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短編2
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マーガレット・アレン

1949年8月28日早朝、ランカシャー州ローテンストールの路上に大きな麻の袋が落ちているのを、たまたま通り掛ったバスの運転手が見つけた。誰が放置したんだよ、まったく。運転手は袋に近づき、中身を確認するや肝を潰した。なんと、老婆の遺体が入っていたのである。

 その老婆、 ナンシー・チャドウィック(68)は付近一帯の名物婆さんだった。いつもニットのバッグを手に提げて、物乞いしながらウロウロしていたのだ。ああ見えて、実はかなりの金をため込んでいるとの噂だった。ハンマーで頭を何度も殴打されている。動機は物盗りだろうか? 彼女のバッグは近所の川で発見された。

 やがて捜査線上にマーガレット・アレンという男装の女性が浮上した。髪を短く刈り上げて、酒場では「ビル」と呼ばれていた彼、否、彼女は「あの婆さんを最後に見たのは俺だよ」などと飲み仲間に吹聴していたのだ。なんでも、殺された日に公園のベンチで金を数えていたのだそうだ。また、彼女は婆さんが衣服に縫い込んだ「秘密のポッケ」のことも知っていた。住まいを突き止めた警察は、その玄関脇に血が付着していることを発見。そのことを問いつめると、彼女は意外にもあっさりと自供した。

「あの日は朝から変な気分でした。よりによってそんな日に、あの物乞い婆さんがやって来て、家に入れろとせがむんです。辺りを見回すとハンマーがありました。気がつくと、私はそれで婆さんの頭を殴っていました。何度殴ったかは憶えてません」

 この42歳の男装の女性が心に病を抱えていたことは間違いない。22人兄弟の20番目に生まれた彼女は、子供の頃から男の服を好んだ。今でいう性同一性障害なのだろうが、当時は同性愛者として蔑まれた。ゲイが市民権を得ていなかった時代である。かなり辛いこともあったことだろう。酒を浴びるほど飲み、自堕落な生活を送っていたのだ。近年では「性転換手術を受けた」とか嘘をつくようになり、めまいや鬱の発作にも悩まされていたという。

 彼女に必要なのはカウンセリングであり、精神治療だ。しかし、陪審員はわずか15分の協議で有罪を評決、「ビル」は死刑に処された。後味の悪い結末である。

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