それは大学が夏休み中の出来事だった。
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暇を持て余していた俺たち非モテ3人組は、俺の住む安アパートの一室で、ただダラダラとビールを片手に下らない話に花を咲かせていた。
ふと携帯を見ると、時刻は深夜零時を過ぎている。
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話のネタも切れ、どうしたものかな?と、まったりソファーに座る俺が新しい缶ビールの蓋を開けていると、隣で顔をピンク色に上気させた太めのSが「おい、これから廃墟探索でもしないか?」と言った。
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心霊好きのSが言うには、このアパートから北に10キロほどにある住宅街の外れに昭和の頃からずっと空き家になっている廃屋があるらしい。そこは地元では結構有名な心霊スポットらしく、夜な夜な男の子の霊が現れるという。
Sが言うには、
「そこは嘗て地元では有名な開業医の家族が住んでいたそうなんだけどさ、そこの長男がかなり精神的におかしかったみたいで、小学生の頃とか学校にも行かず公園にたむろする野良犬とか猫を農薬入りのエサで殺してその様を写真に撮ったり、近所の子供やお年寄りをバットを振り回し追っかけまわして喜んでいたみたいなんだ。
家庭内暴力とかも酷かったようで、興奮すると母親に包丁を向けることもあったそうだ。
そんな長男の異常な性向は止むどころかエスカレートしていく一方だったみたいでな、それで将来を悲観した父親がとうとう深夜息子が寝落ちした後、筋弛緩剤を注射して楽にしてやったらしい。
そしてその後、母親とともに自室で首を吊って亡くなったということだ」
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「なんだそれ?
怖いんだけど、、、
俺そんなとこ行きたくねえよ
呪われちゃうよ、、、」
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床に寝転がっていたKがそう言って半身を起こす。
色白で細身の典型的なビビリだ。
俺たちは嫌がるKを無理やり説得し、Sの言う廃屋に向かうことにした。
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俺のオンボロ軽に3人乗りこむと、Sの脳ナビに従いながら北に向かって走り出す。
傍らに街灯の点々と続く県道をひたすら走ること凡そ50分。
前方に低く連なる山影を臨む頃、手前に住宅街の一角が見えてきた。
助手席のSが携帯を見ながら言う。
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「え~とネットからの情報によると、あそこの住宅街を抜けた辺りが少し小高くなっていて、そこにポツンと建ってるらしい」
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「なあ、もう帰ろうぜ。
こんなとこ行ってもろくなことねえからさ」
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俺の後ろに座るKが、恨めしげに呟く。
Sと俺は聞こえないふりをしていた。
暗闇の中、古い家屋に挟まれた静まり返った区画された路地をしばらく進んでいくと、やがて住宅街は終わり前方に小高い丘が見えてきた。
それからなだらかな傾斜の坂を登りきると草地が広がり、その向こうにこんもりとした竹林がある。
車を停車し、3人は草地に降り立った。
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「あの竹林の向こうにあるらしい」
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Sの言葉の後、俺たちは歩きだした。
S、俺、Kの順番で。
歩きながらKは、俺のシャツの裾をずっと掴んでいた。
竹林の狭間を抜けると、ちょっとした砂地が広がり、問題の家屋が忽然とその姿を現した。
特に立派とも言えないありきたりなその2階建て家屋を前にして、俺は少々がっかりする。
ホラー映画とかに出てくるような不気味なものとは程遠い普通の眺めだったからだ。
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「じゃあ、行くか」
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Sの言葉とともに、俺たちは玄関へと進む。
木製格子の硝子戸はがたついたが、意外にあっさりとスライドした。
サッとカビ臭い匂いが鼻を掠める。
玄関の上リ口向こうには、真っ直ぐ廊下が伸びていた。
あまりに暗かったから、各々携帯ライトをかざしながら廊下に上がる。
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廊下沿いには幾つかドアがあって、一つ一つ開き恐る恐る中を覗いてみたが、一つは和式の便所、一つは浴室兼洗面所そしてあと2つは殺風景な洋間と畳の間だった。
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「普通の間取りの感じだな」
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少しがっかりした様子で俺が呟く。
すると、
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「おい、こっちに階段があるぞ」
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廊下の奥でSの声がするのでそちらに歩くと、確かに2階へと続く階段があった。
それからSを先頭に俺とKが続いて登っていく。
2階に上がるとまた廊下がありライトで確認すると、ドアが向かい合って2つあった。
一つを開けると、壁際に大きめのダブルベッドがある洋間だ。どうやら夫婦の寝室のようだ。
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そしてもう一つを開ける。
そこは8帖ほどの部屋。
奥の窓のカーテンは開いていて、そこから漏れる月光が、室内をボンヤリ青白く浮き上がらせていた。
子供の部屋だろうか、窓際には学習机があり壁際にベッドがある。
Sの話では、この家には子供の幽霊がいるということだった。
といことは、ここにそいつは潜んでいるのか?
俺たちは少しビビリながら室内に入ると各々、机やベッドの周辺をライトで照らしてみる。
だがこれといった異常はなかった。
肩透かしをくらった俺たちは3人、ベッドの端に並び座る。
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「結局普通の家じゃないか。なんか、がっかりだったな」
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そう言って俺がガックリと俯いた、その時だった。
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「ねぇねぇねぇ、お兄ちゃんお兄ちゃん」
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いきなり無邪気な子どもの声がしたかと思うと、室内がパッと昼間のように明るくなる。
驚いた俺たち3人は同時にベッドから立ち上がった。
そして声のした方に視線を動かし、一瞬で凍りついた。
それは開け放たれた部屋入口の向こう。
薄暗い廊下に男の子らしき者が立っている。
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その子は白いTシャツに黒い半ズボン姿で、両手にはポラロイドカメラのようなのを持っている。
そしてその男の子の顔を見た俺は、改めてゾッとした。
何故かそこの空間だけがグニャリとネジ曲がっているかのように、おかしな具合に顔面が変形しているのだ。
それから男の子はすぐに廊下の暗闇に姿を消した。
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しばらくの間俺たちはその場に立ち尽くしたまま動くことが出来なかったが、ようやくSが口を開く。
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「今の、、、何だった?」
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俺はSの横顔を見ながら、
「男の子が突然現れて、写真撮ってから消えたようだな」
と言った。
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「なあ、怖いよ。
今の人間、、、だったのか?」
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続けて漏らしたKの言葉に、俺とSは何も答えることが出来なかった。
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俺たちは家屋を出ると再び竹林を潜り抜け、車へと向かった。
3人ともうつむき、誰も口を開くことはない。
時刻はもう深夜1時を過ぎていた。
そして各々が車に乗りこみ、俺がエンジンをかけ正面に向き直った時だ。
閉じられたワイパーに小さな四角い紙が挟まっているのに気付いた。
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─何だろう?
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と思いながら車を降り、抜き取って運転席に戻る。
そして改めて目前でそれを見た途端、背筋に冷たい何かが走る。
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それは1枚の写真。
しかも安っぽいカメラとかで撮ったような、画像の粒子が粗いもの。
ただそんなことよりも問題は、そこに映っていたものだった。
それはベッドの端に並び座る3人の男性、、、
俺とSとKだ。
フラッシュを浴び、皆一様に驚いた間抜けな顔をしている
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「おい、もしかしてそれ、さっき部屋にいた俺たちの写真じゃないのか?
それが何でこんなところに?」
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背後から尋ねるKの言葉に俺は答えることが出来ず、写真を持ったままただじっと固まっている。
すると隣に座るSが写真を覗き込みながら「なあ、右端のKの顔、何か変じゃないか?」と言う。
言われてそこを見た俺はハッと息を飲んだ。
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そこに映る俺とSの顔は驚きの表情なのだが、右端に座るKの顔だけはおかしいのだ。
まるでそこの空間だけが曲がっているかのように、顔がグニャリと変形していた。
写真を見ているKの表情が、みるみる青ざめていく。
俺は素早く写真をジャケットのポケットに突っ込むと、アクセルを踏み込んだ。
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翌日は午後から居酒屋のバイトだった俺は、夕方から店へと出かける。
仕事を終え深夜にアパートに着き、ソファでほっとした矢先のことだ。
突然携帯が鳴りだした。
それはSからの電話。
こんな時間になんだろう?と思いながらでると、「やばい、やばいよ」とただ繰り返すだけで何か要領を得ない。
いったいどうしたんだよ?と改めて尋ねるとようやく意味のある言葉を喋りだした。
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「今日昼からKの家に遊びに行ったんだよ。そしたら玄関口までお母さんが出てきて昨晩遅く家に帰ってきてからずっと部屋に籠りきりで何度呼んでも出てこないということだった。それで俺、お母さんと一緒に2階にあるあいつの部屋に行ってみたんだ。そしたら、、、」
その後、しばらくSは言葉を詰まらせる。
思わず俺が「そしたら、どうしたんだよ?」と尋ねると、彼はようやく言葉を続けた。
「あいつ、ベッドで仰向けになって寝てたんで、おい大丈夫か?て言いながら腕触ったらひんやり冷たくなってて、その顔が、、、」
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その後もSはいろいろ喋っていたのだが取り乱していてほとんど要領を得なかった。
ただ要するにKは自室のベッドで心肺停止の状態で亡くなっていたということだけは分かった。
俺は電話を終え放心したまましばらくソファに横になった後、ふと起き上がる。
それから傍らにあるガラステーブルに視線をやり、そこに1枚の写真があるのに気づいた。
それは、昨晩あの廃屋に行った後に車のワイパーに挟まっていた写真。
何気にそれを手に取り改めて見てみる。
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そこにはベッドの端に座った、俺とSそしてK、3人の姿。
どこか違和感を感じた俺は写真をさらに目前に持ってきて凝視する。
途端に写真を持った右手がぶるぶると震えだした。
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KだけでなくSや俺の顔までが、何故かぐにゃりと変形していた。
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Presented by Nekojiro
作者ねこじろう