中編4
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黄泉之駅

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「ま〜た、おばちゃんと喧嘩したんか?」

「うん……。だって、全然私の言い分聞いてくれんけん」

 どこまでも続くのどかな田んぼ道を歩きながら、私は隣にいる幼馴染の隆史に向けて愚痴を溢した。

 のどかと言えば聞こえはいいが、実際にはいつ廃村してもおかしくはない程のド田舎だ。

 村の人口はたったの100人程で、その内に10代の子供といえば私を含めても14人しかいない。それでも、私は生まれ育ったこの村が好きだった。

 小さな頃からお婆ちゃん子だった私は、山菜や薬草などといったものから野に咲く様々な花まで、よく祖母に連れられて色んな場所へ行っては、その経験豊富な知識に随喜《ずいき》していた。そんな想い出が沢山詰まった、大好きな村なのだ。

 けれど、進路となると話はまた別で、来年の春にはこの村を出て都会の大学へ進学するつもりでいた。ところが、私の母はそれを反対したのだ。

「俺は、親父の跡継ぐから進学はせんけどな」

「私はそんなん嫌やけん……」

「なら、またちゃんとおばちゃんに話してみ」

「……うん」

「なら、また明日な」

「うん、また明日」

 気持ちの晴れぬまま隆史と別れると、トボトボと一人|畦《あぜ》道を歩いてゆく。

(こんな時、お婆ちゃんだったら……)

 昨年亡くなった祖母の事を思い出しながら、溢れてきた涙を拭うとキュッと口元を引き締める。

 

(馬鹿らしいかもしれんけど……やっぱり試してみよう)

 予め用意してきたハガキを鞄から出すと、私はそれを持ったまま駅へと向かった。

 この村に唯一ある無人の駅は、朝と夕の日に2本しか電車が通らないほど寂《さび》れた駅なのだが、その駅には昔からちょっとしたある噂があった。その駅にあるポストへ死者宛のハガキを出すと、一度だけ会うことができるというのだ。

 そんなにわかには信じられないような話しでも、今の私は縋《すが》り付きたい思いだった。それ程に、祖母のことが恋しかったのだ。

「本当に会えるんかな……」

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 『黄泉之《よみの》駅』と書かれた看板を見上げると、その傍にあるポストへと視線を落とす。

 死者と会えるという噂からか、はたまた駅の名前からそんな噂がたったのか……。それはわからないが、改めて考えてみると何とも不思議な名前だ。そんな事を思いながらも、私は持っていたハガキをポストへと投函した。

「……よし。あとは、夜中0時にここに来ればええんよね」

 

 ポツリと一人呟くと、私は来た道を引き返して帰路へと着いたのだった。

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 ——その日の夜。0時5分前に『黄泉之駅』へとやって来た私は、ドキドキと期待に胸を高鳴らせた。

 死者と会えるという噂を完全に信じているというわけではないが、嘘だという根拠もない。それなら、私はその可能性に賭けてみたかった。

 0時になる瞬間を今か今かと待ち侘《わ》びる。

 持っていた携帯の表示が0時丁度になった瞬間、それは音もなく私の目の前に現れた。

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shake

 ———!!

 突然目の前に現れた電車に驚き、私はその場で固まると固唾を飲んだ。まるで夢でも見ているのかと疑うような光景に、ヒヤリとした汗が背中を伝う。音もなく開いた扉を見つめながら、私はゴクリと小さく喉を鳴らした。

「——みっちゃん」

「っ、……お婆ちゃん!」

 目の前の扉から姿を現した祖母に駆け寄ると、その身体を抱きしめて涙を流す。そんな私を、優しく包み込んでくれる祖母の手。それはまるで生きているかのように温かく、これは間違いなく夢などではないのだと私に確信させた。

「会いたかった……っ、会いたかったよ!」

「まあまあ……。どうしたと、みっちゃん。ほれ、こっち来んね」

 そう言って優しく促してくれる祖母に連れられて車内へと進むと、誰もいない座席へと静かに腰を下ろす。

 沢山話したいことはあるはずなのに、止まらない涙で言葉が詰まって上手く出てこない。そんな私の背中を優しく撫でてくれる祖母は、ゆっくりとした口調で口を開いた。

「これからはずっと一緒やけん、みっちゃん」

「……え?」

 聞き覚えのないその声にピクリと肩を揺らした私は、ゆっくりと顔を上げると祖母の方を見た。

「みっちゃん」

 確かに見慣れた祖母の顔だというのに、その口から発せられる声は祖母のものとはまるで違う。

「あなた……、誰……っ?」

 震える口元でそんな言葉を紡ぎながら、あの噂を思い返してカタカタと震え始めた私の身体。一度だけ死者に会えるというあの噂には、必ず守らなければならないと言われているものがあった。

 それは、ハガキに死者の名前と自分の名前を書くときに、必ず表と裏に分けて書かなければならないということ。もし、同じ面に名前を書いてしまったら、そのまま黄泉の国へと連れ去られて二度と帰っては来られないと——。

 そんな噂をまともに信じていなかった私は、たいして気にもすることもなく、ただ勿体ないからという理由で書き損じたハガキをそのままポストへと投函したのだ。

(私……っ、自分の名前……裏に書かんかった……)

 そこまで思い返すと、顔を青ざめさせた私は窓の外を振り返った。暗がりの中でもハッキリとわかったのは、そこに見えるのが見慣れた村の風景などではないということ。

(ここ……、どこ……?)

 嫌な汗がジワリと滲み出し、先程までは感じなかった冷気が車内ごと私の身体を包み込む。確かに祖母の姿をしている”ソレ”は、祖母とは似ても似つかない程の不気味な笑顔を見せると、私に向けておぞましいほどの悪声を発した。

「みっちゃん。……これからは、ずっと一緒やけん」

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