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中編5
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あそびにきました

 Bさんという女性が小学校五年生の頃、Ⅰさんという女の子がBさんの小学校へと転校してきた。

 小学五年で転校ともなるとすぐに馴染むのは難しそうなものだが、Ⅰさんは特に緊張した様子もなく、初対面の相手でも愛想よく振る舞い、すぐにクラスの一員として馴染んでいった。

 Bさんは、前の学校でもこんな感じだったのかとIさんに聞いてみた。すると、どうやらⅠさんは家庭の都合で今まで何度も引っ越しをしているようで「こういうことには慣れっこなの」という返事が返ってきた。

さらに話を聞いてみると、もう一、二年経てばまた引っ越すことになるかもしれず、この学校にも卒業まで居られるかはわからない、とのことらしい。

「だからいつも、なるべく早く皆と仲良くなれるようにしてるんだ」

 その言葉を聞いてからというものの、なんだがIさんのことを放っておけなくなってしまったBさんは、Iさんと頻繁に遊ぶようになった。

 ある日、Bさんはお昼からIさんの家に遊びに行っていた。

 いつも通り仲良く遊んでいると、Iさんがこう切り出した。

「あのさ、今日うちに泊っていかない?」

「え、いいの」

「うん。明日日曜日だし、Bちゃんのお家には電話すればいいよね?」

 Bさんはすぐに家に電話をかけ、電話口で必死にお母さんに頼み込んだ。その甲斐あってか、Bさんのお母さんはしぶしぶながらもお泊りを許してくれた。

 そしてBさんとIさんは、今日の夜どうしようかを話ながら、二人で楽しく遊び続けた。

 気が付くと、窓から夕日が差し込むような時間になっていた。

 いつもなら自分の家に帰らなければいけないが、今日はお泊りだ。

 時間なんてお構いなしとばかりにそのまま遊び続けていると、ピンポーンと玄関のインタホーンがなった。

「お客さんかな」

「そうみたい、ちょっと出てくるね」

 そう言ってIさんが部屋を出ていこうとすると

「あそびにきました」

 と、外から大きな声が聞こえてくる。どうやら、たった今インターホンを鳴らした人物が呼びかけているようだ。

 その声からするに、BさんやIさんと同じくらいの子供のように思えた。

(あれ、Iちゃん他の子も呼んでたんだ)

 そう思ったBさんだったが、それにしてはもう時間が遅い。普段ならもう帰る時間だ。

――ピンポーン

「あそびにきました」

 また誰かが外から呼びかける。

「ねえIちゃん、誰か他の子呼んでたの?」

 そう尋ねたBさんだったが、部屋を出ていこうとしたIさんの様子が何やらおかしい。ドアノブに手をかけたままの姿勢で固まっている。

「Iちゃん、どうしたの?」

 BさんはIさんの顔を覗き込んだ。

 Iさんの表情は、何かに怯えているかのように強張ったものになっていた。

 額にはじわりと汗をかいている。

(え……どうしたんだろう)

 状況がわからないBさんをよそに、インターホンは一定間隔で鳴り続け、「あそびにきました」という呼びかけも続いている。

「ねえ、誰か遊びに来てるよ」

「うん……Bちゃん、これから私変なこと言うけど、ちゃんと聞いてほしいの」

「え……?」

「私がいいよって言うまで押し入れの中に居て、静かにしてて」

「どうして?

「いいから、お願い」

「え、う、うん……」

 Bさんは訳も分からぬままに部屋の押し入れの中へと押し込まれた。

 言われた通り暗い押し入れの中、じっと息を潜めていると、たったったっと早足で階段を下りる音が響く。

 そしてガチャリと音がすると、「入っていいよ」というⅠさんの声が聞こえてきた。そこからは、Ⅰさんが誰かと話す声が聞こえてきた。

 だが肝心の相手の子の声が、小さいからだろうか、全く聞こえてこない。状況から察するに、Ⅰさんが招き入れたのはインターホンを鳴らしていた子のはずである。

(あんなに大きな声で呼んでたのに)

 そんなことをBさんが考えている間も、聞こえてくるのはIさんの声だけだった。

「そう、引っ越したの。ここがリビングだよ」

 話している内容から、どうやら相手の子は前の学校の友達のようだとBさんは思った。

「こっちがお風呂場で……え、私の部屋? 二階だよ……別に何も無いよ」

 相手の子はIさんの部屋に行きたがっているようだった。だが、Iさんの口ぶりはそれを避けようとしているように聞こえる。

 そして少しのやり取りの後に、階段を上がってくる足音が聞こえてきた。

 部屋に来るようだ。

 Bさんはそこで、あることに気が付いた。

 階段を上ってくる足音が、一人分しか聞こえてこないのだ。

(あれ……なんで)

 そんなことを思う間に、ガチャっと扉の開く音がして、一人分の足音が部屋の中へと入ってきた。

「ここが私の部屋。なんにもないでしょ」

「……」

 Iさんが相手に話しかけるが、返事は聞こえない。

 それはまるで独り言のようで、Iさん以外に誰かがいるようには思えなかった。

(本当に他に誰かいるのかな)

 気になったBさんは、ゆっくりと体を動かして、押し入れの戸のわずかに開いた隙間から外を覗いた。

 部屋の中、見えたのはⅠさんの姿だけだった。

 そのⅠさんは、腕に薄汚れた黄色い塊のようなものを抱えている。よくよく目を凝らすと、その黄色い塊の所々に肌色が見える。

 一体あれは何だ、とじっと見つめていたBさんだったが、すぐにその正体が分かった。

 それは人形だった。黄色い塊に見えていたのは、人形本体を覆いつくすばかりに伸びている髪の毛で、そこに埋もれるようにして、四肢と胴体がちらちらと見えているのだ。

「えっ」

 Bさんが思わず声を出してしまった、その瞬間

「この中」

 とIさんではない子供の声が聞こえてきた。

「……何も無いよ」

 Iさんの声は少し震えている。『この中』というのは、今自分がいるこの押し入れのこと言っているのだと、Bさんはすぐに理解した。

「この中」

「何も無いって」

「この中」

「ねえ、今日はもう帰ろう?」

 そう言うとIさんは、押し入れの方に背を向け、部屋を出ていった。

 Iさんが階段を下りていく音がする。だが聞こえてくるのはそれだけでなく

「あの中」

「だれ」

 という声が、何度も何度も、繰り返し聞こえてきた。

 数分経って、その声が聞こえなくなった。

「もういいよ」

 代わりに聞こえてきたのはIさんの声だった。押し入れから出たBさんの前には、すっかり憔悴しきったIさんの姿があった。

「だ、大丈夫?」

「……うん、大丈夫」

「ねえ、さっきのって――」

「ごめん、何も聞かないで」

 その後Iさんは一呼吸置き、今日はやっぱりお泊りできないや、と言って、Bさんその日帰ることになったのだった。

 その日以来、BさんはIさんの家に遊びに行くことは無くなった。そして二か月ほどたったある日、Iさんは転校してしまったのだった。

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