。
作者城田
男は二重人格。主人格の男(僕)は気付いていないが、男の中には別人格の女(私)がおり、女は男に恋をしている。
主人格は別人格の時のことを記憶していないが別人格は主人格の時のことを記憶するため、嫉妬し、「意識がその幸福の海を揺蕩うのを感じたのだった」の後に、主人格と人格交代を行なった。「私」には美咲の幸せそうな寝顔が勝ち誇っているかのように感じられ、絞殺した。
手の甲の引っ掻き傷はその際の抵抗によるもの。