どうも、達宮和寿(たつみや・かずとし)です。御選び頂いて有難う御座います。
さて、これは滞在先での体験でありまして、怖い話よりは不思議な体験談程度に御聞き下さればと思います。では。
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今頃の季節で、今よりも冷えていて雪の降り出しそうな季節、私は秘湯と言うかシーズンオフ直前だからこそ、余り使って来なかった金銭をちょっとばかり散財させようと、逢狸狐閣(おうりこかく)─────これ又奇妙な名前の温泉宿に予約を取ろうとするも、飛び込みのその日にチェックインで良いと、ホテルチェーン店の様な気前の良い返事を電話口で受け取る。
11月も勤労感謝を越えての月最後の平日に連休を貰ったので、終業後の夜に到着しますとの連絡をすると、二泊三日の料金から一泊二日の料金に負けてくれると言う、いよいよ化かされるのだろうかと思わされる気前の良い返事を貰う。
────宿泊予定の終業後の夜、山あいの道を帰宅時間の車列に紛れ込みながら、宿泊用のちょっとした荷物や私服に肌着を車輛の後部座席に持ち込んで、仕事の行き帰りであるワイシャツとスラックスにジャンパーな服装で、私は予約先である逢狸狐閣へと向かう。目的地に近付いて来ると、流石に車輛も私だけになって、寂しくもなって来る。
到着してのチェックイン、恰幅(かっぷく)の良い丸い黒縁眼鏡を掛けた受付の男性が応対してくれる。
「遠路はるばる、有難う御座いました達宮様。料金はシーズンオフってのも御座いますのと、平日なモンで更に割引致しましょう。えっと自動車協会の………おおっ、御持ちなら更に」
連休も終わった直後で、私だけなのだろう。館内はガランとしているが、他の客が行き来しているだろう時と変わらず、従業員があちこち静かながら走り回っているのが分かる。
ギンゴーン………
「!」
部屋の鍵を用意していたであろう受付の男性が、私が音のする方に顔を向けたのを把握した様で、にこやかに説明してくれる。心なしか嬉しそうでもある。
「当館で時を刻んでくれております、大時計で御座います」
「どうぞ、部屋に行く前に御覧になって行かれては」と部屋の鍵を渡しがてら、一言加えてくれる。
「有難う御座います」と私は返して、大時計の在る場所に先ずは向かう。
『寄贈 真詠時計店有志一同』と振子の硝子に書かれている。館内空調の音で、振子の音は聞こえない。
「真詠(まよみ)時計店………本来、魔黄泉(まよみ)時計店と名付けようとした怪奇好きな店主が、周りに止められて響きだけを残しましてな………それで、或る意味可も無くて不可も無い文字を当てて、平成辺り迄営業していたらしいです。時計屋直々の時計の寄贈も珍しいっちゃ珍しいですな。あっ、御部屋の準備が出来上がりましたんで、御好きなタイミングで。申し伝えそびれましたが、宿泊施設のルール通りですし、夜更けに此処のフロントに来られますとね………おっとっと、これは失礼」
「?」
「喋り過ぎた」と焦った表情を見せた狸みたいな男性従業員は、頭を下げて再び受付場所にスリッパをペタペタと走らせて行った。
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沿岸部の山あいに在る旅館故か、海の幸や山の幸、魚介類や肉類が充実しており、酒の飲めぬ私は大いに堪能しつつ御膳を下げに来た仲居さんに「御馳走様でした」と告げる。
「有難う御座います、宿泊場所で食事の挨拶はこっちとしては凄く嬉しいです。何も言わずにかっ喰らってそっぽを向くのが少なくないですから………」
「そう、なんですか………」
若女将(わかおかみ)か若手か、嬉しそうな表情が綺麗と言うより可愛らしい人だった。従来の客が横柄か無礼なのか分からないけど、一人であろうが普段、小声で食事の挨拶をしている側である為、一瞬言葉に詰まる。
綺麗に喰い終えた御膳の下げられた後に、私は廊下を何の気無しに、カーペットの敷き詰められた廊下を見る。
「!」
狐の面を付けた浴衣姿が、スリッパを鳴らして何処かに走って行った。
(別に貸し切りっては言われてないしな。然し、お面か)
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風呂を堪能して浴衣に着替えた私は布団に入り、いつの間にか寝息を立てていた。ふと目覚めて、水よりは何故かもっと冷たい飲み物が飲みたくなり、狸みたいな従業員に受付の際に、フロントの有る階下にしか自動販売機が無い事を告げられたのを思い出して、真っ暗闇だろうと踏んでストラップ付きのLEDライトを念の為に手首に下げる。
スマートフォンを見ると1:00近い。
「────夜更けか」
のんびりとエレベーターで階下に降りると、丁度闇夜に響き渡る不気味な音を聞く。
ギンゴーン………
「!」
ギョっとはしたが、この時間にわざわざフロントに降りて照明の落とされた暗い場所で大時計の時報を録った映像を観てもいた為、私は「おおそうだった」と空調も落ち着いた暗い空間でLEDライトを灯した。
「おおおうっ」
「?!」
私の声で無い、間の抜けた、いわゆるビビり声が響く。
光源を声のした方に向けると、先程の狸みたいな従業員が大時計の硝子の張られた扉を開いていた。
良く見ると、私と同じ様に………いや、私のよりも大きめのLED懐中電灯を嵌めたヘルメット姿である。
「あっ、御免なさい(汗)」
「申し訳御座いません御客様、驚かしてしまいました(汗)」
僅かな明かりの中で大の男二人が、夜更けに頭を下げ合っている。
良く見ると彼は、ハンドルみたいな道具を持っていた。
「何でしょうか、コレは」
「ハイ御客様、こう使います」
「あっ」
キリリリリリリリリ………
柱時計のあのゼンマイを巻く穴に、照明の落とされたほぼ闇夜なのに器用に道具を嵌め込むと、気持ち良い位の巻き上げ音が響き渡る。
「ぁはー、手が疲れまして」
利き腕とおぼしき方ばかりで暫く回していたからか、彼は少し大時計から離れて腰を下ろした。私も夜目(よめ)に慣れて来たか、大時計も彼の姿も非常口の明かりも見えて、認識出来る。
「手伝いますか」
本来の目的を思い出した私は、慣れた夜目で自動販売機を見付けて、ペットボトル飲料を二本買って来て彼に渡す。
「ああっ、申し訳有りません。その分の御代を後で………」
喉を潤しつつ彼の見る前で回す方向を教えて貰いながら、飲み終えた私は、大時計のゼンマイを巻く。
キリリリリリリリリ………
「おお、此処迄(ここまで)で大丈夫で御座います」
巻き上げ過ぎ直前だったみたいで助かった。
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定番の朝食ながら、昨夜或る意味一仕事終えたからか、誠に旨く感じる。
近場ながら御土産を買って、ペットボトル飲料の値段ながらキャッシュバックの恩恵に預かった私は、又行きたいなと感じていた………
そう、次回の出勤日に話を聴く迄は。
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「ええっ、逢狸狐閣だって?」
「信じられない」と表情をこわばらせながら、御土産の饅頭(まんじゅう)が新品なのにも驚く先輩や同僚が居る。無論紙も新品でコピーされた文字も剥げたりしていない。
「とっくの昔に廃業した旅館の筈だ」
「真詠の大時計も、確か市民博物館に寄贈されてる筈じゃあ………」
「え?え?えええ?」
女性の同僚が、彼女の友人に撮って貰ったと言う自分が大時計の前に立つ写真をスマートフォンで見せてくれる。
「達宮君、言い方は悪いが優しい化かされ方をしたみたいだな」
「羨ましいなー、一人温泉でそんな良い目に遭うだなんて」
「こりゃ大変」と帰る際に従業員の人達の希望で、セルフタイマーで撮ったポラロイド写真やスマートフォンの写真データを出すタイミングを、私は逃してしまっていた。
「────おや、何やら落ちたよ」
紙切れが落ちたと思ったら、それをチラリと見た同僚が更に目を丸くして「マジだよ、君凄いぞ」と落ちたポラロイド写真を返してくれる。
────確かに「逢狐狸閣」の看板の前で、私は従業員の人達と写っており、更に別な写真だと、あの大時計の前であの狸みたいな従業員が私の隣で微笑んでいた………
作者芝阪雁茂
今月の三つの御題。「コックリさん対ポックリさん」みたいな展開で、闇バイトの腹立たしい輩や、いわゆるスクールカースト上位の奴等が悲惨な目に遭う話でもと考えておりましたが、入浴施設で垢を落としたのを思い出して、今回の話になりました。
『明日旅館』の姉妹篇と捉えても良いですし、独立した話としても読めます。御人好し展開ではありますが(汗)。
────良く読み返しますと、狸みたいな男性従業員と主人公の交流になってしまった(汗)。御題の主旨とちょっとズレまして御座います。それと前回の『アリス君シリーズ』と同じ写真落ちになってしまいました………