中編5
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美味しいよ

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晴人と暮らしてきて、不満な事なんてひとつも無い。

ずっと大切にしていくつもりだ。

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今から数年前。俺は地元であるド田舎から就職をきっかけに上京したばかりで、東京の生活に全く馴染めていなかった。

勉強しか取り柄の無い俺は、一応学歴のおかげで大企業に採用してもらったものの何の役にも立たなかった。

昔からメンタルも弱いうえ1人では料理どころか皿洗いすらまともにできなかった。

誰かに頼らなければ生きていけない俺が自立した生活を続ける事なんかできるはずもなく、2ヶ月半で仕事をいきなり辞め田舎へ帰った。7月に入る少し前だったような気がする。

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???「璃玖!!」

自堕落な生活を断ち切ろうと買い物へ出かけた帰り、後ろから誰かに名前を呼ばれた。振り返ると、幼馴染みのみどりと晴人がいた。声をかけてくれたみどりが手を大きく振っている。

「久しぶり…!!」

駆け寄ってくる2人を見て俺は泣きながら再会を喜んだ。

みどり「高校以来だよね!…そんなに泣くほどでもないでしょ!笑」

みどりはそう言ったけれど、少し涙ぐんでいた。久々の人との触れ合いに嬉しさを感じた。7月の半ばだった。

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みどり「私、璃玖の事は本当に好きなの。でもね、もう上手くやっていけないと思うよ。璃玖がやる気さえ出してくれたら、きっとやり直せたよ。」

…俺は小学校からずっと好きだったみどりに振られた。告白が成功した時は俺が世界で1番幸せな人間だと思ったのに、今は世界で1番不幸せな人間だ。

仕事探しが上手くいかず俺の自暴自棄からすれ違いが起こっていたとは言え、こうも早くに初恋を失うとは思わなかった。いつか手放さなければならないのなら、手に入れようと思わなければ良かった。

そんな俺に晴人は慰めの言葉と、暖かいココアをくれた。

昔から俺が落ち込む度に慰めてくれていた。

、、、俺は誰を愛するべきなのかを間違えていた。自分に手を差し伸べてくれる、無条件の愛をくれる人を見つけた。性別なんて関係ない、きっとこの人は受け入れてくれる。

俺は晴人にそっとキスをした。丁度みどりと付き合った7月下旬から1年行くか行かないかくらいだったと思う。

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日差しが強い日。

縁側に座る俺に、晴人はオレンジジュースとスイカを持ってきた。

ベタをコンボする夏の日に2人で空を見下ろした。

母「そろそろ帰るわよ!」

晴人の作った美味しいハンバーグを食べ終えた母は醜い声で俺と晴人の時間を邪魔した。

早く帰れと怒鳴る俺を宥めて晴人は母に挨拶をしに行った。

…庭に置いてあるクーラーボックスを眺めてつい最近、行方不明になった父との思い出を振り返っていた。そうしていたら、何故か、みどりとの愛を育んだ生活が頭に浮かんだ。頭が痛い。

母を帰らせた晴人が戻ってきた。

今日はスイカを食べ過ぎてしまったからハンバーグは明日食べよう、そんな事を言われて何も考えていないのに頷いた。

俺はそのまま縁側で寝た。8月の18日だった。

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。。俺は母から散々毎日言われていた祖母と祖父へ会いに行くというミッションを果たすため少し遠い街へ出かけた。晴人は1人で出かけられるのかと心配していた。

俺はそんなに心配しなくても良いと苦笑いをして家を出て駅へ向かった。

しかし途中で祖母と祖父の事について思い出した、俺をいじめていたのだ。

自分の息子である父ばかり可愛がって俺には暴力を振るう。

しかも今は父が行方不明になって間もない。お前のせいだと責められるに違いない。

何故忘れていたのだろう。

どうしても行く気にはなれなくて家へ引き返すと、玄関の横から人が見えた。

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玄関の真ん前から首をグイッと左に向けると、晴人がいた。クーラーボックスの中を確認するような仕草をして、すぐに閉めた。

声をかけようとしたが、その後すぐ家の中へ入ってしまった。

思い出せないが、クーラーボックスに何か置いていただろうか?

晴人の行動が気になった俺は、クーラーボックスの中を覗いた。

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それは、間違いなく、下半身のなくなった幼馴染みのみどりと、行方不明になった俺の父だった。

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見間違いかと思った。

平穏な日々に、いきなり激しい風が吹き込んで俺の心を荒らしていく。

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俺の後ろで、縁側の障子の開く音がする。

心臓の音がこれ以上無いほどうるさくなった。

クーラーボックスを閉めようとしても、体が動かない。

晴人「…ねー」

数秒間黙ったあと晴人が抱きついて話しかけて来た。心臓が凍った。目の前にある肉と同じようになると思った。

晴人はいつもと同じように、、いや、無口の晴人にしては長い言葉を投げかけた。

晴人「……昨日食べたハンバーグ、もう少しあるから食べようね?………璃玖、僕の事すごく好きだよね?僕しか、いないね?当たり前だよね?僕には璃玖しかいないよ?」

早口でまくし立てる。

俺はクーラーボックスから目を離せないまま、何とか笑顔を作って返事をした。

「うん、、晴人のハンバーグ、食べたいな。」

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その後のハンバーグの味は、昨日と同じなのになんだか違う物体のように感じられた。

…。気味が悪い。吐き気がする。何を食べているのだろうか。

……でも、、でも何故か、俺は俺を切り捨てなかった晴人への愛が自分の心の中で強まっている事を感じていた。きっといつまでもこの選択への悔いは残らないだろう。

晴人を誰よりも愛すると決めた。8月の20日。

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晴人と付き合い始めて、気付けば2年が過ぎていた。

俺は仕事を探す事も諦め、2人きりで誰にも邪魔されない楽しいだけの生活を送っていた。俺は俺の人生に満足している。晴人さえいれば、何も怖くない。

晴人は俺が守る。

そう毎晩誓いを立てて生きていた。

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ある日、庭から異臭がする事に気が付いた。冬から庭に近付かなくなっていたためにずっと気付けなかった。

きっとあれの残りが腐ってしまったのだろうと思い、クーラーボックスを捨てるため持ち上げようとした。

…重い。

…俺は蓋を開けた。

……愛する人をそこに保存していたのは自分なのに、すっかり忘れていた。

もう駄目になってしまったかな。まだ美味しいかな

7月19日深夜2時24分

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