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「象の檻」-ハロウィンの宵祭-        

長編10
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「象の檻」-ハロウィンの宵祭-        

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「あいうえお怪談」

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「ざ行・ぞ」

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第36話「像の檻」

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-ハロウィンの宵祭ー

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「象の檻」って知ってるかな。

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週末の居酒屋で、ハロウィンに浮かれる若者たちを横目に見ながら、Oさんは、ウィスキーのオンザロックを手に、ゆっくりと話し始めた。

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Oさんは、米軍基地のある地方の小さな町で生まれ育った。

そこは、かつて米軍軍事通信の傍受施設を有する基地があり、巨大な円形ケージ型アンテナを有した 通称「象の檻(オリ)」と呼ばれる施設が設置されていた。

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その名の通り、形状は、まさしく、動物園の象を入れる檻(オリ)を連想させ、

かなり遠方からでも、はっきりと目視できた。

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人工衛星、通信衛星がなかった時代、旧ソ連とアメリカの冷戦時代を象徴する鉄のカーテンが幕を下ろしていた頃は、世界各地に存在し、通信傍受には欠かせない極めて重要な役割を果たす施設でもあった。

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米軍基地に、どれほどの軍人とその家族が在住していたかは定かではないが、「象の檻」の存在は、この小さな町が、米軍基地を中心に回っていることの象徴でもあった。

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Oさんは、高校を卒業し、その町を離れ、上京、都内の町工場に就職した。

2年前に定年を迎え、今は、嘱託で週5日警備のアルバイトをしている。

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50代の頃、肝臓を悪くしてからは、酒もタバコも一切辞めた。

もちろん、女は、かーちゃんだけですよ。と言って笑っていた。

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今でこそ、超真面目人間だが、中学高校時代は、何度も警察のご厄介になるほど素行が悪く、近所中の鼻つまみ者だったという。

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父親は、ろくに仕事もせず、朝から酒を煽るようなダメ男。母親は、基地から少し離れた場末の歓楽街で、ホステスをしていた。時に、身体を売るようなこともあったらしい。

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そんな家庭環境が災いしてか、Oさんは、ろくに学校にもいかず成績はオール1。

自分と似たような境遇の仲間たちとつるんでは、迷惑行為を繰り返していたらしい。

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Oさんの仲間内でも、筋金入りの「ワル」がいた。

そいつは、タケルと言って、歳は、Oさんや他の仲間より、1つか2つほど上だった。

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がっしりとした体格で、中学校に入学した段階で、既に、身長は180㎝超、体重は、70㎏以上はあったという。

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およそ、子どもらしさのかけらもない凄みのある面相。両眼は、奥二重の三白眼。鼻は、大きく、眉間には、三日月型の大きな傷跡がついていた。

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なんでも、隣町の不良グループにそそのかされ、無謀にも、崖の上から滝壺へバンジージャンプを決行した時についた傷だと眉間を指さしながら語った。

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「あいつら、木に結んでいた綱がほどけたとわかったら、ビビって。我先に逃げやがってよ。俺は、そのせいで、岩に頭ぶつけて、滝壺が、血で真っ赤に染まったんだが、まぁ、生命には別状なかったってわけだ。」

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ひとりひとり睨みつけながら、肉食恐竜のティラノサウルスのような面相で、そんな話をするものだから、ションベンちびった奴もいた。

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タケルは、ろくに学校に行っていないのに、頭脳明晰で、電卓を使わなくても、暗算でかなり高額な金勘定が出来たし、頭の回転も早かった。

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誰に習ったのか地元商店街に出没する米軍基地の若者たちと、流暢な英語で会話する。大人たちと接する時の卒のなさ、変わり身の速さと、あざとさには、誰もが舌を巻いた。

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そんなポテンシャルの高さを武器に、思いつく限りの悪事の数々を繰り返すタケルに顎で使われるだけのOさんとその仲間たちであったが、リーダー格のタケルを尊敬のまなざしで見つめる一方で、いつか、取り返しのつかない事態を引き起こすのではないか、と不安と危機感を抱くようになっていった。

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所詮、10代の子どものすることだ。たかが知れてる。

きっと、しっぺ返しが来ると。

そうなる前に、「逃げよう。」とタケルがいない時に、仲間たちで話し合っていた。

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ある日、タケルが、基地に隣接してある「象の檻」を指さして言った。

「俺、近い内に あの中に入ってみるわ。」

「だ、だめだって。あそこは、絶対に無理でしょ。。」

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「檻は特殊な鉄で出来ていて、電流が流れているし、そばには、警備員がいるだろうし、基地内では、モニターで常時監視されているんじゃないか。」

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その場にいる皆が、ブーイングし、拒みながら後退(ずさ)りするものもいた。

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タケルは、ニヤつきながら、

「お前ら、本当に馬鹿だな。いくら俺でも、あの高さの檻をよじ登って、中に入れるわけがねーだろうが。バンジージャンプは、二度としたくねぇよ。」

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「じゃぁ、どうやったら、あの中へ入れるんだ。」

「おい、O。明日は、なんの日かわかるか。10月31日だ。」

「・・・・・・。」

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「ちっ、これだからよ。お前ら、本当に基地の町に住んでんのか。1年中、あいつらと暮らしているじゃねぇか。定番のイベントがあるだろうが。」

Oさんの後ろにいたB夫が、

「クリスマスには、まだ早いっすね。」

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タケルは、ふふふと笑い、

「もうひと踏ん張りだ。小さい脳みそをフル回転させて思い出してみろ。そうだな。去年は、チョコレートケーキくすねてやったぞ。一昨年は、キャンディーにクッキーに。」

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あ!

全員口を揃えて言った。

「ハロウイン、ハロウィンの宵祭!」

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「それよ。」

タケルは、どこかのホテルからくすねてきたという白い大判の敷シーツ3枚をOさんとB夫に被せ、両目にあたる部分に、マジックペンで丸印をした。

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「ここをくり抜け。それから、息が出来るように、下は開けたままにしておけ。

いいか。履物は、履き慣れたズックか、スニーカーだ。」

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「この日、午後6時から、A中学校の英語部との交流イベントがある。A中学校の英語部の参加者は、全部で10名。親は、3名。引率教師は、2名。計15名だ。全員、親以外は、変装してくることになっている。」

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「これを被って、お前らふたりと俺は、参加者と一緒に、パーティ会場に入るんだ。

そこから、俺だけ、例の場所に行く。

お前らは、勝手に騒いで、飲んで、適当に遊んでから帰れ。」

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「もし、バレたらどうするんですか。」

「本当にお前らバカだな。」

「だから、そのために、履き慣れたズックか、スニーカーを履いて来いって言ってんだろうが。」

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「さっさと逃げろってことだよ。」

タケルは、そういうと、B夫の頭をコツンと小突いた。

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OさんとB夫は、顔を見合わせた。思うことは、一緒だった。

今回だけは、絶対、失敗する。

そんな予感がした。

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それに、一旦、基地内に入ってしまえば、そこで何が起きようと「治外法権」だ。

日本の警察や司法は手出しができない。

そのくらいのことは、脳みそが足りない俺でもわかる。

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「俺は、失敗しないんだ。この計画は、絶対に成功する。成功させる。」

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最強にして最恐の肉食恐竜ティラノサウルスに食われる寸前の、脆弱な草食恐竜のごときOさんとB夫だった。

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「わかったな。わかったら返事しろ。」

ここは、とりあえず、Oさんは、「OK」B夫は、「了解」と返事をした。

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タケルは、満足そうに舌なめずりをした。

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だが、この時、Oさんの目には、タケルの首に白い大きな手が、ヘビのように巻き付くのが視えたのだという。

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タケルの真の目的は、「象の檻」の中に潜入することではなく、もっと別の良からぬ目的があるような気がしてならなかった。

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単に、潜入するのであれば、ひとりで行けばいいではないか。

俺達ふたりを誘う意味などあるのだろうか。

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帰路、Oさんは、B夫に疑問をぶつけてみた。

B夫は、タケルは、俺達を囮にして、なにか企んでいるに違いないと言った。

厭な汗が流れてきた。

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既に、日は落ち、あたりは、暗くなりかけていた。

急に、ひんやりとした風がふたりの横を通り過ぎた。

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それが、なんとなくこの世のものではないような気がして、ブルッと身を震わせ、どちらかともなく、大急ぎでその場を立ち去った。

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家に帰ると、珍しく父と母が揃って、Oさんの帰りを待っていた。あの怠惰な父が、今日から、工事現場で働き始めたのだという。

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母は、「お父さんの就職祝い。ハロウィンの特別割引だってさ。たまたま安かったからお寿司買ってきたわ。」と、ここ数年見たことのない笑顔で迎えてくれた。

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「おいおい。どういった風の吹き回しだ。突然、変わっちまってよ。嵐にでもならなきゃいいな。」

Oさんは、悪態をつきながらも、なぜか、胸にこみ上げるものがあった。

その夜は、久しぶりに一家揃って楽しい夕餉の時を過ごしたのだった。

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結局、OさんもB夫も タケルとの待ち合わせ場所には行かなかった。

なぜか、タケルとは、二度と会ってはいけないような気がしたからだった。

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案の定、タケルは、その日以来、行方不明になった。

ハロウィンの宵祭の日を堺に、タケルもタケルの一家もろとも忽然と姿を消したのだ。

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毎日のように、街中をうろつき、路上にたむろする悪ガキの頭領 タケルの姿を見かけなくなると、皆、口々に勝手な噂を語りだした。

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仲間内のひとりが、A中学校に通学している従兄弟に、それとなく聞いてみたものの、ハロウィン交流イベントなどない聞いたこともないとのことだった。

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ハロウィンの夜。

基地周辺でタケルを見かけたという人物の証言が出てからは、警察も捜査から手を引いたとの噂だった。

あくまでも、噂の域を出ないにもかかわらず、皆が「あぁ、そういうことか。」とまことしやに話しているのを耳にするたび、

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ひでぇもんだな。他人事だと思って勝手なことを言うものだ。と、Oさんは、内心腸が煮えくり返る思いがした。

と、同時に、あの日、タケルの言う通りにしていたら、自分たちもどうなっていたか想像するたびに、ゾッとした。

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結局、つるんでいたB夫も、パシリの連中も、毎日のようにタケルと会っていたのに、タケルの両親が何者なのか、何処に住んでいるのかすら分かっていなかった。

仲間と言っても、所詮、その程度のつながりにすぎなかったのだと思い知らされた。

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それから、1ヶ月半が過ぎた頃、ちょうど、冬休みに入る3日ぐらい前だった。

深夜、突然、真上から人の視線を感じて目が覚めた。

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布団から、飛び起きようとするも、なぜか、身体が動かない。生まれて初めての体験に、もがいていると、部屋の入口のあたりが、ぼんやりと青白く光るのが視えた。

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かろうじて動く首をもたげ、青白い発光体を見つめていると、それは、やがて、高くそびえ立つ「象の檻」に変化した。

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よく見ると、その中に、体育座りをしている大きな人影が視えた。

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「タ、タケル。タケルか。タケルなのか。」

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Oさんの気配に気づいたのか、青白い大きな人影は、スゥ スゥ スゥ サワ サワと畳を擦りながら、ゆっくりとOさんの方へと、身体の向きを変え始めた。

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青白い靄状の人影は、少しずつその形状を変えながら、やがてタケルの姿へと変貌した。

目と目が合った瞬間、Oさんは、絶叫していた。

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黒目だけの顔

歯が全て折られた口元

咳をするたびに、血吹雪が宙を舞っている。

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遺恨と憎悪のこもった眼で、タケルの霊と思しきモノは、Oさんをじっと凝視していた。

「やっぱり、タケルは、象の檻に入ろうとして、◯されたんだ。きっと、そうに違いない。」

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そいつは、ただひたすらに、Oさんを見つめるだけで、何もしようとはしない。

睨み合ううちに、力は抜け、いつの間にか、深い眠りへと誘われていった。

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気がつくと、カーテンから光が漏れ、部屋の時計は、朝の9時を少し回ったところだった。

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その日以来、Oさんは、ハロウインの深夜、金縛りとともに「タケル」と思しき霊に遭遇するようになった。

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夢か現か分からないような、実に、恨めしい顔で、「象の檻」から、Oさんをじっと見つめる青白い人影。

それは、まぎれもなくタケルだ。

そうに違いない。

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それから、時が流れ、Oさんは、工場長になり多忙な日々を送っていた。

相変わらず、ハロウィンの夜に、タケルと思しき男の霊と金縛りに悩まされていたが、

以前ほど、気に病むこともなくなった。

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その理由のひとつに、Oさんには、家族ができた事が挙げられる。

Oさんは、30歳を迎える少し前に、知人の紹介で出会った女性と結婚し、女の子を授かった。

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工場も大きくなり、収入もかなり安定してきた頃のことだった。

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1990年 長い間、緊張関係に合った中東の国イラクをめぐる湾岸戦争が勃発した。

平和的な解決が無理となると、アメリカを中心とする多国籍軍が結成され、世界はまさに緊張の只中におかれることとなった。

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Oさんたち家族も、テレビの前に釘付けとなった。

今、まさに、多国籍軍の筆頭としてアメリカ軍の第一陣が、いよいよ中東のイラクに攻撃を開始するためサウジアラビアに向けて出発する場面が映し出され,

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派遣されていく兵士たちが大きくクローズアップされた。

最初に派遣されるのは、映えあるエリートで構成された精鋭部隊だとアナウンサーが伝えた。

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ひとりひとりの表情が 浮き彫りになる。

カメラがある一人の人物に移動したその時、

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うう“う”う“・・・

Oさんは、思わず声にならない声を挙げていた。

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眉間に刻まれた三日月型の大きな傷

ティラノサウルスのような睨みの利いた両眼

ガッチリとした体躯は、更に逞しさを増したかのように思えた。

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タケル

生きていたのか。

お前・・・・・・。

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Oさんは、しばらくその場から動けなかったという。

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タケル

今度こそ、死ぬなよ。

絶対に。

心のなかで、強く強く願ったのだった。

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更に時を重ね、今や ハロウィンは、秋の深まるこの時期に欠かせないイベントとなった。

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「この馬鹿騒ぎは、なんなんでしょうね。」

色とりどりの個性的なファッションに身を包み、ハロウィンに浮き立つ若者を、苦々しい眼で眺めながらOさんは、一言呟いた。

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「象の檻」は、湾岸戦争が終結し、2000年を少し過ぎた頃、Oさんが育った町から完全に撤去されたという。

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ちょうどその頃から、なぜか 金縛りに会うこともなくなり、最近ではタケルはおろか夢すら見なくなったと、Oさんは、力なく笑った。

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「長年、Oさんを苦しめてきた霊は、タケルさんの生霊だったんでしょうか。」

「さぁね。あんなに怖かったのに、霊とかオカルトとか信じたくないんですよ。結局、タケルは、自分が望んだところに行ったんだと思います。」

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Оさんは、私の目を見つめながら、そう言い切ったのだった。

「ただね。酒飲んじゃいけないんですがね。湾岸戦争以来、毎年、やりきれなくて、この日だけは、飲まずにはいられないんですよ。」

Oさんは、そういうと、オンザロックを一気に飲み干した。

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