あれから警察に通報、簡単に事情を聞かれただけで解放された
一週間後
大学職員の目がキツイ
警察が大学に来たのだ
「あなた達一年でしょ?警察沙汰って冗談じゃ済まないよ?」
メガネが可愛い女性職員に連れられ会議室へ、ノックして開けると
「おう、木村」
いかにも老刑事、柔和な丸顔、小さいお爺さん
「こんにちは」
何だ?こっちは七三分けに銀縁メガネの神経質そうな若い男
二人がパイプ椅子に座っている
何だか社長と御付きの執事?秘書?
「後藤さん、今回は手柄にならないだろ?」
平気で木村も近い椅子に座る
「いやぁ行方不明者を発見したんだ、役に立ったさ」
薄い白髪を撫でながら笑う
「んで?そっちは?」
木村が若い男に目線を送る
「児島です、木村君の事は全て聞いてます」
軽く頭を下げる執事…いや刑事
「ふーん、後藤さん、そうなのか?」
「俺も定年近いし引き継ぐヤツが必要だw」
「…えーと」
俺は置いていかれてるが?
とりあえず座る
「神崎君だったなぁ、君も尽力してくれたね」
「神崎、一応礼言っておけ、直ぐに出られたのは後藤さんの力だ、この人は俺のアレ知ってる」
俺達は当然取り調べを受けたが一晩で解放された
なんと後藤さんは本庁の警察官
「あ、ありがとうございます」
頭を下げる
木村の知り合いの刑事か…何で刑事?
その後村の経緯を聞いた
平成元年、最後の三世帯が出て行った後の話だ
平成2年、村へ延びていた電線を廃止するため下請けの土建会社が村へ入った、その時従業員の一人が失踪、社員達や警察も入って行ったが見付からなかった
「あのヘルメットだな」
木村が腕組みする
その後大学生の男女も失踪、トンネル手前に車が残されていた
「あの背が高いヤツと…」
女連れて行ったのか…リア充め
そして事件記者が失踪した辺りで有名になり、これ以上騒ぎを出さないためにトンネルは封鎖された
「あんな道があったとはな」
木村が伸びをする
「神社まであったしな」
「そうなんだ、隣町の役場にあった村の地図は現在のモノでな」
茶を飲むと
「昭和30年以前の地図は無かった、これじゃあいくら捜索しても分からんよ…そこでな」
後藤はスマホを取り出して画像を出そうとするが
「後藤さん、タブレットの方が…」
児島が取り出すと画像を開く
「うっわ古いな!」
拡大する木村
「古地図?ってやつ?」
画像には明らかに印刷ではない地図、家の名前や畑の名前が全部手書き
「隣町の寺に残されてた、あの村は元々養蚕と稲作で裕福で、昭和初期はあの辺りで一番の村だったらしい、祭もやってたそうだ」
木村と入り口から辿る、最初の三軒…廃屋の群れ…道の終わり…その先の十字路…何件も連なる家…
「3倍以上デカイ村だったのか…」
ページを送ると
「あ!コレ!!」
「お前が見たのコレか?」
古い写真、神社をバックに子供神輿、そして揃いの鉢巻、着物、半纏の老若男女がズラリと並ぶ
昭和五年と書いてある
「なんでもそのダムの話の時にな」
後藤が児島に振る
「村の公的機関…つまり村役場、郵便局、駐在所、寺、分校も隣町へ引っ越したそうです、国の計画ですから逆らえませんね、中止になりましたが」
「隣町は当時は小さい集落だったがお陰で町になって、元の村が過疎になって行ったんだなぁ、お上に翻弄された訳だよ、高度経済成長の日陰の部分だ」
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「警察は家の中まで捜索しなかったんだな?」
木村は顔をしかめる
「あの三軒も村の土地も県の所有になってるからな、許可貰ったり色々面倒だしな」
後藤刑事が言うと木村が俺を見てニヤリと笑う
『久しぶりだねぇ』
…招かれた
「んで後藤さん、一番大事な話だ、見付かったのか?」
「ああ、都内に住んでてな、話は聞いた、なぁ児島」
「ええ、住民票の動きで特定は簡単でした」
旧姓を小田と言う中年の女性が都内に住んでいる
小田家はあの一軒目
後藤と児島が訪ねると話して貰えた
「なるほど、小学校卒業と同時に」メモを取る後藤とタブレットを操作する児島
「ええ、中学校の入学の時引っ越しました、平成になった年です」
お茶を出す裕福な専業主婦、家も大きく広いリビング
「なるほど、距離は60kmですが…」
タブレットで調べる
「隣の県か、これじゃあなぁ」
頭を掻く後藤
警察同士の縄張り…そんな時代もあったのだ
捜索願いがうやむやかも知れない
まして痴呆老人、遠くに行くとは思わない
引っ越した後、お婆さん(小田のぶ代)さんは急激に痴呆が出てきた
「あの村に居た時はしっかりしてたんですが」
残された墓の世話、農作業、家事と忙しく働いたそうだ
「私が小さい頃におじいちゃんが亡くなって、お墓の掃除は良くやってました、」
「お婆ちゃん、何で他のお墓も掃除するの?」
「みんな薄情でね、置いていかれたご先祖様達が可哀想だろ?」
「お婆ちゃんはボケても徘徊する人では無かったはずなのに…あの日私に言ったんです」
「行ってきます」
自転車に跨がりヘルメットを被る中一女子
「今日はお祭りだよ?どこ行くんだい?」
「もうお婆ちゃん、しっかりしてよ」
その日お婆さんは姿を消した
アルバムを持って
………………
「コレが全てだ、DNA鑑定するまでもなく本人だろうよ」
腕組みする後藤
「きっついなぁ…」
上をみる木村
そうか、その日お婆さんは家を出た、少しのオヤツとアルバムを持って
どうやって辿り着いたか分からないが、確かに帰ったのだ
『我が家』へ
久しぶりの家、旦那さんを台に飾りオヤツを食べていたのだ
幸せだったんだ、それだけで幸せだったんだ
思い出の詰まった家で、アルバムを見て…
旦那さんと一つ一つ写真を見ながら話したのだろう
しかし食べなければ生きられない、オヤツは無くなった
しっかりと戸締まりをして眠りに付いたのだ
そして幼い頃の幸せな夢を見ながら眠ったのだ
アルバムを枕元に置いて
そして村の外から来る客人を案内していたのだ
思い出の祭へ
木村の言う通り悪霊でも何でもない、ただ夢を見ていた、そこに来訪する者を歓迎していたのだ
そして一番鶏の声で目を覚ました
悪意なんてどこにも無い
ただただ純粋、一夜の夢、幸せな夢
それが痴呆と死によって永遠になり行方不明者が出た
それだけだ
「これが『遣りきれない』って感情ですかね」
俺は自分のシャツの胸を掴む
「誰も悪くねぇ…かもな」
木村も脱力している
「憎むヤツが居れば…逮捕出来るやつが居れば…気も晴れるがなぁ」
後藤は最後の茶を啜る
怨みも無い、まして悪霊なんかじゃない
これが顛末
だ…けど…何かが引っ掛かる
「そうそう、行方不明者に共通点がありまして…」
児島がタブレットを操作する
そもそも…俺はなぜ出られなくなった?
もしかしたら四人も出られなくなったんじゃないか?
「親族を遡りましたら…全員あの村の関係者でした」
昭和三十年、村から出て行った人…ダム建設賛成派
木村はトンネルを…通れなかった
「そういえば村長は神社の神主も兼任していた様で…」
行方不明者が出たから閉鎖されたんだろ?
俺はなぜそこを通れた?
「神崎という家だったそうですが…偶然でしょう」
気が遠くなる、頭がフラつく
俺の家は先祖代々の墓は無い
怨み、怨みの始まり…
神社は風化してああなったのか?
違う、焼けた跡が…
村に残った反対派に
率先して出て行った村長を怨み…
全ての始まり…
「さて、じゃあな木村、神崎君、また協力してくれ」
二人が立ち上がり出て行く
立ち上がれない
「!、どうした?神崎?」
木村の声が遠い…ヤバい、起きろ俺、聞くんだ
「なぁ、木村、お前はどうやって……村に入った?」
「いや、ク◯してたら上に霊が大勢見えてな、何かあると思ってよ」
あぁ、やっぱり
「登って行ったら墓場だろ?降りるの面倒だからそのまま…おい!」
「久しぶり」
呼んでない、お婆さんは招いていない、あのお婆さんは久しい来訪者を歓迎していただけだ
そうだ
自分の幼い頃の幸せな夢に訪れた『元村人の子孫』を祭に誘っただけだ
俺を、他の行方不明者を呼んでいたのは…閉じ込めたのは…
思いうかぶ、あのトンネル
何だ?…頭がフラつく…トンネル…天井から無数の目が見ている
恨んでいる、賛成派の子孫を
怨んでいる、自分達を捨てた子孫を
悪霊は居ない、確かにいない、剥き出しの意思だ、ストレートな思いがあるだけだ
「おかえり」
獣の唸り声の様な声が響いた気がした
俺は意識を失った
作者天海つづみ