23年09月怖話アワード受賞作品
中編7
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寝ずの番

数年前の夏、Mさんの父親が亡くなった。

70歳目前でも週2回はゴルフに行き、畑仕事に精を出す元気な人だったが突然の心筋梗塞でこの世を去ったそうだ。

一人っ子だったMさんは父親から特に可愛がられていたそうで、近所でも仲良し親子で有名だったと聞く。

結婚してから地元を離れていたMさんは、父親の危篤と聞いて片道3時間の距離を夫と共に車で飛ばした。

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病院に到着したときには既に父親は息を引き取っており、最愛の父親の死に目を見ることは叶わなかった。

突然の父親の死を受け止めきれなかったMさんは通夜の間、ずっと泣いていたという。

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通夜も終わり、親戚一同で集まったとき「寝ずの番」の話になった。

「寝ずの番」とは、通夜の後に遺体を遺族が夜通し線香や蝋燭の火を絶やさないように見守ることを言う。

悪霊などが故人に取り付かないよう、極楽浄土へ行けるようにすることが目的といわれている。

Mさんの父は兄弟がいなかったため、自然と母親かMさんのどちらかがその役を務めることになった。

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Mさん「お母さん、私が寝ずの番やるよ」

泣いて赤く腫れた目をこすりながらMさんは言う。

母「そうね…。あなたお父さんのこと大好きだったものね…。」

健気な娘を見て母親も思わず涙を浮かべる。

そうして、寝ずの番はMさんが務めることになった。

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午後11時、仏となった父が寝かされている部屋へとMさんが入る。

父の顔はまるで眠っているかのようで、揺すれば今にも起きそうにも思えた。

そっと父の額に手のひらを当てる。

あんなにも温かかった父親の体は氷のように冷たかった。

Mさん「あぁ…ほんとに亡くなったんだな…。」

改めて突きつけられる現実にMさんは途方もない喪失感を感じていた。

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父の眠る布団の横に線香と蝋燭を置き、火をつけ電気を消した。

30分おきに線香を変えるので、ほとんど眠ることはできない。しかしMさんは最愛の父との最後の時間を寝ずに過ごすと決めていた。

ゆらゆらと揺れる蝋燭の火に照らされる父の顔を見ながら、Mさんは父親との思い出を振り返っていた。

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薄暗い部屋で目を閉じると大好きで優しかった父の顔が浮かんでくる。

結婚を報告したときに誰よりも喜んでくれたのも父だった。

Mさん「お父さん…。」

涙混じりの声で呟く。

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何回目かの線香の交換をしたとき、Mさんは急な眠気に襲われた。

手元の携帯を見ると時刻は既に2時半を回っている。

日が昇るまでおよそ残り4時間ほど。

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Mさん「だめだめ。私が寝たら誰がお父さんを見守るの。」

母親からは眠くなったら交代するように言われていたがMさんは夜通しで務めを果たすと決めていた。

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父との思い出の公園。

夕焼けに染められた公園で父とかくれんぼをしている。

父「もういいかーい」

Mさん「もういいよー」

遊具の土管に隠れながら息を潜めて父を待つ。

父とするかくれんぼが大好きだった。見つかった後笑顔で抱き上げてくれる父の温もりが大好きだった。

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しかし待てども父は探しにこない。

不安になったMさんは土管から出て父の元へ向かう。

公園の真ん中、そこで父は立っていた。

Mさん「お父さん?」

Mさんの呼び掛けに父は反応しない。

父はMさんの後ろを見ていた。

口を半分開け、目を見開きながら。

ゆっくりとMさんが振り返る。

父「見るな!」

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その声にハッとして目を覚ます。

Mさん「しまった…。寝ちゃってた…。あれ…?」

目を覚ますと、目の前が真っ暗だった。

Mさん「蝋燭をつけないと…。」

手探りでろうそくを探す。

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そのとき、父と2人だけのはずの部屋に変な音がした。

ザッ…ザッ…ザッ

何かが畳を這う音。

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よく聞いてみると、その音は壁を沿うように移動し、止まるを繰り返しながら部屋を回っている。

最初は母かと思った。

しかしそれなら何故蝋燭をつけてくれないのか。

Mさん「お母さん?」

呼びかけには応じない。

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なら一体この音は何?

その間にも音は絶えず鳴り響く。

背中に冷たいものを感じたMさんは手探りでライターと蝋燭と線香を拾い上げ、火をつける。

微かに明るくなる視界。

音の正体を確かめるべく音のなる方へと顔を向けようとする。

顔を向けようとした瞬間、Mさんは金縛りに襲われた。

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必死に体を動かそうとするも指先ひとつ動かせない。

突然の出来事にMさんはパニックになり、唯一動く目で辺りを見回す。

左から音が聞こえる。

壁際にたどり着いた音は少しの間を置いて移動をはじめる。

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音が後ろを通り過ぎる。Mさんは確信した。

誰かがすり足で歩いている。

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振り向いて確認をしようにも金縛りで体は全く動かせない。壁際にたどり着いた音が今度は右へと移動する。

右の壁際。Mさんの右斜め前に音が来たとき、Mさんは目を向ける。

Mさんは「それ」を見た。

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和服を着た女だった。

Mさん(え、誰…?)

白地に組紐の模様の入った和服。

母や親戚にもあんな和服を着ている人は見たことがない。

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足元から見て顔を確認しようとしたとき、Mさんの顔から血の気が引く。

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首が無かった。

首の無い和服を着た女が部屋を壁に沿ってすり足で移動している。

壁際にたどり着くと角に向かってお辞儀をする。

また移動し、壁際でお辞儀するをひたすら繰り返している。

その光景にMさんは叫び声をあげようとするも金縛りのせいか声が出せない。

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恐怖と金縛りで動けないMさんをよそにその女は部屋を歩き回る。

すり足で移動しては角にお辞儀をしてまた移動する。

意味不明な行為にMさんの脳は追いついていなかった。

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咄嗟に父のことを思い出し、横たわる父に目を向けた。

父「お父さん…!助けて…!」

そう心で叫びながら父の顔を見た瞬間、Mさんは目を疑った。

安らかな顔で眠っている父が目を開けている。

その顔は先程見た夢の中の父と同じ顔。

口を半分開け、目を見開いている。

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鳴り響く足音と父の異様な表情に夢か現実かわからないでいるとふいにすり足の音がMさんの真後ろで止まった。

後ろにいる。こちらを見ている。

ゆっくりとすり足でこちらに近づき、つま先が触れかける距離で女は止まった。

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夢なら覚めてほしい。何度もそう願った。

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瞬間、顔の横に気配を感じる。

間違いない。女が私の顔を覗き込んでいる。

あるはずの無い顔で。目で。私を睨んでいる。

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全身に鳥肌と冷たい汗が吹き出る。

金縛りで動けないはずの体が震えているように感じた。

そのとき、ボソボソと女が何かを呟いた。

ノイズがかかっているような声でなんと言っているかは聞こえない。しかしずっと同じことをボソボソと呟いている。

Mさん「…!!!」

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その女が何を呟いているか理解したとき、Mさんの意識は遠のいていった。

遠のく意識の中で、父の顔を見た。

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半開きだったはずの口が大きく開いていた。

まるで絶叫しているかのように。

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気がつくと外は明るくなっていた。

横を見ると母が寝ている。線香も蝋燭も火が灯っていた。

Mさんの体には布団がかけられていた。

私「夢だった…?」

まだはっきりと記憶に残る生々しい夢と恐怖にMさんは震えていた。

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父の顔に目をやると通夜のときと同じ安らかな顔で眠っていた。

頭が整理できないまま茫然としていると隣で母が起きた。

母「あら、Mおはよう。」

Mさん「お母さん…。いつからいたの?」

Mさんは母に問う。

母「4時くらいかしらね?トイレで起きて心配で見に行ったらあなた寝てるんだもの。線香、消えそうになってたわよ。」

私「…え?」

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おかしい…。最後に時間を確認したのは2時半。

そこから寝落ちてしまったとして母が部屋に入ってきたのは4時…。

少なくともその間に線香を変えた記憶は無い。

あのとき、目が覚めたときには線香も蝋燭も消えていたはず…。

訳がわからなかったがMさんはそれ以上考えないようにした。

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葬儀も告別式も終わり数日が経った。

未だにあの夜の出来事は謎のままだ。

首の無い和服の女。目を開けていた父。

そして最後に女が言ってたこと…。

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父の部屋で遺品整理をしているとき、タンスの奥から写真が出てきた。

父を真ん中に和服を着た2人の女性が両脇に立っている。

左は若い頃の母であったがもう1人、右の女性は身に覚えが無かった。

Mさん「!」

Mさんは気づいてしまった。

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あの女だ。

間違いない。白地に組紐の模様の和服。

隣で掃除をしていた母にすぐ尋ねる。

Mさん「お母さん、この人って誰?」

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母「どれ?あらー、懐かしい!」

母は嬉しそうにそう言った。

聞けばこの女性は父と母の幼なじみだそうで名前はA子と言うらしい。

小学生の頃から3人で遊んでおり、高校生に上がってからも変わらず3人で遊び回るほど仲が良かったらしい。

これは同窓会で3人が再開したときに撮った写真だそうだ。

同窓会で再開した父と母はそのまま親密になり、結婚したらしい。

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母「A子もすごい喜んでくれてね…でも…。」

私「でも…?」

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母「彼女、そのあとすぐ亡くなったの…。川で溺れてね…。」

寂しそうな顔で母は呟く。

Mさん「嘘…。」

母「もう残ったのはお母さんだけだけど、2人に見守られてると思うと悲しんでなんかいられないって気になるわ」

笑顔で母は言っているがそれを聞いたMさんは背筋が凍った。

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結婚を喜んでいた?見守る?

そんなわけない。父は連れていかれたのだ。

あの日、暗い部屋でMさんは確かに聞いた。

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あの女が私の耳元で

ずっと「死ね」と言い続けてたことを。

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寝ずの番台湾にもありますね、うちには’’守夜/守靈’’といわれます。

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