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「あいうえお怪談」か行・け
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第21話「警察官Tが体験した話」
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毎年、10月13日になると、思い出す話がある。
それは、子どもの頃、蚊取り線香の煙漂う蚊帳の中で、いつも冗談を言っては、私達を笑わせてくれたT叔父が、真剣な眼差して語ってくれた実話怪談である。
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怪談を語るには、些か時期外れのようにも感じられる方も、中には、いらっしゃるだろうが、怪談好きな私は、むしろ、時期外れだからこそ、記憶の奥底から蘇るこの話に、より一層深い魅力を感じるのである。
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さて、前置きはこのくらいにして、早速、この話の全容ををご紹介しようと思う。
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叔父Tは、長年、◯◯県警に勤務していた。
◯◯県は、主要な都市は少なく、自然そのままの山や谷、海や川や湖に面した小さな町や村が多い。そのため、高度経済成長を遂げる昭和の中頃までは、人里離れた場所を訪れるのに、多くの時間と労力を費やした。
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鉄道やバスといった公的交通機関はおろか、道路整備もろくに出来ていないような場所が大半で、その代わりといってはなんだが、事件事故は、年に数回ある程度であった。
大きな犯罪は、少なく、留置場送りになるような刑事事件を犯すものは、ほとんどといっていいほどいない。古き良き時代に生まれ落ちたTは、実にのどかな日々を送っていた。
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このままずっと、次の転勤先まで安穏に過ごせるといいなぁと思っていた矢先、ここから20キロほど離れた◯☓村の駐在所から、電話がかかってきた。
「△■◯部落で、赤ん坊とその母親 家族全員が亡くなった。事故か事件が分からないが、自分ひとりでは手に負えないから。すぐに来てほしい。」との緊急の援助要請だった。
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「ちょっと待ってください。今、位置を確認します。」
受話器片手に、△■◯部落とやらを地図で検索するも。それらしき場所が見つからない。
赴任してきて半年にも満たない若造に加え、同じ県内出身とはいうものの、Tは、元々地元の人間ではない。焦って場所を聞くも、相手の声は、訛と独特のイントネーションで余計聞き取りにくい。
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「場所、よくわかんないんで、もう少し詳しく教えてくれないっすか。」と返答するも、「とにかく、早く来てくれ。早く。」の一点張り。しまいには、絶叫に近い声を発しプツンと通話が切れてしまったのだった。
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Tは、事故か事件か定かではないが、駐在所始まって以来の事態が起こったに違いないと、予め、■◯市にある県警支部に、その旨を伝え、ここを留守にするから誰か交代要員を送ってほしいとお願いした。
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ところが、緊迫感と緊張感でまくしたてるTに対し、受話器から聞こえてくる声は、困ったような間の抜けたトーンで、イマイチ、状況が掴めずもたついている様子だった。
立て続けに三人代わり、最後、年配の警部補に受話が渡った。
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開口一番。
「はぁ?◯☓駐在所。何いってんの。君、頭大丈夫。えーと、ちょちょ・・・まぁ、慌てるな。あそこはなぁ。」
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警部補は、何やらブツブツと話していたが、まだ若くて経験の浅いTは、耳を傾ける余裕がない。「人が、それも赤ん坊と母親他数名が亡くなったとのことですよ。悠長なことを言ってはいられません。今からすぐバイクで駆けつけますから。」と返し、会話をぶった切るかのようにガチャンと大きな音を立て受話器を置いた。
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それから、外に置いてあったバイクに跨がり、件の駐在所を目指し快調に走り出した。
「大事なことはちゃんと伝えたからな。頭がいかれているのはオメーのほうだろう。はぁ?ちょっと待てだと。この状況下で、悠長なことを言ってはいられないだろうが。」
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電話でのやり取りを思い出すと、怒りが湧いて来てしまう。更に、スピードを上げた。
本来なら、速度超過で懲罰ものだったにちがいないが、そんなことは意に介さず、猛スピードで走り続けた。
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快調に飛ばしていたTだったが、◯☓村に向かう農道に差し掛かると、あろうことか、急に雨が降り出した。雨足は、どんどん激しくなっていく。今朝のラジオでは、この地方は、終日「晴れ」の予報ではなかったか。
「まいったな。こんな時に。」
Tは、雨足がますます強くなるのを感じ、厚い雲に覆われた灰色の空を苦々しく見上げた。
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その時、厭な胸騒ぎを感じ、急いで背後を振り返った。
警察官になって初めて味わう「恐怖」であった。
誰かいる。
確かに、人の気配がする。
それも、複数だ。
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複数の明らかに悪意を持った誰かに、見張られているような、殺気立った空気を感じ、背後を振り向くも誰もいない。
聞こえるのは、雨が地面を叩きつける音だけだ。
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Tは、一旦バイクを止め、
「落ち着け。落ち着くんだ。気のせいさ」
と自分に言い聞かせながら、後ろに積んであったゴムの作業用雨合羽を着て再びバイクに跨った。
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雨と泥にハンドルとタイヤを取られそうになりながら、地図で△■◯部落までの道のりを何度も確認し、やっと◯☓村駐在所に着いた。
眼の前にあるのは、駐在所とは、名ばかりの、今にも朽ちてしまいそうな古びた建物だった。
こ、ここが、◯☓駐在所???
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「すみません。電話をいただきました。■△町から来た今年配属された巡査のS・Tですが。」
◯☓駐在所は、空き家同然で、もう数年、いや10年以上誰も住んでいいないかのようであった。
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駐在所の中に足を踏み入れるたびに、何度も声を掛けるが、いるはずの警官はおろか、村人、犬や猫、虫やネズミ、ゴキブリ一匹の気配すらしない。ここだけ時間が止まっている。まるで、生気を感じないのだ。
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なぜか、戸は、開け放たれており、おそるおそる足を踏み入れると、茶色く変色した古いポスターや張り紙、周辺の地図が壁一面に貼られ、ある場所一帯に赤く大きな丸印がしてあった。
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ここが、例の△■◯部落のある地域一帯なのだろう。
地図の隣の黒板には、白墨独特のところどころ掠れた文字が見て取れた。
そこに書かれてある文字と内容を見て、Tは、思わず後退りした。
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昭和3☓年10月13日(金)△■◯部落 5名◯亡確認。死因原因不明。捜査中。
県警より鑑識来る予定も、大雨により延期。
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「まてよ。10月13日。今日じゃないか。こんなことってあるかよ。」
その時、眼の前に有る黒電話が、けたたましい音を立てて鳴った。
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急いで受話器を耳に当てると、耳元で若い女の泣き叫ぶ声がした。
「おまわりさん、お願いだすけ。助けでけろ。このままでは、殺(や)られでしまう。」
「この子と幸せになりたいだけなのさ。なのに、なして、なして。天は、味方になってくれねぇのよ。」
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電話線の先を目で追い、Tは、恐怖のあまり外に飛び出した。
電話電など、とっくの昔に切れている。
かかってくるはずがないのだ。
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飛び出した拍子に、濡れた路面に足を滑らせ、捻れた態勢のまま、身体を地面に打ち付けてしまったらしい。激痛が身体全体を覆い、身動きができない。捻挫でもしたのだろうか。最悪、骨折だけは免れたようだが、そんなTを容赦なく叩き付けるように激しく降り続ける雨。
「た、助けてくれ。いてぇ。いてぇよ。」
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「誰か、いないのか。誰か、来てくれよ。」
Tは、ありったけの力を込めて、叫び続けたが、声は、豪雨の音に掻き消されてしまう。
Tは、痛水戸情けなさ虚しさを感じ、その場に突っ伏し号泣した。
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その時だった。
ざっ、ずぶっ、ざっ、ずぶっ、ざっ、ずぶっ、
横たわるTの頭側に当たる方向から、雨水を踏みしめるように、こちらに向かって歩いてくる数人の足音が聞こえてきた。
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一人、二人、三人
三種三様の足音は、Tのそばまで来ると、一旦止み、
今度は、
ザザザザザザザザとTの周りを取り囲んだ。
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かろうじて首から上、頭を動かすことは出来たから、見ようと思えば見えただろう。
また、声を出すことも出来たとは思う。
だが、警察官の勘と自分の中の第六感が働いた。
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ここで行動を起こすことはまずい。
Tは、とっさに機転を利かせ、わざと気絶したように見せかけ、その場を逃れることにし
た。
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Tを取り囲んでいた一人が、Tの前にかがみ込み、そっと耳元で囁いた。
「知らねーほうがいいこともある。余計なことはすな。さっさとここをいね。」
「・・・・・・・。」
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嗄れた声の主は、かなりの高齢者。それも男性のように聞こえた。
すると、今度は、左脇にいた もう一人がTの足元に立ち、蹲(うずくま)るTの左右のふくらはぎを、これ以上ないというくらいの力で蹴飛ばした。
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「しらねぇふりしやがって。わがっているんだぞ。」
激痛に更に激痛が加わり、声を上げそうになったが、Tは、必死に耐え続けた。
「おめぇ、自分のしたことがわがっているんだべな。」
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次々に、罵詈雑言を浴びせられ、背中、下肢、頭、腹、尻、全てに蹴りを入れられた。
「返事しろ。返事。」
「このくそやろう。おめぇのせいで。」
「ぜってぃにゆるさねーからな。」
「んだな。」
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「わがったら、さっさと、ここからいね。」
「いねじゃ。」
「いね。よそもの。」
「いね。」とは、この地方の方言で、「いなくなれ」「立ち去れ」という意味である。
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「おめーにも、もうすぐ赤ん坊が生まれるべぇがら。」
はぁ?
たしかに、Tには、交際相手がいた。
だが、結婚を意識するまでには至っていなかった。
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こいつら、一体、誰のことを話しているんだ。
Tは、頭を抱えたまま、気絶するふりを続けた。というより、実際、激痛に耐えかねて、気絶していたにも等しいと、後に笑っていた。
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気がつくと、あたりはすっかり日も暮れて、激しかった雨も止んでいたそうだ。
ボロ雑巾のようにクタクタになり戻ってみると、代わりに派遣されてきたと思しき、若い警官が、不安と安堵の入り混じった今にも泣きそうな顔で迎えてくれた。
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子どもの頃、蚊帳の中で聞いたTの話は、ここで終わっていた。
後から知ったのだが、Tの実話怪談を最後まで聞いていたのは私だけのようだった。
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翌朝、一つ下の従姉妹は、つまらなかったから寝たといい、Tの長男に至っては、思いのほか長かい上に、途中で聞きたくなくなったから、さっさと寝ることにした。話の内容までは、覚えていないと。他二人の従兄弟と従兄弟は、よく、起きていて最後まで聞いていられたね。すごいわ。と、口々に話していた。
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Tは、全員寝たと思っていたら、私だけ起きていたことに驚きを隠せないようだったが、
いつもの笑顔で、「どうだ。怖かっただろう。夜中トイレに起きれなくなって、おねしょするなよ。」
と言って、私の頭をぐりぐりと撫で、蚊帳の外へと出て行ったのだった。
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当時の私には、イマイチよく理解できなかい話だったが、ただ、胸の奥底から、なにか込み上げるような深い悲しみと痛みに襲われたのだけは覚えている。
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あれから、時を経ること10数年。
大学生の夏休み。
Tが出張で上京するらしいから、久しぶりに親戚一同、宴会でもしないかと叔母から連絡があった。
ちょうど、実習も終わり、試験までまだ間があり、私は、二つ返事で叔母の家に駆けつけた。
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その日は、お盆がが近いということもあり、誰からともなく繰り出した怪談話で大きく盛り上がった。
私は、皆の怪談話が一段落ついたのを見計らって、結局、あの話の続きは、どうなったのかとTに聞いてみた。
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「いやー、よく覚えているなぁ。ゆかりちゃん、記憶力いいねぇ。あれは、なぁ。俺の中では、なかったことになっているんだよなぁ。後から、かーちゃん(奥さん)とねえちゃん(私の母)に しこたま怒られたしさ。」
Tは、鼻の頭を掻きながら、ウィスキー片手に、あの話の続きを語ってくれた。
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翌々日、県警〇〇支部に呼ばれたTは、警部補からこってりとお叱りを受けた後、夜は、居酒屋と◯△市の中で、有名な美人ダンサーのいるキャバレーに連れて行かれ、楽しいひとときを過ごしたとのことだった。
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その時、同行していた◯☓村出身の先輩警官から、△■◯部落にまつわる話をいくつか聞いたらしい。
県警では、この手の話は、タブー扱いになっていたとのことだった。
当時としても、かなりデリケートな問題を含むからだろう。
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◯☓村には、昭和の中頃まで、たしかに駐在所があったが、高度経済成長が進み、離村する人が跡を絶たず、当時、○○県初の廃村となった場所なのだという。
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件の△■◯部落は、◯☓村より更に西に5キロ離れた地域にあり、四方を小高い山に囲まれた、すり鉢状の土地にあった。夏は暑く、冬は寒い。そんな過酷な自然環境と地形のためか、外部との交流はあまりなく、近親結婚が多かったらしい。
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Tの先輩の話では、近親結婚が原因なのか、異形のモノと見間違うほどの姿形をした人たちが、多かった。外部からの人間を寄せ付けなかったのは、そんな事情があったからかもしれない。
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彼らは、互いに肩を寄せ合い、労わり合いながら暮らしていたのだという。
死産流産は、日常茶飯事。産まれてきても、顔の一部が破損していたり、手足の指が欠損していたり、人の姿をしていなかったり、その上、重篤な病気や◯害を持って産まれてくる子が、多かった。
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ただ、中には、健常な状態で産まれてくる子もいた。
そんな環境の中では、羨望の眼差しで見られることも多かったと思う。、
例の赤ん坊とその母親と老若男女あわせた5人が亡くなった件なんだが。
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ある若い母親は、雨の降る早朝、赤ん坊を連れて、この部落から出ていこうとしていたらしい。まぁ、母子ともに、普通の生活を送りたかったんだろう。
ところが、ちょうど、同じ時期に赤ん坊を産んだ隣家の母親が、その事に気づき、若い母親の家族に、告口したらしい。
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その件で、激昂した夫や舅姑に、行く手を阻まれ、それでも、なんとかして逃げようと護身用に携帯していた匕首で必死に抵抗を試みたんだが、逆に、致命的な大怪我を負ってしまったらしい。
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その上、運悪くその日は、この地方には珍しく激しい豪雨が襲いかかった。元々△■◯部落は、すり鉢状の地形だったため、瞬く間に部落全体が泥流に飲まれてしまったのだという。
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若い母親は、瀕死の重傷を置いながらも、赤ん坊だけは、なんとか助けてくれと哀願したそうだが。
気がつくと、母親の腕の中で、赤ん坊は、既に冷たくなっていたのだそうだ。
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それを見て、半狂乱になった母親は、赤ん坊もろとも、ごうごうと流れる川の中に身を投げたのだが、その時、対峙していた肉々しい夫や舅姑たちの足を掴み激流の中に、三人を引きずり込んだ(らしい)と言われている。
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私は、この話の全容を語るようお願いしたことを後悔した。
「ごめん。聞かなきゃよかった。10月は、結構、好きな月なんだけど。」
「だろ。それに、13日は、たしか、姉(私の母)さんの誕生日だったよなぁ。」
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母は、
「だから、翌朝、この子からその話を聞いて怒ったのよ。子どもにする話じゃないでしょ。」
Tの妻(私の叔母)も、
「それに、あの時、私、2人目を妊娠していたのよ。ホント、何考えているんだか。」
「ごめんなさい。また、叱られちゃったね。」
私の一言に、皆が爆笑したのが、せめてもの救いだった。
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廃村になる数年前に、◯☓駐在所は、なくなったはずだ。
だが、時々、Tのように赴任して数ヶ月たった10月13日に、不思議な怪異に遭遇する若い警官がいた。
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それも、昭和40年を過ぎた頃には、都市伝説化してしまい、平成の大合併が実施されて以降は、そんな村落があったことすら覚えている人は少なくなったと話していた。
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Tは言う。
警察官は、医療関係の仕事をする人たち同様に、怪異に遭遇することが多い。いちいち言わないだけだと。
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人と関わる仕事、それも、艱難辛苦を伴うだけでなく、どちらかといえば負の部分。つまり人間にとって、マイナスの面に触れることが多いからだろうと話していた。
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毎年、この季節を迎えると、今はなき村落にまつわる恐ろしくも悲しい怪談話と、ウィスキー片手に、周囲を笑顔で満たしてくれたT叔父のお茶目で愛嬌のある笑顔が懐かし蘇るのである。
作者あんみつ姫
「あいうえお怪談」
第21話目のお話です。
やっと、か行・け まで来ました。笑
警察官が話される怪談は、臨場感があり、たいそう怖い話が多いですね。
なぜか、霊感の有る方も多くいらっしゃるようです。
お楽しみいただけましたら、幸に存じます。