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「あいうえお怪談」
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「さ行・そ」
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第35話「双眼鏡」
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父方の祖父は、私が生まれる10年ほど前に、既に他界していた。
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遺影と古いアルバムに貼られた写真から判断するに、俳優のような爽やかなイケメンに思えるのだが、両親や年の離れたふたりの兄、親類縁者から伝え聞いたところによると、その人となりは、頑固で偏屈。かなりの吝嗇(りんしょく)家(ケチという意味もある)で、少々癖のある人物だったらしい。
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祖父を知る人の話によると、吝嗇家、いや筋金入りのケチなので、購入するものは、質流れ品とか中古品ばかりで、時に、使い物にならないようなものを買ってきては、呆れられる日々。
それでも、飄々と楽しそうに過ごしていたというのだから、いささかおめでたい。
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ただ、ガラクタばかりの中に、ひとつだけ、学術的、歴史的にも非常に価値のありそうなものがあった。
それは、なんでも、「日露戦争」の時に、実際に、某有名将校が、使用していたのではないかと思われる「双眼鏡」である。
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祖父の遺品として、さぞ、大切に保管されているのかと思いきや、父は、真贋を確かめる気にもならなかったのか、その逸話すら胡散臭いと思っていたのか、理科の授業の一環として行われる月食の観察に持っていかせたり、兄たちや私の玩具同然の代物になっていた。
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私は、「双眼鏡」から見える独特の風景、景色が大好きだった。
兄たちが使っていると、「お願い。見せて。」と取り上げ、毎日毎日、飽くことなく四六時中眺めていた。
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ごくありふれた田舎町の景色に変わりはないが、なぜか、この「双眼鏡」をあてていると、違う世界に行けるような気がした。
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ある日、その「双眼鏡」が急にいなくなった。
血相を変えて探してみたが、なかなか見つからない。
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家中をあたってみて、滅多に行ったことのない仏間に足を踏み入れた。
ひんやりとした空気と、締め切った窓、真新しい襖に、破れ一つない綺麗な障子。
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自分の家ではないような気がして、緊張しながら奥に歩を進めると、大きな仏壇の前に、件の「双眼鏡」が ぽつんと置かれていた。
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私は、嬉々として駆け寄り、手に取ったのだが、子どもに玩具状態に扱われている、いつもの「双眼鏡」とは異なる雰囲気を醸し出している。
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仏間は、四畳半。我が家で一番、小さな部屋だ。
狭くて暗い。見渡すと、あたりは、祖父の遺品と思われるものが並んでいた。
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私は、「双眼鏡」を取り上げると、いつものように両目に充て、あかりを取るために、仏間の障子を開けようとした時だった。
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パーンパンパンパン
ドドドドドドド
うわー、いけー いけー すすめ すすめ
激しい破裂音が怒号とともに耳元に聴こえて来た。
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目の前が、真っ赤に染まったとたん、
身体中が激しい痛みに襲われた。
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激痛の中、双眼鏡を目から離さず、尚、立ち続けようとする強い意志。
私の頭の中は、パニックになっていた。
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双眼鏡を目から離そうとしても、離れないのだ。
「駄目だ。駄目だ。こんなところで死んではならない。」
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いやいやいやいやー。
私は、ありったけの声を上げ、頭を振った。
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「どうしたの。何があったの。」
母の声と、兄ふたりと祖母が駆け寄る姿が見え、ホッとした私は、その場に眠るように横になった。
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「助かった。よかった。
畳の匂いが、ひんやりとした空気とともに私の身体を包む。
いつしか、深い眠りに落ちていた。
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双眼鏡を覗く私の目に、着物を着た綺麗な女性がほほ笑み、こちらを向いて立っている。
その女性の隣に立つと、嬉しそうに走り寄り、右腕に左腕を絡めて来た。
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公園と思しき場所を散歩した後、女性とともに 大きな池の前にやってきた。
しばらく、そこで、話をしていたが、女性の顔が急に明るくなり、池の方を指し、こちらを向いた。
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女性が指さす視線の先には、とても美しい鳥が、水面のそばに羽を休めていた。
「か・わ・せ・み」
「き・れ・い」
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そう呟くと、女性は、急に手のひらで顔を覆い、肩を震わせた。
―泣いているんだ。
女性の肩を、トントンと二回叩き、両腕で抱きしめた。
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夕餉の味噌汁の匂いが鼻を掠める。
ゆっくりと目を開けると、そこは、いつもの居間であった。
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「ゆかり起きたみたいだ。」
長兄が、大声で叫ぶと、父が、「やれやれ。」困ったような申し訳ないような顔をして、私の元にやって来た。
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「この「双眼鏡」は、今日からは、絶対に触れたら駄目だぞ。」
と言った。
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それ以来、私は、一度も祖父の「双眼鏡」を目にしていない。
そもそも、どこに行ったのかすら、解らない。
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祖母や父母、ひいては、兄ふたりに尋ねてみても、あの日、なぜ、仏間に件の「双眼鏡」が置かれていたのか、全くわからないというのだ。
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しばらくは、腑に落ちなくて、悶々としていたが、歳を重ね、小学校も高学年になると、いつしかすっかり忘れてしまっていた。
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今回、怪談を書くにあたり、記憶の奥底を辿っていくうちに、あぁ、そういえば、っこんなことがあったなぁ。と、思い出した。
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骨董品や中古品のように、一度誰かの手を経たものには、残留思念のようなものがまとわりついているのかもしれない。
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購入する際は、そのことを踏まえ、更に、取扱に関しても、十分注意しなければならないと思った次第である。
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作者あんみつ姫