かなり昔のお話。
Nさんは知人から不思議な絵画を譲り受けた。
その絵画には、笑顔の少女がこちらに斧を受け渡そうとしている様子が描かれていた。
絵画の中の少女は森の中にでもいるのか、足元には枯れた草花、そして少女を取り囲むように茨が茂っていた。少女は裸足で、茨の中に閉じ込められているように見えた。
絵画の表す世界観についてNさんはよく分からなかったが、その少女がどことなく自分の娘に似ている気がして、Nさんはその絵を自分の寝室に飾ることにした。
その絵の何が不思議なのか。
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その絵を見ていると無性に身体を動かしたくなるのだ。ちょうど絵画の中の少女から斧を受け取って…。
力いっぱい、力いっぱい斧を振りかざしたくなる。
Nさんは、これはちょうどいいと思い、薪割りの前にはその絵画に目をやることにしていた。
あるとき、いつものように薪割りを終えたNさんは、身体が重く、自分の寝室に直行した。
いつもは仕事終わりには自室に行かず、夕食までリビングで過ごす。
このところ、暑い日が続いたのもあってか、Nさんは少々バテていた。
Nさんはシャツを脱ぐと下着でベッドに寝転がった。
ふと絵画の少女と目があう。
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あんなにも身体が重かったのに。疲れ果てていたはずなのに。Nさんは無性に身体を動かしたくなってしまって庭に出た。そして片付けたはずの斧を取り出して、一匹の野ネズミを殺した。
野ネズミは鳴くことさえなく、脳を割られ、周りの草を血で赤く染めていた。
Nさんは我に返った。
Nさんは温厚な人で害獣駆除にだって慎重だった。
それを自らの衝動で…。
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「お父さん!」
後ろを振り返ると笑顔の娘が立っていた。
「お父さんの斧、これでしょう?」
自分の手元を見ると、持っていた斧は錆びついたもので、以前に使っていたものだった。衝動のままに取り出したから間違っていたのだろう。
「…ああ、そうだな」
娘は父に向かって笑顔で斧を差し出した。
衝動が止められなくなる。
脳の奥が狂ったように熱くなって、Nさんは娘から斧を奪い取った。
「お父さん…?」
今にも目の前の愛する娘の脳天をかち割ってやりたい
いや!
俺は何を考えているんだ!
Nさんは斧を手から落とすと、娘を抱きかかえて慌てて家に戻った。
呆然とする娘をリビングに連れていくと、Nさんは、自室へとあがり絵画を持って再び庭へ出た。
渾身の力でNさんは斧を絵画へと振り下ろした。
絵画が歪に割れて少女の顔が歪んだ。
笑っている。歪んだ顔の少女は恍惚の表情を浮かべていた。
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後になってNさんが聞いた話。絵画の中の少女は重罪人で、斧を使って生き物を蹂躙していたようだった。小動物から身近な人間まで…。少女はこれから自分がその斧で処刑されるのを知ってか知らずか笑顔を浮かべている。
Nさんが恐れていることがある。
「私も薪割りがしてみたいの。斧の使い方を教えて」
娘がそう言ってくることだ。
娘は成長して、ますますあの絵画の少女に似てきている。
作者六雀