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「会社の後輩」
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あいうえお怪談「第18話」
か行・か
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あの日は、4月上旬だというのに、真夏のような暑さに見舞われた。
仕事帰り、同僚のA子から職場の若い後輩たちを誘って、ちょっと涼んでから帰ろうと誘われた。
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行きつけの居酒屋で飲食し、カラオケで踊り歌う。
気心のしれた同僚A子や可愛い後輩たちと、日頃蓄積されたストレスを発散するのも悪くない。
私は、即、快諾した。
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集まったメンバーは、私とA子の他、後輩3名の計5名。後輩の中に一人だけ見慣れない顔があった。
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それとなく、その子に尋ねると、
「今年新卒で入職したT山N美です。担当部署は違いますが、これからお世話になることも多いかと存じます。ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いします。」と、こちらが気圧されるほど丁寧かつ完璧な挨拶が返ってきた。
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「すごいね。あなた。年齢の割には、老成しているわね。」
「親御さんがしっかりした方なのでしょうね。」
感嘆し褒めちぎる私とA子とは裏腹に、N美の1~2年先輩に当たるK代とS恵の二人は、否定も肯定もせず、ただただ押し黙っているだけだった。
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ーありがちな女の嫉妬?まさか、新入社員のN美、この二人からイジメされてないといいけれど。
一抹の不安がよぎったものの、空腹と食欲には勝てず、行きつけの居酒屋の暖簾をくぐり、威勢の良い大将の声を聞いたとたん、それまでのもやもやした感情や疲労感は、一気に消し飛んでしまった。
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実際、飲食していると時の経つのも忘れるほど楽しいものだ。
たわいのない話やハラスメント上司の悪口などでテンションが上がり始め、日頃のストレスが解消されるにつれ、アルコールの量も増えていった。
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だが、意外にも、この日、真っ先に潰れたのが酒豪だったはずのA子だった。
「A子先輩、大丈夫ですか。今、温かいおしぼりお持ちしますね。」
N美がA子の隣席に座り、テーブルに突っ伏し咳き込むA子の背中を擦ったり、汗と涙で汚れた顔を濡れティッシュやおしぼりで拭いてあげたりと、しきりに気遣っている様子だった。
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やがて、A子は、介抱するN美の手を払いのけ、椅子から立ち上がると、カウンターに2万円を叩きつけ、
「ごめん。私、先に帰るね。私ちゃん、あとは頼むわ。おつりはいいから。」
と呟くと、ふらつきながら暖簾をくぐり、脱兎のごとく店を出ていった。
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「ちょっと、大丈夫なの。一人で帰れるの。」
声を上げ、後を追いかけようとする私を、
「ここは私が。」
と、N美が制し、A子の後を追うように暖簾をくぐった。
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都心から離れたアパートに一人で暮らしているA子。屈強な体育会系女子とはいえ、想定外の体調不良。たいそう不安ではあったが、年齢にそぐわずしっかりしているN美に、A子を委ね、その帰りを待つことにした。
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饒舌で快活、時の話題にも精通しているA子と、微に入り細に入り気配りのできるN美がいなくなったことで、居心地が悪くなったのだろう。K代とS恵も立て続けに席を立ち、帰り支度を始めた。せめて、N美が戻るまで待ってはどうかと促したのだが、
二人は、互いに顔を見合わせ頷くと、こちらを一瞥もせず足早に店から出て行ってしまったのだった。
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「なんなの。最近の若い子は。ごちそうさまも、ありがとうございましたも、おやすみなさいの挨拶もないのね。」
多少苛立ちながらも、私は、N美が戻ってくるのを待った。
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K代とS恵の二人が帰り15~20分程経った頃、N美がやっと店に戻ってきた。
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「遅かったのね。A子、だいぶ具合悪そうだったけど。大丈夫だった?」
と尋ねる私に、
「ご心配なく、A子先輩 無事お帰りになられたようですよ。」
息を切らしながらそう応えるN美の額には、うっすらと汗が滲んでいた。
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「そう、良かった。うまくタクシー拾えたのね?」
安堵する私の前で、N美は、にっこりと微笑むと、
「いえ、ご親戚という方が、たまたま眼の前を通りかかって。『私が、家まで送ります。』とおっしゃっいましたので、A子さんは、その方にお任せしました。」
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「はぁ?」
私は、N美の言葉に、一気に酔いが冷めた。
親戚が?たまたま通りかかった?
地方出身で独身のA子。都内や首都圏に親戚など一人もいないと聞いていた。
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仮に居たとしても、こんな時間に、こんな場所でたまたま親戚と会うなどありえない。
「その人、男だった?それとも女?」
「その人、A子に似ていた?叔父さん、叔母さん。それとも従兄弟(従姉妹)。親戚なら似ているはずよね。」
矢継ぎ早に質問する私に、N美は、困惑しながらも、笑みを浮かべながら、ゆっくりと話し始めた。
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「それが、良くわからないんです。」
「わからないじゃ済まされないわよ。」
「でも、うまく・・・説明・・・できません。」
間の抜けたN美とのやりとりに、苛つく私は、更にN美に詰め寄った。
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「どういうことよ。男か女かぐらいわかるでしょ。」
湧き上がる怒りと焦り。
絶望に震える私を前に、N美は、こう言い放った。
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「だって、その人、首から上がなかったんです。」
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以来、私の中で、この会話の後の記憶が すっぽりと抜け落ちてしまっている。
A子は、あの夜以来、行方不明のままで、後輩のK代とS恵は、翌日、会社を辞めたと母から聞かされた。母は、この話をするたび、なぜか号泣する。
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N美の消息については、誰も何も教えてくれない。
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そもそも、あの日会ったきりのN美が、どんな顔をしていたのかすら忘れてしまった。
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深夜になると、パタっと微かな音がして、部屋の小さな窓から、こちらを覗き込む人がいる。
もしかしたら、その人がそうなのかな。
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残念なことに、私には、首から上が見えないんだけど。
作者あんみつ姫
実に久しぶりの投稿。それも、ぶっつけ本番。完全書き下ろし作品となりました。
ご笑覧いただけましたら幸に存じます。