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長編17
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「ちはやふる」

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「あいうえお怪談」

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「た行・ち」

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第41話「ちはやふる」

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私の古い友人、直美から聞いた話。

直美は、高校時代、百人一首クラブに入っていた。

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「百人一首クラブ」では、クラブに入った段階で、『小倉百人一首』という副読本のようなものを渡される。

お正月に遊ぶかるたとしても有名であるが、季節や時を選ばず、行うものだとのこと。

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ちなみに、『小倉百人一首』は、鎌倉時代歌人として活躍した藤原定家が、『古今和歌集』と『新古今和歌集』の中から、百首を選び収録したものとして知られている。(勅撰和歌集という)

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直美によると、クラブの前半は、和歌の意味や解釈を学び、時に、有名な和歌であれば、暗記もさせられたという。

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後半は、無作為に5人ずつ、3つのグループに分かれ、読み手(主にクラブ長かクラブ担当の教員)が上の句を読み、下の句が書かれた札を取るという、「競技かるた」が時間ぎりぎりまで行われる。

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週一度のクラブ活動は、部活動とは異なり、気楽に参加できるのが魅力だった。

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とはいえ、クラブ員の中には、収録されている和歌を意味や解釈も含め、全て暗記したり、週一のクラブ活動では満足できず、全国的な団体に所属している生徒もいたらしい。

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直美は、1年生の段階で、バスケット部の副主将を努めていたほどのスポーツウーマン。運動神経抜群に加え、高身長で手足が長い。ショートカットがよく似合う中性的な魅力の持ち主で、頭の回転も早く、人望の厚い人気者だった。

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週一回、金曜日の6時限目に行われるクラブ活動は、スポーツ以外のものにしたくて選んだものの、古典や漢文は、苦手な教科。

「暗記うぜぇ~。解釈めんどくせ~。」

てな具合で、正直全く身が入らなかったという。

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2年生になり、新たにクラブ編成が行われる日、数名の新入生が入ってきた。

その中に、Y子というちょっと変わった雰囲気の女子生徒がいた。どちらかというと、大人しく、名前を呼ばれても、蚊の鳴くような声で、やっと返事をするような子。

どこか病んでいるんじゃないかと耳打ちされた。

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「偏見は、よくないよ。新入生なんだから優しくしてあげようよ。」

正義感あふれる直美は、クラブの仲間たちを諌めたのだという。

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後ほど、Y子の同級生で部活の後輩から伝え聞いた話では、長い療養生活を乗り切り、今春、念願だった普通高校に転入が叶ったのだという。

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編入試験を受けて無事進級できたというのだから、かなり優秀な生徒だと、クラス担任が紹介する際、話していたとのことだった。

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今年度のクラブ活動がスタートし、2回3回と回を重ねるうちに、当初、抱いていたY子に対する認識が一変し、皆の眼がY子ひとりに注がれるようになっていった。

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とにかく、凄いのひと言に尽きるのだ。

副読本に書かれていること以外の知識も豊富で、ある和歌に関する記述の間違いを指摘したり、和歌によっては、違う解釈もあるから、その説明をクラブ長や担当の教員に求めたりもした。

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クラブの後半。

二手に分かれて行う競技になると、それまでの楚々としたイメ―ジが一転。

かるたクイーンのごとく、上半身を前屈させ、身体を上下左右に落ち着き無く揺らし、読み手が下の句を読み上げる前に、札をパーンと弾くような勢いで外に出す。

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弾かれたかるたが宙を舞い、遠くの窓枠まで飛んでいったこともあった。

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直美以下、大部分の後輩先輩は、置いてきぼりを食う有り様。

クラブ以外の他所で活動している同輩達も、一目置く存在となった。

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直美は、努めて声をかけ、Y子を励まし、その才能を称賛した。

その都度、顔を赤らめ、うつむく仕草が愛らしく、いつしか、後輩であるY子に好感を持つようになっていった。勿論、それ以上の感情は、一切ない。

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そんなある日のこと。

直美が部活を終えて、体育館の更衣室で着替えをしていたら、着替えのため、施錠していたドアが3回ノックされた。

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「あ、今着替え中です。何か御用ですか?」

返事はなかった。

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―遠慮しているのかな。

「ごめんねぇ。すぐ着替えますから。もう少し待っていてください。」

「・・・・・・・・。」

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無言ではあるが、ドアの外に人がいる気配がする。

ずっと、そこに誰かが立っているのはわかった。

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1~2分すると、カサコソと、なにかを取り出すような音が聞こえた。

急いで、ジャージから制服に着替え、お待たせしました。と、急いでドアを開けると、そこには誰もいない。

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「ん?」

足元を見ると、百人一首の絵札が1枚、床に置かれていた。

取り上げて、札を見る。

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「ちはやふる かみよもきかず たつたがわ からくれないに みずくくるとは」

在原業平の有名な和歌である。

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こんなものを普段から持ち歩いている生徒なんて、クラブの連中でも、そうそういないだろうな。

こんなこと、誰がしたんだろう。

その時は、たいして気にもとめず、家にその絵札を持ち帰った。

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翌々日は、たまたまクラブの日だった。

クラブが始まる少し前に、先日、体育館で遭ったことを、アナウンスしたが、みんなぽかんとするばかりで、たいした反応もない。

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結局、札を取りに来る者は、ひとりもいなかった。

「クラブ員じゃないみたいです。」

と、そのまま、担当教員に札を渡し、その日は、塾があったため、早々に学校を後にした。

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校門を出ると、何となく、後をつけられているような、誰かの視線を感じたが、塾のあるビルに入り、教室に向かう頃には、厭な気配は消えていた。

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特に気には止めなかった。

当時は、本当に緩やかな時代だったと思う。

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翌週のクラブの当日、Y子の様子が少しおかしかった。

直美と視線が合うと、顔を赤らめ恥ずかしそうに下を向く。

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ふた手に分かれて競技する時も、直美は、Y子の相手側になったのだが、いつものようなキレはなく、珍しくY子が2度お手つきをした。確かに、似たような下の句で、ベテランでも間違いやすい札ではあるが、いつも完璧なY子がたじろぐ様子を目の当たりにし驚いた。

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心配になった直美は、帰り支度を始めているY子に声をかけた。

「ねえ、大丈夫。体調でも悪い?クラブ活動は、強制じゃないから無理せずに、休んでもいいんだよ。。」

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Y子は、つとめて明るい声で話した。

「いえ、大丈夫です。身体は、大丈夫です。」

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はにかんだ笑顔が、幼子のように可愛い。

その時は、へぇ、Y子こんな顔もするんだなと、意外に感じたが、それ以外は、特に何も感じなかった。

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その日から、約二日後、自宅に戻ってみると、家のポストの中に、直美宛の封書が届いていた。

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切手は貼られておらず、差出人の名前も書いていない。

何が入っているのか、外側から触ってみると、堅い紙のようなものが2枚指に触れた。、

封をあけると、百人一首の絵札が1枚。下の句のみの札が1枚。合計2枚の札が入っていた。

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1枚めは、絵札だった。

「あしびきの 山鳥の尾の しだり尾の 長々し夜を ひとりかも寝む」

柿本人麿

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解釈は、

山鳥の尾が長く長く垂れさがっているような長い夜の中、私は(思いを寄せている人にも会えず)独り寝ているものです。

となる。

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会いたい人に会えない夜や、失恋して恋人や好きな人に会えなくなってしまった夜は、とても長く感じてつらい。夜の暗闇がまるで永遠続くようにも思えて、より一層物悲しく思えてしまう。

ということなのだろう。

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一見、秋の夜の情景を優美に謳った歌に、とらえられるが、実は、これも「恋歌」だ。

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2枚目は、文字だけの下の句の札だった。

「いかに久しき ものとかは知る」

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上の句と併せると、以下のようになる。

「嘆きつつ ひとり寝る夜の 明くる間は いかに久しき ものとかは知る」

右大将道綱母

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解釈は、

悲しみを嘆きながら孤独に寝ている夜が、明けるまでにどれだけ長いのかを、あなたは知っているでしょうか。……いえ、知らないでしょう。

となる。

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これは作者である右大将道綱母が、夫が別の妻のところへいってしまってから送ったとされる嫉妬や皮肉を込めた和歌である。

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直美は、札を眺めているうちに、少し薄気味悪くなった。

体育館の床に置かれていた札、

「ちはやふる 神代もきかず 竜田川 からくれないに 水くくるとは」

は、実際の竜田川を見て詠んだ歌ではない。

いわゆる、屏風絵といわれる絵画。装飾品に描かれた絵を見て詠んだ歌である。

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これも、プレイボーイの業平が、身分の違う相手と駆け落ちをしようとするも、その恋路を相手の兄にことごとく阻まれてしまい、遂に、結ばれることのないまま、相手は、没してしまう。やるせない無念の思いと恨みを詠んだ悲恋の歌である。

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札を送りつける。

こんなことが出来るのは、Y子。

彼女しかいない。

直感でそう思った直美であったが、

なぜか、咎める気にはならなかった。

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好意的な態度を見せてはいるものの、直美に対し、不平不満、もしくは、訴えたいことがあるのかもしれない。

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それとも、何か、別の意図があって、このようなことをしているのだとすれば、その真意が知りたかった。

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昼休み、3枚の札を持って、Y子の教室を訪れてみようと思った。

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Y子のクラスは、1階の一番奥にあった。

私が訪れると、1学年の部活の後輩たちが数名駆け寄ってきた。

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5分ほどその子達と歓談し、Y子と話がしたいのだがと告げると、Y子は、1時限目で身体具合が悪くなり、保健室で休んでいるという。

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実は、Y子は、普段から、休みがちなのだと。

週3日も来れば良い方で、百人一首クラブのある金曜日は、頑張ってくるけれど、その日以外は、休みか早退していると知らされた。

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「そうなんだ。ごめん。知らなかったわ。」

直美は、その足で、保健室を訪れた。

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保健室には、青白い顔をし、ベットにぐったりと横たわるY子がいた。

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「よっ!お休み中ごめんね。教室に行ったらここだっていうから。」

直美と分かると、Y子は、気力を振り絞って、上半身を起こし、笑みを浮かべた。

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「無理しなくていいの。そのまま寝ていて頂戴。」

直美は、Y子をベットに休むよう促し、話を切り出した。

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体育館の床に置いてあった絵札。

家のポストに入っていた柿本人麻呂の絵札と右大将道綱母の下の句は、あなたがしたこと?と尋ねてみた。

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Y子は、ハッとし、顔を両手で覆った後、

「すみません。すみません。すみません。」

再び、上半身を起こし、何度も何度も謝罪の言葉を述べた。

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「あの、もう二度といたしません。二度としないようにと、明美に言い含めますから。どうか、許してください。」

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想定外の反応だった。

ー明美、初めて聞く名だ。

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「え?明美って誰?これを送りつけたのはあなたではないの。?」

「違います。明美です。」

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「明美って?誰。」

「はい。多分、お話してもわからないと思います。なので、ごめんなさい。

でも、誓って言います。私ではないです。こんなことするのは、明美しかいないんです。」

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「もし、明美って人のいたずらなら、私、注意してきてあげるけど。ここの生徒。それとも他校?」

「違います。探しても無駄です。会えないと思います。絶対に、会えないです。」

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「はぁ、意味分かんないんだけど。」

「わからないと思います。でも、もう二度とこんなことさせませんから。」

「・・・・・・・・」

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その時、5時限目を告げるチャイムが鳴り、直美は、後ろ髪を引かれるような思いで、その場を後にした。

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その日を最後に、直美は、Y子と二度と会うことはなかった。

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あれは、梅雨の長雨で、外の行事が全て順延となり、夏休み前ということもあり、中だる身と言われる時期を過ごしていた。

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金曜日の百人一首クラブに、Y子が姿を見せなくなり、1ヶ月以上経った頃、Y子のクラス担任から緊急の用事があるから、職員室に来るようにとの放送があった。

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1学年のN田Y子が、ついさっき、入院先の病院で急逝したという知らせだった。

「Y子入院していたんだ。身体具合、そんなに悪かっただなんて、知らなかった。」

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直美は、先日、Y子のクラス担任に、会った日のことを伝えた。

あの日、例の件で、保健室で休んでいるY子を訪れた翌日、Y子は、自宅で倒れ、救急車で搬送されたのだという。

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「君たち、親しかったみたいだね。Y子さん、百人一首クラブの日は、嬉々としていたそうだ。頑張って学校に行くと話していたらしい。お母さんの話では、クラブのみんなも優しいし、特に君のことは、とても尊敬していたみたいだ。」

と。

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「それから、これは、Y子のお母さんからのたってのお願いなのだが、明後日の葬儀に、是非君も参列してくれないだろうか。」

と、重ねて懇願された。

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直美は、二つ返事で、その依頼を受けたのだった。

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ところが、当日、葬儀会場に入ったとたん、愕然とした。

一瞬、何が起きているのかわからなくなり、その場に立ちすくんだ。

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祭壇に置かれている遺影が、Y子とは別人だったからである。

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「違う。Y子じゃない。じゃぁ、この遺影に映っている人物は、一体誰なんだ。」

直美は、クラス担任に思わず、問いかけた。

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「あの、N田Y子さんの葬儀ですよね。」

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クラス担任は、怪訝そうな顔をした。

「そうですよ。君もよく知っているだろう。」

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クラス委員の後輩が、不安そうな顔をして覗き込む。

「先輩どうかしました。顔色悪いですよ。」

「な、なんか。遺影とY子さんの顔が少し違うかなって思ったものだから。」

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担任と後輩は、顔を見合わせて少し笑った。

「まぁ、遺影だから。多少は、違って見えるかもしれないが。本人だよ。」

「先輩。そうですよ。いつものN田Y子さんのまんまですよ。」

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ーじゃぁ、私の知っているY子は、どこ?

背筋がゾッとした。

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「もしや、W高校の S村直美さんでは?」

その時、背後から 急に声を掛けられた。

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Y子のお母さんだった。

黒いベールを目深に被った、小柄で上品な女性だった。

珍しく黒い総レースのドレスを身にまとっていた。

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面差しは、直美の知っているY子に似ている。

親子であることに間違いはなさそうだ。

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Y子の母親は、高身長の直美を、上目遣いに見つめながら、紫色の袱紗から、A5版の茶封筒を取り出した。

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「これは、Y子からあなたへとお渡しするようにと、生前Y子から託されものです。あなたが葬儀に来た時に、渡してくれと。あなたには、本当にご迷惑をおかけしたと。くれぐれも丁寧に謝罪しておいてねと言われました。」

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そう言うと、Y子の母親は、深々とお辞儀をした。

「何があったのかは、わかりませんが、いろいろご迷惑をおかけしたみたいで、本当にすみませんでした。」

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「いえ、迷惑だなんて思ってもいません。それより。」

直美は、思い切ってY子の母親に尋ねてみた。

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「明美さんって方のこと、Y子さん、話していました。その方、今日、お越しになられていらっしゃいますか。いらっしゃっているのなら、会ってお話がしたいのですが。」

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Y子の母親は、一瞬驚いた表情を見せ、はらはらと涙を流した。

ハンカチで目頭を拭くと、

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「明美は、Y子の双子の姉でした。もう、かなり前に病気で亡くなりましたけど。双子といっても、二卵性でしたから、顔立ちは全然似ていなくて。性格も、真逆でしたね。」

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直美の困惑する表情から、何かを察したのだろうか。

「Y子は、明美のことをお話ししたのですね。でも、あの子の話したことは、どうかお気になさらないでくださいまし。あの子(Y子)は、心を病んでおりましてね。」

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「見えないものが見えるとか。怖い人が見えるだとか。小さい頃から、突然、言い出すものですから。私共も、ほとほと困っておりました。病にもいろいろあるんですね。身体の病だけじゃなくて。いろいろとね。本当に、辛いです。」

と呟き、顔を覆った。

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聞かなければよかった、尋ねなければよかった。

この家族にとって、ふたりの子どもを相次いで亡くしたことは、相当ショックなことだったに違いない。

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特に、この母親を悲しませてしまったことを、直美は、深く後悔した。

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「さっき、お渡しした封筒ですが、Y子から託されたものです。詠んだら焼くか、破るかして残さないでほしいとのことでした。」

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焼香を済ませ、帰宅すると、直美の母が塩を身体に撒いてくれた。

今日は、今日だけは、しなきゃいけないような気がしたと言って。

直美の母親も、霊感があるらしかった。

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部屋に行き、すぐに、Y子の母親から渡された茶封筒を開封した。

中には、

百人一首の絵札が3枚と、便箋10枚にびっしりときれいな文字で書かれた手紙が、折りたたまれて入っていた。。

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「うらみわび ほさぬ袖だに あるものを 恋に朽ちなむ 名こそ惜しけれ」

相模

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解釈は、

「つれないあなたを恨み、悲しみの涙で濡れたせいで乾く暇もない着物の袖でさえも口惜しいのに、その上この恋が原因で私の評判まで悪くなってしまうのは、本当に残念です。」

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2枚目

「あらざらむ この世のほかの 思ひ出に 今ひとたびの あふこともがな」

和泉式部

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解釈は、

私の命は長くありません。あの世への思い出にせめてもう一度だけ、あなたにお会いしたいものです。

病気によって自分の死期を悟った和泉式部が、叶わない恋心を乗せて詠った和歌である。

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3枚目

「あはれとも いふべき人は 思ほえで 身のいたづらに なりぬべきかな」

謙徳公

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解釈は、

私をかわいそうだと言ってくれる人は、誰も思いつかないままで、きっと私はむなしく死んでいくに違いないのだなあ…。

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この歌も、「恋焦がれている人はいるのに、私のことを哀れんでくれる人は誰もいない…」とむなしく思っている失恋の歌だ。

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Y子は、私に恋愛感情を抱いていたんだ。

この時になって、直美は、やっと、気づいたのだという。

「私って、鈍感で。しょうもないバカだよね。ほんと、大バカ。バカバカバカ。」

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次に、10枚にわたる手書きの手紙を読んだ。

にわかには、信じられないような驚愕の事実が描かれていた。

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直美に、百人一首の恋歌の絵札や下の句を送りつけていたのは、もう一人の自分。つまり、双子の姉「明美」なのだという。

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Y子は、物心がついてから、ずっと、双子の姉 明美が嫌いだった。

表向きは、快活で人気者で誰からも愛されるキャラクターだが、闇の部分を多く持ち合わせた人物だった。

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内向的で引っ込み思案の妹(Y子)を、可愛がるふりをしてバカにしたり、ありもしない嘘をでっち上げ、親や先生に告げ口をした。

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Y子が、上手く言い返せないことをいいことに、嫌がることをわざと行う姉の所業に、堪忍袋の尾が切れたY子は、ある日、反撃に転じた。

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呪い殺してやる。

と。

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ありとあらゆる手を尽くしたが、呪いなど、そうそう簡単に掛かるものではない。

ところが、ある日、百人一首の中には、呪いの歌がたくさんあると誰かが教えてくれた。

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正直、歌の解釈も、そもそも、どんな事情で詠まれた歌なのかも分からぬまま、毎日、毎日、暇さえあれば、百人一首の札を繰り返し繰り返し唱え続けた。

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口に出して唱えた後は、

ー明美、死ね。

明美、死ね。苦しめ。もう、二度と私の前に現れるな。

と念じた。

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夜寝る前も、

朝起きた時も。

毎日、毎日飽くこと無く続けた。

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そして、ある夜。

十二単を身にまとった優美な姿をした女性が、夢に現れたのだという。

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「そなたは、そんなに明美が憎いか?」

「殺してしまいたいほど、難いです。」

と答えた。

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それに対し、十二単を着た女性は、

「哀れよのう。こんなせつないことがあろうか。実の姉を憎むとは。」

と述べた後、

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「わらわも、そなたと同じ思いをいだいてのう。実の姉を、呪詛して殺したんじゃ。」

と告げた。

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「ただ、そのためには、それ相当の見返りが必要じゃ。その覚悟は、あるのかぇ。」

「明美が、姉が死ぬのなら、何だってします。」

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「ふぉーほほほほほほ。哀れじゃのう。せつないのぅ。だがのぅ。この呪詛は、そなたにもそれ相当の災禍が及ぶことは覚悟の上か。」

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「いいです。たとえ、この身に危険が及んでも。」

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「まだ、子どもじゃないか。こんなことを言わせるなんて。お前の親も不憫だねぇ。相当な覚悟のようだ。」

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ごくりと唾を飲んだ。

「では、そなたに尋ねるが、おまえに、心から愛する人が出来た時、そのお方に、呪詛が及んでもいいか。」

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「・・・・・・・・・。」

「おや、困っておるのぅ。辞めてもいいのだぞ。」

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Y子は、頭を振った。

「お願いします。明美を、姉を殺してください。でも、でも、もし、私に愛する人ができたなら、その人の命は、取らないでください。」

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女性は、呆れたような顔をしていたが、不敵な笑みを浮かべ、こういった。

「では、そのかわりに、お前の命をもらうとしたら?」

と。

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Y子は、一瞬躊躇ったが、思い直し、その助成に懇願した。

「いいです。お願いします。」

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「中途半端な覚悟では、失敗するぞ。身内だけじゃなく、他所様にも災禍が及ぶことになる。それでもいいというのなら、教えよう。」

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私は、導かれるまま行ったつもりでしたが、はやり身内を殺めることには、抵抗があたのかのもしれません。

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辞めればよかったんですが、もう沖に出てしまった船のように、後戻りはできませんでした。

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躊躇いながら行った呪詛は、失敗に終わったみたいです。

ある時から、死んだはずの明美が、私の身体の中で、もうひとりの私として、存在し始めたんです。

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そして、日を追って、私の肉体は、不治の病に犯されていきました。

白血病。

それも、輸血が必要な病に罹患しました。

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特殊な血液型。

適合するのは、姉の明美だけだったそうです。

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私は、姉だけではなく、自分自身の命まで失う羽目になりました。

なんとか、高校生まで生きながらえましたが、もう限界です。

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なぜなら、私には、愛する人が出来たからです。

それは、直美さん。

あなたです。

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この学校に編入してからの1ヶ月余り。

特に、百人一首クラブで、あなたに会える時が、私にとって、至福の時となりました。

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でも、ある日。

偶然、学校の保健室で休んでいる時、衝撃の事実を知りました。

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鏡に映る私の顔が、違うんです。

本当の私の顔ではないのです。

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特に、直美さんと会っている時に、どういうわけか、明美の顔になっていることに気づきました。

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それだけではなく、後から、私の身体を借りた明美が、絵札や下の句を送りつけたり、直美さんの後を追いかけたりといった、ストーカー行為まがいのことをしていることを知りました。

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身体ごと、意識まで乗っ取られている。

それは、私にとって、死ぬことより辛いことでした。

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大好きな直美さんが、あの憎らしい明美に取られてしまうのではないか。

そんな嫉妬に、駆られるようになりました。

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精神科医は、多重人格じゃないかと言うでしょうが、違います。

違うと思います。

明美は、私に復讐したんです。

同じ病で。

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そう、明美は、私の血を輸血すれば助かったのかもしれません。

型が合うかどうか、身内でも合わないことは多いから。やってみないとわからないけれど、万が一の確率に賭けたいと。父や母にも懇願されたんですけどね。

私は、明美に輸血することを固辞しました。

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ごめんなさい。

こんなに長くなってしまって。

私は、酷い人間です。

多分、地獄に落ちることでしょう。

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魂を「悪魔」に売ってしまったのですから。

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私、直美さんと会って、人を好きになる喜びと、愛するということの尊さを知りました。

それだけで、安心して地獄にいけます。

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直美さんだけには、分かっていただきたくて。

手紙にしたためました。

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自分で◯ぬことも考えたんですよ。

何度も何度も。

でも、出来なかったんです。

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直美さん

短い間でしたが、本当にありがとうございました。

感謝いたします。

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生きていてよかった。

そう思えた1ヶ月余でした。

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日没の時間が過ぎていた。

「ごめん。なんか、辛い思い出を蘇らせてしまったね。」

頭を垂れる私に、

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直美は言った。

「何度も何度も捨てようと思うのだけれど、結局捨てられなくて、ずっと持ってる。医療関係者や、霊が見えると言う人や、スピリチュアル系の人たちにも読んでもらったんだけどさ。結局、満足の行く答は、得られなかったのよね。」

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どんな言葉をかけてよいのか分からなかった。

「そんなこともあるのかなって、話じゃない?でも、事実だからね。」

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事実ってさ。

こんなもんよ。

直美は、背中を向けた。

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「なんか切ない話だね。ありがとう。教えてくれて。」

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「ごめんね。あんまり怖くなくて。」

申し訳なさそうに呟き、そっと涙を拭った。

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