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その六 「人ならざるものを斬る刀」
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築60年余を経た我が家には、祖父の代から「無銘の日本刀」が所蔵されている。
いわゆる、大太刀と呼ばれる代物で、長さも重さも普通の刀の1.5倍はあろうかと思われる刀のことである。
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「無銘」とは、どこの誰が作ったものなのか、そもそもどこで作られたものなのか、作られた背景も、来歴も全くわからない刀のことをいう。
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銃刀法許可申請は、きちんと行われており、県の発行による許可証も大事に保管されているのだが、親兄弟含め親類縁者の大半が他界した今、正直どう扱ったら良いのか困惑している。
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というのも、この大太刀は、「いわくつきの品」らしいのである。
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父が祖父から譲り受けた際、
「なぜ、これほどの優れた刀にも関わらず、刀匠は、銘を入れなかったのか。」と訊ねた。
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祖父は、「これは、人ならざるものを斬る刀だからだ。本来、神社に奉納されるべきもの。誰彼が持っていて良いものではない。」と話したのだという。
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父は、「では、なぜ そのような刀を我が家に。」
この問いには、ついぞ答えはなかったのだという。
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「刀が、音を立てたり、ヒトのような声を挙げるようになったら。その時は、……。」
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「その時は…どうしたらいいの。_
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あぁ、私としたことが。
父が話してくれた、その後の言葉が、どうしても思い出せない。
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最近になって、奥の押し入れに所蔵してある大太刀が、ガタゴトと音を立てるようになった。
声は、まだ聴いていない。
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もし、ヒトならざる者の声が聴こえてきたら。
あぁ…。私は、どうしたらいいのだろう。
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昨夜は、新月だった。
医者をしている甥が、看護師を名乗る女を連れてやって来た。
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「サト叔母さん、ここを離れてもっと住みやすい所に行きませんか。」
「いやよ。まだ、元気なのに。私、死ぬまでここにいるわ。」
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「サトさん。ここは、ご自宅ではないですよ。その昔、大太刀を祀っていたという いわくつきの廃神社ですよ。」
看護師は、懐中電灯の光に怯えるサトを優しく宥めた。
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ふたりは、蜘蛛の巣と腐りかけたしめ縄と、今にも崩れ落ちそうな屋根を見上げながら深いため息をつくのだった。
作者あんみつ姫
我が家の押し入れにも、「大太刀」と呼ばれる刀が眠っています。
そして、本作で語られている いわゆる「無銘」と呼ばれる太刀なのです。
(かなり良品と伝え聞いていますが、そう遠くない未来に、丁重に手順を踏んでしかるべきところに所蔵していただく予定です。)
祖父の話では、考えられるのは以下3つの理由によるものではないかとのことでした。
その一 「奉納無銘」
通常、神社に奉納する刀は無銘にすることが一般的でした。
その二 「献上無銘」
身分の高い人に「銘を入れるのはおそれ多いこと」という理由から、無銘とされのだとのことです。
その三 「影打無銘」
刀の制作依頼を受けた刀匠が、複数の刀を作り、そのなかから依頼者が選んだ一振りにだけ銘を入れ、
それ以外の刀は無銘のまま売りに出されることがあったらしいのです。
我が家に所蔵されている刀は、残念ながら、このいずれにも該当しないそうでした。
父は、祖父に、俗に言われている、武者を人馬もろとも斬り落とす「斬馬刀」ではないかと訊ねたそうですが、
祖父は、それは、作り話!と一笑に付し、そんな生易しい代物ではないと話したことで、随分と謎めいた存在になってしまいました。
そもそも、「大太刀」と古代中国に伝わる「斬馬刀」とは、似て非なるものだそうですね。
ちなみに、私には、父方の祖父と 母方の祖父 当たり前ですが、祖父がふたりいます。
父方の祖父は、私が生まれる前に亡くなりました。
本作に出てくる祖父は、父方の祖父です。
どちらの祖父も、今思えば、不思議な体験をした人たちでしたが、当時は、それが日常だったのかなと思います。