今でこそ比較的不自由のない生活をしているが大学生の時は苦学生のような生活をしていた。
ただ別に家が貧乏だからお金がないから苦学生をしていたのではなくちょっと痛々しいがそういう生活に憧れて自ら切り詰めた生活をしていた。
当時愛読していたエッセイストが大学生時代とても貧乏だったがだからこそいろいろな経験ができてよかったという話を書いてて大学生になって一人暮らしをしたら自分も徹底して節制するぞと謎に意気込んでいたのだ。
そんななんちゃって苦学生を大学院になっても続けていたとき洗濯機が完全に壊れてしまった。
基盤が逝ったのか電源すらつかなくなってしまった。
別に貯金はあるので新品を買うこともできたのだがあえて中古品を探そうと思い立ち近所の中古品屋を回った。
意外に洗濯機の中古はたくさんあり選択肢は非常に多かったが特に目を引いたのは5年ほど前のモデルのドラム式洗濯機であった。
比較的状態もよく、なにより乾燥機能がついているところが気に入り即購入した。
購入時に調べたが当時は20万円程度のものが3万円だったのでまさに破格に思えた。
洗濯機が家に届くと早速取り付けを行った。説明書は付いていなかったが給水と排水のチューブと電源コードを繋げば動くだろうと勘で取り付けた。
特に問題なく電源が入った。
洗濯機が壊れてから洗濯物が溜まりまくっていたので試運転がてら回してみる。
タオルや下着を突っ込んで洗濯&乾燥でスタート。
3時間ほどで乾燥まで終わったので取り出す。タオルはフワフワになっていて非常に満足のいく仕上がりでこれはよいものを買ったぞと喜んだのも束の間、なんだか洗濯物が臭いことに気づいた。
生乾きのような生臭さではない。嗅ぎ慣れない人工的な感じの臭いだ。
中古だからカビとかもあるのかと疑問に思いつつも二度ほど槽洗浄をしてみたがその後も洗濯物からは妙な臭いが残り続けた。
まあそのうち改善するだろうと思い臭いはあまり気にしないようにした。
しばらくしてから身の回りでおかしなことが起こり始めた。
ある日キャンパスで友人とすれ違った際に友人がわざわざ振り返って「おう、色気付きやがってー」と囃し立ててきた。もちろん意味がわからず反応できずにいる間に友人は行ってしまった。
別の日、研究室で助教授とディスカッションしていると助教授が突然少し眉をひそめて言葉を選ぶように「分析結果に影響出るからあまり強い香りのものはつけないように。ラボに入る時に注意しましたよね?」と淡々と叱責してきた。
その時はついすみません、気をつけますと謝ってしまったが当然香水の類はつけてはいない。
さらに2年付き合ってた彼女と出かけてたら彼女から「もしかして浮気してない?」と問いただされた?身に覚えがないしなぜそう思うのか聞くと、うーん、なんとなく・・・みたいな歯切れの悪い感じであった。
そんななんだかもやもやすることがたまに起こるような日々が続いていたがある日、ラボでいつものように研究していると突然彼女からラインが届いた。
見てみると
「やっぱり浮気してるじゃない
最低
合鍵はポストの中に入れたから
さよなら」
相変わらず身に覚えがないのですぐに返信するが一向に既読はつかない。通話も繋がらないのでこれはブロックされたなと気落ちした。
しかし彼女は何を誤解したのだろうか?
ラインの文面から自分の部屋に来て何かを見て誤解したのではと推測した。
しかし誤解されるようなものは何一つ部屋にはないと思うのだが・・・。
女子目線のヒントをもらおうと研究室の後輩の女の子に今の状況を説明して助言を求めると
「あー 彼女さんが何を見たかはわかりませんが、最近先輩彼女変わったのかなぁとか思ってましたよ。今までしてなかった女物の香水の匂いしてましたから」
後輩の発言に思い当たることがあり、カバンに入れてた洗濯済みのハンカチを後輩に嗅いでもらった。
「そうですね、女性向けの香水の香りしますね。結構強いと思うんですが気付きませんでした?」
そう言われたがこれは本当に香水の香りなのか?あまりそういうのに詳しくはないが正直不快寄りな臭いだ。
とにもかくにも洗濯物からする変な臭いはなんらかの
香水のものだったことがわかったので家に帰って洗濯機を調べてみる。
洗濯槽内や乾燥機能のための空気用のフィルター部分など目立つところには異変は見当たらない。
ただフィルターからはやや強い臭いがしたように思えたのでその周辺をより丹念に調べてみる。
フィルターを外すと洗濯槽に繋がる空気の通り道の穴が露出する。洗濯物を乾かすために湿気た空気を排出ための排気孔だろう。
排気孔は縦10cm横15cmほどありそうだが安全のためか樹脂製の格子のようなものがついているので手を突っ込むことはできない。
仕方がないので30cm物差しを持ってきて中に突っ込む。
穴の中に入れるとすぐに物差しは何かにぶつかった。ただ感触的には洗濯機のパーツのような硬そうなものではなくフワフワした物のようだった。
物差しで掻き出せるか試してみたが滑ってうまくいかない。
少し不安ではあったが樹脂製の格子をニッパーとペンチで捻り切って、完全に開いた穴に手を突っ込んだ。
指先にふわっとした感触。
埃の塊?
とりあえず指で集めて摘んで引き抜いてみた。
自分の手の中のものを認識して怖気が走った。
それは埃にまみれた大量の長い髪の毛だった。
うわっと思わずその毛の塊を床に投げ捨ててしまった。
見た瞬間は焦ったが床に落ちているものがただの髪と埃であることを確認して少し冷静になった。
改めてよく見る、色は薄い茶色〜クリーム色みたいな色、10本や20本どころではない、100本近い。しかも取り出したのはほんの一部だ。一体どれだけ詰まっているのか見当もつかない。
恐らくだが前の持ち主が杜撰な使い方をしていたために排気孔内に髪や衣服の埃が溜まってしまい、それらに染み付いていた香水の匂いが乾燥のたびに自分の衣類に移っていたのだろう。
流石に気持ちが悪いのでビニール手袋をして穴の中を掃除する。
髪と埃の塊はうんざりするほど詰まっておりこれでよくぞ壊れなかったものだと感心しながら黙々と作業をしているとカサっと指に触れるものがあった。
奥に落ちそうになるそれを指でなんとか摘んで引き抜くと4つ折りにされた1枚のメモ用紙か何かだった。
髪だけでなく紙まで・・・などと一人呟きながらその紙もゴミ袋に投げ入れようとした瞬間なぜかその紙を開いてみたくなった。
洗濯機の構造的に髪や埃のような小さいものはともかくメモ用紙のようなサイズのものが自然にこの排気孔に到達することはないはずだ。
この排気孔側から誰かが人為的に入れない限りここにあるはずがない。
見てはいけないと思いつつも好奇心に煽られて手は勝手に折られた紙を開いてしまう。
紙には一言だけ
「ずっと一緒だよ」
ととても綺麗な字で書かれていた。
とりあえず謎は解けたので誤解も解くために友人ツテに彼女に連絡を取った。
彼女もことの顛末がわかれば納得するだろうと思っていたが、今度は彼女から友人ツテに返答があった。
「香水の香りも前からおかしいと思ってたけど、あの日あなたの部屋に行ったら知らない女性がいてめっちゃこっち睨んできたんだよ。その時は浮気相手!!って思ったけど。
あれが浮気相手か幽霊かはわかんないけどどちらにせよ関わりたくないからもう連絡してこないで」
残念ながら破局は確定的なものになったうえにさらに大きな問題が発生した
その後すぐに洗濯機と衣服やタオルなどは全てゴミに出して新品のものを買い直しました。
それ以降特に不思議なことも起こっていないのですが中古品は二度と買わないようにしています。
作者礎吽亭雁鵜