知人の話。
知人の家を訪れた。その知人は精神疾患を抱えており、働くことが出来ず、生活保護を受けていた。
家の中は不衛生で、そしてカーテンを締め切っており薄暗く、正直なところ長居はしなくなかった。
ふと洗面所に目をやると、鏡にヒビが入っている。
どうしたのかと訊ねると、拳で殴って割ったのだと言う。
我ながら悪趣味だなと思いつつも、私は理由を訊いた。
「妻がね…閉じ込められていたんですよね」
知人はそう話した。
鏡の中に閉じ込められた妻を助けるため、無我夢中で鏡にパンチを叩き込み、割ったのだと。
私は用事があると嘘をつき、知人の家を後にした。
何故なら知人は独身で、妻などいないのだから。
彼は鏡の中に、何を見ていたのだろうか。
それからその知人には一度も会っていないし、連絡も取っていない。
作者じゅかい
鏡の中…