中編3
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お地蔵さん

これは私がまだ幼い頃の話。

家族と日帰りで山奥の温泉に行った帰り道。

秋の終わり頃だったので日も短く、帰る頃には既に辺りは暗くなってきていた。いつものように、父親の運転する車の後部座席でうとうとしつつ、窓から外の景色を眺めていた。薄暗い紺色の空に、山々が影のように見える。

くねくねした山道をやっと抜け、もうしばらく走ると高速道路に入るという時だったと思う。幼かったので、あまり良く覚えてはいないが、辺りはなんだか木々が生い茂っていて、とても暗かったのを覚えている。「あれ、道を間違えたかな?」父親が辺りを見回しながら言う。

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今まで走っていた道は、それなりに車の通りもあり、両側に民家や畑などが見えていた。だが、何かの拍子に入りこんだと思われるその袋小路のような脇道は、しーんと静まり返っていて、車一台通らなかった。

「ナビには、ここを通ると近道だって出てたんだけどな。」父親が訝しげにカーナビを見る。助手席に座っていた母親は、マップを広げはじめた。

私は状況がよく把握できていなかったが、辺りの様子から、何か今まで走っていた道とは雰囲気が違うな、ということは分かった。

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とにかく、この道は行き止まりだから引き返そうということになった。車をバックさせ、細い道を戻る。そして、先程通った地点まできた。

これで安心、と思った矢先、父親が「さっきこんな道あったか?」と言い出した。見ると、私達が今引き返してきた道と枝分かれするように、右に行く道がある。「カーナビには出てないぞ。」「このカーナビ古いから、新しくできた道なのかもしれないわね。」母親が言った。「行ってみるか。」

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いずれにしろ、左に行ったら行き止まりだったのだから、右に行くしかなかった。真っ暗な道を、車のテールランプが照らし出す。どこまで行っても、両側には木々が生い茂っていて、同じような眺めが続く。せめて対向車線に車が通れば、少しは心細くないだろうに、一台すらすれ違わない。「この変な看板、さっきも見た気がするんだけど…」母親がボソッとつぶやいた。

私はだんだん心細くなってきた。隣でうつろうつろしていた祖母もはっきり目を覚まして、私と一緒にひたすら窓の外を眺めていた。

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そうして何分間か走っていると、傍らにお地蔵様が見えた。3体ほど並んでいたと思う。なぜそこに立っていたのか、今考えればそれも引っ掛かるが、当時の私は、お地蔵様は祈れば願いを叶えてくれる神様のような存在だと純粋に信じていた。どういうわけか、その時、私は必死にお地蔵様に「どうか家に帰れますように」と祈っていた。ただ単に道に迷っただけだと言うのに、なんだか無性にそうしないと家に帰れない気がしたのだ。

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すると、そのおかげなのかは分からないが、しばらくして「○○まで○キロメートル」という知っている地名が書いてある看板が見えた。「お!やっと抜けたみたいだぞ。」父親も内心、不安だったのか少し安堵したような声で言った。そして、それからすぐに一般道に出て、高速に乗ることができた。

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後から、祖母に「ねえ、さっきお地蔵様が立ってたよね?」と聞いたが、祖母は不思議そうな顔で「お地蔵様?見ていないわねえ。どこにいたの?」と言った。父親と母親にも聞いたが、二人とも見ていないと言った。

だがその時、奥の席でずっと熟睡していた弟がいつの間にか起きていて、「僕もお地蔵様、見たよ。」と。「でも○○(弟の名前)ずっと寝てたでしょ?」と言ったら、「でも木の下にお地蔵様が3人いた。見たもん。」と言い張った。夢の中に出てきたとでも言うのだろうか?

結局、私と弟が見たお地蔵様が何だったのかは分からず終いだった。ちなみに弟は今、全くその時の記憶はないらしい。

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この一件以外、これと言って今まで不思議な体験などしたことがないのだが、あの時、もし私がお地蔵様に祈っていなかったら…と考えると、なんだかゾッとする。

私達が入ってしまったあの道は…お地蔵様は…何だったのだろうか…?

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