長編9
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神隠しから逃げ切った話

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神隠し。

オカルトや未解決事件によく使われるワードであり、誰かが行方不明なってその後消息不明だったり、稀に何年か経った後に生きて帰ってくることもあるそうな。

俺は今生きているためどちらかというと後者のエピソードであるが、

神隠しに巻き込まれそうになった話を書いていく。

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実体験がゆえにただの勘違いかもしれない。

しかし、自分にとってかなり怖く強烈なインパクトのある体験だったので誰かに聞いて欲しい。

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今年の夏、実家に帰省した時のこと。

高校の時に仲の良かった同級生のYの家で酒を飲みながら2人で語り合っていた。

俺らの地元は都会でも田舎でも無い、ただ人だけが多い住宅街だが、

Yの実家は三階建ての横にも縦にも広い大きな家で昔から親がいてもよく入り浸ってYや他の友人たちと泊まったりしていた。

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Y「この前さ、俺のマンションで飛び降りした人いて」

俺「おぉおぉ、いきなり怖いこと言うやんけ」

Yは今実家を出て東京で一人暮らしをしている。

Y「昼間テレビで映画見てる時にさ、いきなり黒い影がふっ…て横切ったんよ」

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Y「あれって多分…そういうことだよねぇ笑」

少しヘラヘラしながらYはそう言った。

なかなか珍しい体験だからといって笑い話にするには無理があるだろう。

俺「そんなこと言うんやったら俺も聞いて欲しいことあるんやけど」

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Y「お?聞かせてくれよ」

俺「小綱橋ってあるやろ?」

小綱橋とは、Yの実家のすぐ近くにあるA公園と謎の竹藪をつなぐ小さな橋であり、その下には歩道の無い車道のみの道路が走っている。

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俺「あの橋の話なんやけど…」

俺はそのまま話を続けた。

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俺が大学3年の秋頃、

俺は大学の部活動を終えて電車で最寄駅まで帰っていた。

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いつもならそのまま自転車に乗って家まで帰るのだがその日は家に家族が誰1人おらず、

家に帰っても夕飯が無いことに気づいた俺はいつもと違う道にある、回転寿司に寄って贅沢してから家に帰ろうとした。

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寿司を20皿近く食べ、満足の笑みを浮かべながら自転車を走らせA公園の南口に着いた。

家に帰るにはA公園の北側の出口に行く必要があり、そこまでのルートは2つある。

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1つは公園の東側の沿いを走る車道を通るルート。

このルートをそのまま直進し、左折すると例の小綱橋がちょうど真上に掛かっているのが見える。

この車道を小綱橋道路としようか。

2つ目のルートはA公園の中を通るルートだ。

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教習所では夜は交通事故の割合が昼と比べて多いと聞いていたのもあって、

今回は公園の中を通るルートを選んだ。

このA公園は自然豊かで、ジョギングのコースに使われたり、昼間は子供が遊びに来たりとかなり大きな公園だ。

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俺は自転車に乗ったまま公園に入り、夜の22時を過ぎてもジョギングするおっさんたちの行き交う道を自転車で走らせた。

俺の走る道の右側には俺が選ばなかったルート、すなわち小綱橋道路がよく見える。

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この公園内のルートは昔何度か通ったことがある。当時は小学校の遠足か何かで来た時で、このまままっすぐ道なりに進めば北側の入り口に着き、家に帰れる。

そう思っていた。

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右側の小綱橋道路をうるさく行き交う車の音を聞きながら、公園内のルートを道なりに進んで行く。

ジョギング中のタオルをかけたおっさんや帽子を被ったおっさんが前からやってきてはすれ違い、後方の暗闇の中に消えて行った。

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上り坂を立ち漕ぎで上り、息を切らしながら右側を覗き込む。

だいぶ坂を登ったので小綱橋道路はもう下の方に見えており、一応柵があるが落ちたら大変なことになりそうだ。

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そこで道は左に曲がり自然豊かな森の中へと進んでいく。

もう5分ほど漕いだだろうか。さっきまで右側にあった小綱橋道路なんて見えもしないし、車の音も聞こえてこない。

こんな木々が生い茂る森の中、街灯も無く、頼りになるのは車輪を回すことで光り続ける自転車のライトだけだ。

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(おかしい………)

いくら広い公園とは言え、昔から何度も遊び、通り道にしてきた公園だ。

5分以上自転車を漕いでも俺の知っている場所に到達できないなんてあるのか?

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前なんて何も見えないほど恐ろしく暗い。

自転車のライトが照らす塗装された道路の4,5メートル先しか見えないのだ。

(待て、さっきのおっさんどもはどこから来た?)

一本道を通ってきたはずだ。さっきまで視界に1人はいたというのにさっきから誰もいない。

俺は自転車を止めた。

その瞬間、俺は恐怖心にとらわれた。

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自転車を止めたことでライトが消え、一気に暗闇に襲われたからだ。

本当に何も見えないのだ。自分の手すら見えない、地面も見えない。俺は焦ってポケットに入れてあった携帯の画面を付け、ライトを照らして辺り一帯を見回した。

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(なんだ…これ?)

左を照らすと金属でできた柵があり、中には何もない。

反対に右を照らすと、塗装された道の外側に小さな地蔵が見渡す限りいくつも地べたに置かれる形で並んでいた。

そいつら全員こっちを見ながらニヤついてるように見えた。

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あまりの奇妙な光景に、携帯を持つ手が震えていた。

帰ろう、すぐに。

後ろを振り返ってライトを照らしても暗闇に光がかき消され向こうが見えない。

俺は泣きそうになりながら自転車を前に進めた。

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自転車のライトで先を照らしながら前に前に進み続けた。

あのブラックホールのような、全て飲み込んでしまいそうな暗闇の中引き返すなんてできない。

俺の直感がそう叫び、全力で車輪を回して自転車を漕ぎ続けた。

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はぁっはぁっ…

もう15分は自転車を急いで漕いだ。体育会系の俺でももうかなりきつい。

だが状況は全く変わらない。月明かりすらかき消すほどの木々の多い森の中、暗い道路を自転車のライトが照らす数メートル先を自転車で行くだけだ。

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(そうだ、GPSのマップは?)

ポケットの携帯を取り出してマップを開いた。

電波は繋がっており、自分の現在位置が表示された。

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(よかった…)

マップに表示される文字の中にA公園の文字が見えたため安堵したが、それもすぐ崩れ去った。

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A公園の中じゃないのだ。A公園の近くにある、小さな神社を指している。

辺りを見渡しても当然神社なんて無い。

あるのはさっきから永遠に続く、ニヤけた地蔵たちだけだ。

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俺は諦めてマップを閉じた。

俺どうなるんだろう。

恐怖感よりも疲労が勝り、地蔵を疎ましい目で見ながら自転車をゆっくり漕いだ。

目はもうすっかり暗闇に慣れ、本当に少しだけだが周りがうっすら見えるようになってきた。

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また10分ほど自転車を漕いでいると、不思議な光景を目にした。

道路はしっかりと塗装されているが、左側が崖になっており、

ライトで照らしてよく見てみると

そこには崖にもたれかかるように木造の家が朽ち果てていた。

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1つだけでは無い。その奥にも、何個かの廃家が朽ちていた。

相当古そうだ、多分戦前とかそのレベルの…

疲れた身体でそんなことを考えていると、

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カコンっ!カコンっ!

カツっ!カツっ!

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ヒールで歩いた時の音のようなそんな音が辺り静寂な一面に響き渡った。

この音、聞き覚えがある…

昔祭りか何かで穿かされたやつ、そうだ。

下駄だ。

ゲタでコンクリの上を歩くとこんな音がしたんだ。

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カコンカコンっ!

カツっ!カツっ!

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下駄の音だと気づいた瞬間、俺は急いで自転車を急発進させ先を急いだ。

奴らの音は後ろから聞こえてくる。

この道の先に何があるかわからない、でもあいつらは多分ヤバい。

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カコっ…カコン…

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カコ…カ…

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カッ!カッ!カッ!

カカッ!カカッ!カッ!カカカッ!

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奴らも一気に走り出してきた。

音が少しずつ大きくなってくる。

追いつかれたらどうなるんだ?

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今は何も考えるな、とにかく逃げろ!

頭の中の誰かがそう叫んだ。

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カッ!!カッ!!カッカカカッ!!!

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こんなに全力で漕いでいるのに奴らとの距離が離れない、むしろ縮まってきている気がした。

??「こういうのはな、落ち着いて周り見てみたらええんや、なぁせやろ?」

誰かの言葉が、ふと頭にチラついた。

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左を見てみると、何かが下の方で光っている。

街灯だ。

自転車を止め、ライトをつけっぱなしにしてたスマホをすぐに左の脇道を照らすと、

茂みに隠れるように下りの階段があった。

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俺は何も考えることなく、塗装された道路を外れ、

自転車をガシャガシャンと言わせながら急いで階段を降り、

平らな地面を自転車で押しながら走った。

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カッカカッ…

タッタッタッ…

タタンッ!タタンッ!

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音が変わった。

奴らも塗装された道路を抜けてあの階段を降りてきたのがわかった。

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そのまま地面の道を進むと、目の前にはまた下りの階段があった。

俺は迷うこと無く自転車を押しながら段差を激しい音を立てて駆け降りた。

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途中思い切り転んで膝に激痛が走った。

しかしそんなことどうでもよく、すぐに立ち上がって階段を降りた。

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階段を降りてからは自転車に乗り、再び全力で車輪を回した。

いつのまにか広場のような場所に出ており、周りも明るくなっていた。

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広場を抜け、再び暗い道を抜けると左に曲がった。

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(あぁ?え?)

小綱橋の上にいた。

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下を見るとあらゆる車がけたたましい音を立てながらビュンビュン走っている。

それにいつのまにかあのゲタの音は消えていた。

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小綱橋を渡ったのは初めてだったが、

そのままA公園の方に渡るとすぐ北側の出口にたどり着くのは知っていたのでそのまま帰ることができた。

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家に帰り、激しく擦りむいた膝を消毒しながら考えた。

公園に入った時、小綱橋道路は右側に見えていた。

あの道路を渡る手段は小綱橋だけだ。

だとすれば右に曲がって小綱橋に出るはずだ。

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なのに俺は左に曲がって小綱橋に出た。

公園とは反対側の、それも何があるかもわからない竹藪の中の方向から。

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俺はあの時どこにいたのだろうか。

あの下駄を履いた奴らは何者だったのだろうか。

もし追いつかれていたら?

あの腐った古びた家は?

あの幾千もの数が並べられていた地蔵は?

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…………

俺「っていう話なんだけど…」

Y「………」

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Yはついさっきから携帯を見ながら黙っている。

俺「はいはい、お前も信じないタチね」

Y「いや、これ見ろよ」

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Yは携帯の画面を見せてきた。

俺の実家の市にある心霊スポットの一覧だった。

Y「お前の言った小綱橋が載ってんだよ…」

実際には小綱橋という名前で話ではないが、たしかに小綱橋が場所が一覧に掲載されていた。

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俺「マジ?」

いろいろ調べていくと、俺が出てきた謎の竹藪の中には旅館や病院、その他住民が住むにはうってこいの施設が多数存在していたらしい。

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しかし、ある時小綱橋で女性が首を吊ったらしい。

橋にロープをかけて道路からよく見える位置に。

それを皮切りに病院や旅館に関わる人に不幸が見舞われたり、

あるいは行方不明となって2度と戻らなかった人も多かったそうだ。

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そんな状況が続き旅館や病院は全て取り壊されたそうで、現在は何も無い更地になり封鎖されているそうだ。

Y「この女性の自殺ってのも、俺のお父さんが子供の時の話らしいな。

なんか聞いたことあると思って調べた」

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Y「行方不明者が出た〜とかは事実がどうかわからんけど、

ま、施設取り壊されて更地になったのと、女が自殺したのは事実やな」

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もし、行方不明者が多数出たのが一部、もしくは全て事実なのだとしたら

あそこに迷い込んで下駄の奴らに捕まったのじゃないだろうか。

女の自殺は下駄のやつが原因か、それか女が原因で下駄の奴らが現れたのか。

それともそれらは全くの無関係なのか。

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あの広場って、取り壊されて更地になった場所なんだろうか。

後日、小綱橋に向かい竹藪の中に入って確認したが、

少し進むと錆にまみれた鎖に縛られた門で封鎖されており、

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つくづく俺はどこに迷い込んでどこから出てきたのかわからないなと、今でも疑問です。

Concrete
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