「あいうえお怪談」第16話「鬼殺し」                    第1章「あ行・お」

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「あいうえお怪談」第16話「鬼殺し」                    第1章「あ行・お」

「あいうえお怪談」

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第16話「鬼殺し」

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第1章「あ行・お」

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俺の趣味は、日本酒を嗜(たしな)むこと。

夕食前の「晩酌」は、至福の時だ。

代わり映えのない一日の終わりに、小鉢をつつきながら飲む酒は、日本酒に限る。

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妻、富久子も、夕食の献立とは別に、酒の肴を用意して俺の帰宅を待っている。

子どものいない夫婦ふたりだけの生活は、平穏ではあるが、実に単調で味気ないものだ。

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さしたる会話も交わさず、晩酌の後は、富久子の手料理を黙々と食べ、その後は、風呂に入り、新聞やテレビを見たり、最近では、スマホをいじり、ゲームをしたりYou Tubeを観てから床につく。

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富久子は、俺が風呂からあがるのを待たずに、明かりを消し真っ暗闇になった寝室で、こちら側を背に寝息を立てている。

もう何年も、いや、有り体に言うなら、結婚当初から、そんな生活が続いていた。

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時々、思う。

「この結婚は、間違いだったのだろうか。」と。

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長年連れ添った妻、富久子。

会社では、桜小町とあだ名されるほどの美貌の持ち主で、仕事も良く出来るいわゆる高嶺の花。そんな富久子をなんとかして自分のものにしたかった俺は、手練手管あらゆる手を使って富久子に近づこうとしたが、いずれも不発。

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それどころか、度々「肘鉄砲」をくわされた。

何度も、ほぞを噛むような思いをし、憔悴しきった俺に蔑み(さげす)みの眼差しを向ける女。

「可愛さ余って憎さ百倍」「愛と憎しみは表裏一体」とは、良く言ったもの。

俺は、いつしか、言葉にならないほど怒りとともに、激しい憎悪すら抱くようになっていった。

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噂に聞くある祈祷師の元を訪れた。

この祈祷師にかかると、どんな願い事も叶うというものだった。

だが、祈祷師は、裏の顔。

表の顔は、精神科病院の医師とのこと。

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数日後、俺は、指定された〇〇神社まで足を伸ばした。

都心から数十キロ離れた地方都市の郊外に、その神社は、ひっそりと息をひそめるように立っていた。

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「この世では叶いそうもない願いを叶えてさしあげましょう。要するに、呪術をかけるんです。」

祈祷師は言った。

「ぜひ、ご内密に願います。決して、口外だけはしないように。」

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俺は、さっそく、富久子と結婚できるようにしてくれと懇願した。

祈祷師は、難しい顔をして、しばらく考え込んでいたが、

「相性は、最悪です。彼女さんには、密かに想いを寄せている方がいらっしゃるようです。これは、少々難儀なことだな。」

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「そこをなんとかしてくださいよ。お願いします。もし、富久子さんと一緒になれないのなら、いっそ死んでしまったほうがいいとすら思うんです。」

祈祷師は、呆れたような顔をし、深い溜め息をついた。

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「そう簡単に死んだほうがいいなどと口にしないで頂きたい。」

「すみません。」

項垂れ、涙をこぼす俺に同情したのか、祈祷師は、重い口を開き、やっと了承してくれた。

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「そこまでおっしゃられるのであれば、相当な覚悟の上でのことでしょう。ただし、私の出来ることは、結婚に結びつけるまでです。」

祈祷師は、俺に背を向け、燃え盛る炎の前で呪文を唱え始めた。

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最初の内は、居住まいを正し正座をしていたが、祈祷師の唱える声に耳を傾けているうちに意識がなくなり、俺は、その場に崩れ落ちた。

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「起きてください。終わりました。」

祈祷師に肩を揺さぶられ、床に突っ伏していた身体をゆっくりと起こした。

障子の隙間から漏れていた陽の光は、いつしか夕闇に変わっていた。

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「富久子さんの心は、あなたに向かいました。願いは叶うはずです。ただし、結ばれてから後は、すべてあなたの自己責任ですから。精進を怠らないように。それと、くれぐれも、鬼と酒には気をつけてくださいね。」

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「鬼?ですか。」

「どんなに恋い焦がれた相手でも、数年も経てば、慣れや飽きが来るものです。俗に言う倦怠期というやつは、必ずやって来ます。そんな時こそ、鬼に付け入る隙を与えないように心がけてください。」

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「はぁ、鬼ねぇ。」

イマイチ、現実味がないと心のなかで苦笑する。

俺に限って、富久子を蔑ろにしたりはしない。するものか。

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「酒は、止めなければいけませんか。」

「まぁ、嗜む程度なら問題はないでしょうが、概ね、酒は、心の中に鬼を生み出してしまう事があるのでね。出来るなら呑まないほうがいいでしょう。」

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祈祷師は、「アルバイトのようなものですから。お代は言い値で結構です。」と言った。

俺は、財布から1万円札を3枚取り出し、祈祷師に手渡し、何度もお礼を言いながら、その場を立ち去った。

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「あなたの身代わりは、どこにもいない。そして、与えられている命は、一つの身体に対して、一つだけです。あなたを愛するように、あなたの奥さんも愛してください。」

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「鬼のすることは唯一つ。あなたの中から、愛を奪うことです。」

当時の俺は、その言葉の意味することなど深く考え味わう余裕などなかった。

願いが叶うなら、富久子さえ自分のものになればそれでいいと・・・思っていた。

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結婚と同時に、酒を辞めたはずだったが、半年もたたないうちに、また、酒を嗜むようになった俺は、富久子に、毎晩、晩酌をするための酒の肴と、やや高めの日本酒を用意するよう強要した。

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富久子は、無言のまま、酒の肴と日本酒を用意し、諦めたように頬杖を付くのだった。

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「ん?」

唇の端が、ぴりりとしびれるような感覚に襲われた。

「なんだ。今日の酒は。いつもの奴と違うぞ。」

「ああ、ごめんなさいね。わかっちゃったかな。」

妻は、そういうと、牛乳パックより少し大きめの容器を差し出した。

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「お酒買いに行けなくて。お料理用のお酒を使わせてもらったの。」

「バカな。こんな安い酒を呑ませやがって。」

「あら嫌だ。バカにしないで。『鬼殺し』は、銘酒よ。知らなかったの?」

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富久子の蔑むような目線に苛ついた俺は、怒声を浴びせた。

「なんだと。一日中、家にいるんだろう。買い物に行くついでに酒屋に寄れなかったのか。」

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「それがね。今日は、大切なお約束があった日でね。用事を足しに出かけていたのよ。○○神社まで。」

妻は、目が座ったままで口角をあげ、俺の顔を見つめながら、微笑んだ。

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○○神社だと!

俺は、ワナワナと身体が震えた。

「どんな願い事も叶えてくださるんですって。」

「そこの神主さんのお告げでは、お宅には、長年、悪い鬼が巣食っているから、今すぐ、その鬼を追い出しなさいって。」

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「今日は、節分でしょう。鬼には、出て行ってもらわないと。」

うぐっ、急に焼けるように胸と喉が痛み出した。

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「あなたの身代わりは、たくさんいるから。ほら、こんなに。たくさん。」

富久子は、自分のスマホを取り出すと、悶え苦しむ俺の鼻先に突きつけた。

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「マッチングアプリだと!」

「見て、こんなにたくさんのハートマークが付いたのよ。」

床に倒れ伏す俺を横目に、富久子は、満面の笑みを浮かべて嘯く。

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ーあぁ、今宵は、おいしいお酒が飲めそうだわ。

ー私、日本酒なんて大嫌いなのよ。

ーワインにウイスキー 洋酒のほうが好き。

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富久子の背後には、天井に届くほどの大男が立っていた。

富久子は、背後に立つ大男に向かって、この上ない笑みを浮かべ、

「ねぇ、こっちに来て座って、私と一緒にお酒飲まない。」

猫なで声を挙げて、すり寄った。

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ーあ、紹介するわね。

ーここにいる人が、次の夫。

ーいえ、正確には、かつて夫になる人だった人。

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富久子の背後に立つ大男の頭には、二本の角が左右対象に生えていた。

「そいつは、人じゃない。お、鬼じゃないか・・・。」

ー何言ってるの。

ー鬼は、あなたでしょ。この人でなし。さっさと出ていって。

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妻は、いや妻だった女は、鬼の形相のまま 俺をめがけ食べかけのピーナッツを投げつけた。

大男いや鬼が、床に仰向けに倒れている俺の目の前に立ち塞がり、その足を胸の上に置いたかと思うと、ぐりぐりと容赦なく踏みつけ始めた。

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グジョ ブキャ グチョ ブギョ 

骨が砕かれる音 皮膚が破れ 内蔵が潰れる音

気が遠くなるほどの痛みのなか 俺を見下ろす鬼の顔が目の前に迫ってきた。

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な、中村じゃないか。

お前、事故で死んだだろうが。

血迷って鬼に成り果てたか。

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ー嘘。事故を装って、中村さんを殺したのはあなたじゃない。

ー私すべて知ってしまったのよ。あなたが呪いをかけて、私の大事な中村さんを殺したんだって。

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「△■さん、お亡くなりになられたんですね。精神錯乱状態での自死だなんて。警察が駆けつけたときには、家中が血の海だったって。」

「結婚して数年しか経ってないのに、奥さんを亡くされて、さぞ、お淋しかったでしょうに。」

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「奥さん、服毒自殺だったのよね。」

「夫婦間で何があったかはわからないけど。遺書に、『鬼とは暮らせない。』と書かれてあったんだって。」

「ひぇ~、それ初耳なんだけど。」

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「まぁね。結婚に至るまでは、結構大変だったんだ。奥さんには、中村さんという好きな人がいてね。その人、原因不明の事故で突然死しているんだ。結局のところ、真相は不明のまま迷宮入り。当時、△■さんが疑われたりして大変だったらしいけど。」

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「奥さんをあんな形で亡くされて、たしか、心病んでいたと聞きましたが。」

「あぁ、人目を気にして、隣町にある護摩堂医院という個人病院の精神科に通院していたらしんだが。妄想、幻視、幻聴が激しくてね。最期は、酒びたりだったらしい。」

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「えぇ、それはもう。一度課長に頼まれて、長期療養許可申請書を持って、ご自宅を訪ねたことがあるんですが、1リットルの紙パックに入った料理用の酒、たしか『鬼殺し』をがぶ飲みしていましたよ。」

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「酒は鬼を呼ぶ。か。君たちも、くれぐれも酒の飲み過ぎには、気をつけろよ。」

「この人手不足の時に、代わりの人間なんてそう簡単に見つかるわけないんだから。」

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「それはそうと、護摩堂医院の若い先生。たしか、副業で祈祷師やってんのよね。今度行ってみようかなぁ。片思い中の◎□さんと両思いになれますようにって。」

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ネタバレ注意
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サケは避けないといけないなと思いました。
でも僕は下戸なので。
ゲコゲコ。カエルか!

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