大学2年生の冬のこと。その頃私とSは心霊スポットで写真をとることにハマっていた。
Sとは入学してすぐの頃にホラーが好きな物同士で趣味が合ったことからつるむようになった仲だ。
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Sと出会った頃、私はホラー好きとはいえ実際に自ら心霊スポットに足を運んだことは無く、ネットで怖い話や動画を漁って楽しんでいる程度であり、それはSも同じだったようだ。
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最初の方はお互いの持ち寄った怖い話や好きなホラーYouTuberについてを語り合っていたぐらいであった。それから2年生の夏、某ホラーYouTuberが視聴者投稿の心霊写真を紹介してるのを目にしてそれを見てSが言った。
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S「俺も心霊写真撮って視聴者投稿したい!」
私「まじで言ってんの?笑」
唐突にキラキラした目で言うSに思わず苦笑いをしてしまう。
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S「俺ら怖いの好きだけど実際に心霊スポットとか行ったことないじゃん?いわく付きの場所で写真撮ったらなんか写るんじゃね?」
Sの問に対して、探索動画や写真を見るのではなく自らその場所へ足を運ぶことに最初は戸惑いを覚えた。
もし行って本当に幽霊に出会ったらどうしよう…。
動画投稿者たちはたまたま見えなかっただけで自分だけ見えてしまったりするんじゃ…。そんな思いが駆け巡る。
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私「あーたしかに。行っちゃう?笑」
思いとは裏腹に言葉に出る。
サークルにも入っていなかった私は授業や課題などで退屈な日々に刺激が欲しかったのかもしれない。
Sは嬉しそうな顔をしてガッツポーズをしていた。
私がホラー好きな割にビビりなのを知っていたのでOKを貰えるとは思っていなかったのだろう。
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それからしばらく、Sと私の心霊スポット巡り&心霊写真撮影は続いた。
Sは免許を持っていなかったので免許を持っていた私が足をしていた。
最初こそ初めての心霊スポットに恐怖心を感じていたが、慣れとは怖いもので10ヶ所目を回る頃には恐怖心も薄れていた。
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場所に着いて外観を撮り、中に入って手当り次第に写真を撮る。揺らして撮ると写りやすいと聞いたので試したりもした。
しばらくはその繰り返しで帰る度に写真フォルダを隅々まで探したが求めていた成果は得られず、2人で肩を落とす日々が続いていた。
いや、実際に写ってたらそれはそれで震えるが。
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S「全然写んねーなー。やっぱ視聴者投稿ってやらせなんかな?」
助手席でつまらなそうにしながら座席を倒してSはぼやく。
私「有名どころって人が来すぎて幽霊も鬱陶しくなっていなくなるんじゃね?笑」
本当のところ私は行くことには慣れたものの、写ってしまったときの心の準備はまだできていなかった。
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明日も一限からの出席で時刻も2時を回っており、そろそろ帰ろうかという頃ブツブツと文句を言っていたSが口を開く。
S「お!この近くに良いとこあるやん!」
私たちは隣の県であるM県に来ているのだが、その日向かった心霊スポットから帰りのインターまでの間に廃病院があると言うのだ。
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その廃病院は特に曰くがあるわけではないが幽霊の目撃情報が多いと噂の場所である。
私「おー行ってみるか。」
正直、眠気も来ていて明日の授業のことを考えたら帰りたかったが、どこか消化不良ではあったので帰り際なら良いかということで返事をした。
ネットに書いた住所をナビに入れ、車を走らせる。
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山道を下る途中、「この先左折○○病院」と書かれている小さな看板を見つけた。
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数10m走ったところで左に目をやると枯葉や落ちた枝でえらく汚れていたが左折できる入口のようなものを見つけたので入っていく。
整備されていないのか高く伸びた雑草や横から飛び出した枝や木で道幅がかなり狭い。
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草や枝が車に擦れる音がする。
怖いというより車が傷つく心配の方が勝っていた。
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しばらくすると少し広めの駐車場とお目当てである廃病院が現れた。
思ったよりも外観はキレイであったが所々窓ガラスが割れているのが目につく。
S「さてどーやって入ろうかなー。お?」
入るための入口を探していたSが何かに気づく。
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よく見ると入口の自動ドアのガラス部分、縦長の長方形のガラスがそのまま無くなっている。割れているというよりは綺麗に抜き取られているような。
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S「手間が省けてよかったな!早速入ろうぜ!」
私「う、うん…」
私にはそのとき抜き取られたガラスの向こうに広がる暗闇がまるで、何かが口を開けて吸い込もうとしているように見えた。心霊スポット巡りを始めてから初めて味わう感覚に背中がゾクッとした。
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そんな私とは対照的にSは意気揚々と中へ入って行く。
今までも何も起こらず写りもしなかったので気のせいだと言い聞かして私も中へ入る。
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懐中電灯をつけて中を見渡すと過去に訪れた廃病院とは違ってほとんど荒れておらず拍子抜けしてしまった。
受付の資料や壁のポスターはすべて撤去されているようだが座椅子や各部屋のベッドなどは残されていた。
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4階建ての建物で下の階から順番に手分けして病室や診察室など満遍なく写真を撮っていく。
入口付近の荒れようからは想像できないほど綺麗であまり恐怖心も感じなかった。
特に何か起こるわけでもなかったので順調に撮り終えて下のロビーへと向かう。
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下のロビーへと着くと先に降りているはずのSの姿が見当たらない。
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私「おーい!Sー!」
名前を呼ぶと受付の横の通路の奥からSの声が聞こえた。急いで向かう。
S「○○!見てみろよ!」
はしゃぎ気味なSが扉を指さしながら言う。
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「霊安室」
扉の上にはそう書かれていた。
階段や他の部屋に気を取られていて気付いていなかったようだ。
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私「え、ここって遺体を安置するとこだよね?」
少し顔を引きつらせながら私はSに問う。
S「そうそう!遺体が置かれてた部屋なら念とか溜まりそうよね。」
不謹慎ではあるが納得はいく。
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ここでSがあることに気づく。
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扉を開けた先、恐らくは遺体を安置してたであろう長方形のベッドの上に何かが置いてある。
よく見るとそれはキーホルダーだった。
どこの雑貨屋にでも置いてありそうなテディベアのキーホルダー。
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S「なんだこれ?なんでこんなとこ置いてあんだろ。」
それを手に取りまじまじと見つめるS。
私「肝試しに来た人の忘れ物とか?」
それにしてはしっかりとベッドの真ん中に置かれていたような…。私は違和感を覚える。
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Sから手渡されたそれを手に取った瞬間、先程自動ドアの前と同じようにゾクッする。
すぐにSに返すと、Sはとんでもないことを言い出す。
S「これ、持って帰んね?」
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私「え、マジで言ってる?」
先程の感覚も相まって私は戸惑いを隠せない。
心霊スポットに落ちているものを拾って帰ると呪われるという話は聞いたことがある。
実際今まで私も面白半分で持ち帰ったことはあるが今のところ特に何が起こったことは無い。
しかし今回に関しては気が進まなかった。
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S「もしかしたらこれを探して追いかけてくるかも笑」
そう言いながら笑うSではあったが私は先程の感覚を思い出して固まって聞いていた。
とは言いつつ何か撮れるかもしれないという期待感が勝ってしまい。Sの提案に乗ってしまった。
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Sの案はこうだ。
この霊安室の前から玄関まで後ろ向きで連写しながら走っていく。というものである。
想像するとめちゃくちゃ怖いがSのワクワクとした顔を見るとやめるとは言い出しづらかった。
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Sが携帯を構えながら私が前を走ることにして扉の前に並んだ。
S「いくぞー。よーい、ドン!」
Sの掛け声に合わせて2人で一斉に走り出す。
その間、Sは携帯の連射機能で後ろに向かってひたすら写真を撮る。
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携帯のライトと懐中電灯の光が揺れる中、暗闇に連写の音が鳴り響く。
廃病院の緊張感か、久しぶりに2人ではしゃいで走っている高揚感か、自然と2人共笑い声が出る。
そのまま玄関を飛び出すと2人で座り込んだ。
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私「なんか久しぶりに走ったな笑」
S「間違いない!何か写ってるといいな笑」
肩で息をしながらそんな会話を交わす。
気温も5度近くに下がってはいるが走ったせいか寒さを感じていなかった。
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そのまま2人で車に乗りこみ、2人で感想を言い合いながら帰路へと着く。
山道を下り終えて大通りにでたとき、Sがカメラフォルダを見返した。
S「さーて、何かあるかなー。」
プレゼントの箱を開ける子供のような顔でSが言う。
S「あーやっぱ何も写ってなさそうだなー…あ?」
Sの指がピタッと止まる。
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瞬間、Sの体がガタガタと揺れだした。
私「おい、どうした?」
運転中ではあったが思わずSの方を見る。
車内は暖房で暖まっているというのに、上下の歯はカタカタと音を鳴らし携帯を持つ手は異常な程に震えていた。
S「なんだよ…なんだよこれ…なんだよ…」
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顔を涙と鼻水でぐちゃぐちゃにしながら見たこともないほど取り乱すS。
その異様な光景を見て私も戦慄した。
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私「どうした?!なにがあった?!」
私の呼びかけが届いていないかのようにひたすら震えるS。
Sを横目で見ると、目を限界まで見開き過呼吸気味になりながらひたすら写真を連続でスライドして見てるのが見えた。
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S「ひぃやっ!!!」
聞いたこともないような悲鳴をSがあげると、そのまま助手席で頭を抱えながら震えていた。
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大通り沿いのコンビニに寄り車を停めると、私は震えるSに温かい飲み物を買ってきた。
飲み物を受け取ったあともうずくまって震え続けるSを私はその間背中をさすってやることしかできなかった。
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しばらくしてSがふーっと大きな溜息を吐いた後、受け取った飲み物を一口飲んで口を開く。
S「○○、やばいもん写っちまったよ」
私「え、まさか心霊写真?」
予想はしていたが改めてSに聞く。
S「YouTubeなんかでよく見るようなやつなんて比にならんわ。これはもっとやばいものが写ってる。」
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S「俺ら、とんでもないことしちゃったかも」
そう言ってSはまた震え出した。
私は何が写っているのか確認するためSから携帯を受け取り、最初から1枚ずつ見ていく。
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ロビー…トイレ…受付…宿直所…病室…一見何も写っていないように見える。
鏡に向かって自撮りをしていたようだが後ろに何かが写っているということもない。
私「どこに写ってるんだ?」
震えるSに向かってそう聞く。
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S「…最後」
Sは呟く。
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最後…霊安室から走って撮った写真。
私はそう思い、残っていた写真を飛ばして最後の写真を見る。
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1枚目は霊安室の扉を写した写真だった。
よーいドンでスタートしたと同時に2枚目、3枚目と若干ブレながら扉から遠ざかっていく。
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4枚目…5枚目そのときすでに扉は薄らと暗闇に溶け始めていて特に違和感はなかった。
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問題は次の写真だ。
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6枚目、閉まっていたはずの扉の前にそれは現れた。
私「えっ…」
私は思わず声をあげる。
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女だ。長い髪を垂らして白い服を着た女。
怖い…。次にスライドをするのが怖い。
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7枚目をスライドしたとき、その異様な写真に私は叫び声をあげた。
私「追いかけてきてる…。」
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その女はカメラに近づいてきているのだ。
携帯を片手に持ってるとはいえ、Sも私も足は早い方である。
そのスピードにこんな急激に近づけるのは異常である。
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更に私はあることに気付いた。
その女がずっと直立のまま追いかけてきていることに。
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私「嘘だろ…なんだこれ…」
先程のSと同じような反応を見せる。
8枚目、9枚目とスライドを続ける度に女が近づいてきているのだ。
直立のまま、カメラをじっと見つめて。
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そしていよいよ10枚目に差し掛かったときそれは起こる。
女がカメラの前まで来た。
携帯と鼻が触れるかのような距離に。
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手の震えが止まらない。見たくない。
そう思いつつも指は次の写真へスライドする。
携帯のライトで照らされたその顔は女の顔をはっきりと映し出す。
女の顔は異様に白かった。白い服を着ていたがそれよりもっと白い。開けた目は焦点が合っておらず、口角は異様な程につり上がっていた。
携帯のライトで照らされることで白い顔はさらに白くなり、もはや確認できるのは目と唇だけだった。
だがおかしい…照らされたのであれば後ろに影ができるはずだ。それなら後ろを時々振り返ってたSも気づいているはず…。
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そのまま何枚かスライドしていくとおかしなことが起こる。
最初は焦点が合っておらず動かなかった女の眼球がめちゃくちゃな方向に動き回り出したのだ。
次々と写真をスライドする度に女の黒目があらぬ方向へと向く。口角はずっと吊り上げたまま。
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この時点で私は限界であったが、スライドする指を止めることができなかった。
変わらず動き続ける女の黒目。走ってブレている周りの風景に対して女の顔はまるで貼り付けたかのようにはっきりと写っている。
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次の写真に移動したとき、女はいきなり離れていった。
玄関から外へ抜け出したのである。
女は直立のまま、あるはずの無い玄関のガラスに顔を押し付けるかのように立っている。まるで鍵がかかった扉から出られないかのような。
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Sはどうやら座り込んだ後も玄関に向かって連写を続けていたようで、カメラはその女をずっと写し続けていた。
ここで女の顔がまた変わる。
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先程まで吊り上がっていた口角が急に下がりだしたのだ。
下がるなんてものじゃない、口の両端が下を向くんじゃないかというほど下がりだした。
下がりだした口角に対して目は異様な程に釣り上がり、まるで私とSに向けて殺意を向けているかのような。そんな顔であった。
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撮られた写真はここまでだった。
震えと動悸が止まらない。まさかこんなものが映るなんて。
あの女はなんだ?なぜいきなり現れた?なんで追いかけてきた?
頭の中に様々な考えが駆け巡る。
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私「キーホルダー…」
私はハッとして呟く。
S「まさか…これのせいで…?」
私「恐らく、これはあの女のものだったのかも…」
2人で顔を見合わせる。
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このままではあの女があの扉から抜け出して私たちの元まで追いかけてくる気がして、相談した結果、明るくなるまで待って先程の廃病院まで返しに行こうということになった。
授業は休むことにした。
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時刻は5時に差し掛かるところで冬ということもあってまだ日は出そうになかったが先程の出来事のせいで眠ることもできなかった。
私たちは先程の写真、今までの写真を全て消去して二度と心霊スポットには行かないと決めた。
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7時前になりようやく明るくなってきたので先程の場所に戻ることにした。
車内では終始無言であった。
いざ戻ってみると、明るさもあってか先程のような怖さは薄れていた。
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本当は霊安室に直接置いてくるのがいいのだろうが、あの女がいると考えると中に入るのはためらってしまった。
仕方が無いので玄関のドアから中へ置いた。
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そのまま急いで車に乗りこみ、Sを家に送ってから私も帰宅した。
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そのあとSとは心霊スポットに行くこともなくなり自然と怖い話をすることもなくなった。
お互い別のサークルに入り、違う友人ができてからは遊ぶ回数も減っていた。
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あの出来事から数ヶ月後、ネットの情報であの廃病院が取り壊されたと見かけた。
あの日のことを思い出すと今でも震えてしまう。異様に吊り上がった口角にめちゃくちゃに動く黒目…。
思い出しそうになる度に頭を振って忘れようとする。
そんなとき、携帯が鳴った。
Sからだった。
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私「もしもし?」
S「○○。聞いてくれ。」
私「どうした?」
電話口のSの声は震えている。
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S「あの女が部屋の外にいる。」
作者やまねこ