「見たいんだよ。幽霊や亡霊をさ。金縛りだったり耳鳴りには、何度も遭遇してるし悪夢だって見るしよ、でも牙剥いた婆さんや、首締め女に首無し落武者なんかが、出て来た試しが無ェんだ」
聞けば、小学生の夏休みの時に毎夜毎夜不気味なシルエットが現れるので怖がっていたら、物干し竿に引っ掛けられた洗濯バサミが、月の光に反射したかで人の形を作っていた事が分かって、怖がっていた事にガッカリしたのだと言う。然し、牙剥いた婆さんとは何なのか。
怪現象の御蔭で酷い目に遭う人は数知れないのに、そいつは聴覚からの情報と言う恐怖ばかりで、視角からの恐怖が一切得られないのだと、おかしな嘆きをする。
「だったらアンタ、夜の墓場や心霊スポットにでも行きゃあ良いじゃねェかよ」
「嫌だよォ」
「何だ怖いのかよ」
「ヤンキー居るだろうし、夜が更けると眠くなっちゃうんだよ。でさ、自分に何が起きても構わないんだけど、身内に危害が及ぶのは嫌だし、ヤンキー見ると吐き気がするんだ」
屁理屈ばかりこねる奴だ。アレか、生真面目だったり、細かい性格な癖に勉強に身が入らないタイプか何かだったのかも知れない。
「あっ、だったらさ。誰かに何か呪いでも掛けたりしたのかよ。どうだ」
「有るよ。でもそいつには全然効かなかった」
又空振りな感じがする。何と言うか、見たい見たいと云いながら、あらゆる負の手段を用いようとしない、変な奴じゃないか……
「馬鹿野郎~っ、〝継続は力なり〟って言うだろうが。呪い続けてやれば良かったのに」
こちらも変な発言になって来たし、あっちのペースに巻き込まれている感じさえして来る。
「何回も紙人形を作って燃やしたさ。でもその内、小火(ボヤ)騒ぎになっちゃいそうな気がして来て、疲れちゃったんだ」
それなりに数はこなしたと言う事か。それにしても話せば話す程に、頭がガンガンして来る様な感覚も出て来る。
「これ以上変な事言い続けるとなァ、化けて出てやるぞアンタ」
「止(よ)してくれよ」を半ば期待していたのだが、そいつはとんでも無い言葉を口にする。
「えーっ、出てくれるの!」
この野郎、命を何だと思っていやがんだ。それにしても、たまたま話す事になった相手なのに、何故に嬉々として尚且つ親しげに話をして来るんだコイツは。
「おい、訊いて良いか」
「何?」
「アンタ、どうして赤の他人にあーだこーだ嬉しそうに、ベラベラ話せるんだよ。普通だったら警戒すんだろ」
「だーって話す相手も居ないんだもん。久方振りに人と話せたから、楽しくって楽しくって」
居ないどころか、自分の事しか喋りたがらないか、他人の話に割り込んで自身の話題に誘導して話し出す厄介者で、段々寄り付く奴も減って来たんだろうな……と、そいつの発言を聴いていると察しがついて来る。
「あのなァ、仮に上手くこっちが言いくるめてだよ……金銭を要求して来たとしたらどうすんだ。それこそ、振り込め詐欺の被害者になり兼ねねェんだぞアンタ」
「何だろ……うーん。あっ、金銭要求する様な感じに聞こえないんだよね。口は悪いけどさ」
締めの一言が余計だ。何だか人懐っこいを通り越して、こちらがベッタリ張り付かれている感じがしてフラフラして来る。
「……もう良いか。こっちも何だか疲れて来たよ。アンタもさ、ちゃんと寝とけよな。けど寝溜めで頭を痛めたら、本末転倒って奴だからな。良いな」
何なんだ、この変な気持ちと言葉は。知りもしない奴に、こんな事を言う必要も無いのに……
「うん、有難う」
存外、素直な返答で面喰らう。
通話終了のボタンが押されて、冴えない顔の男が携帯電話の画面を見る───非通知。
「楽しかったなァ……誰だか知らないけど」
満ち足りた表情で、男は灯(あか)りを落として、横になって気持ち良さそうな寝息を立て始める。
「……ガハァ。あんなの道連れに出来るか。安心しな……アンタには、一生見えなくたって良いし、むしろ化けて出たこっちが無理矢理成仏させられるわ。……ったくよー」
廃墟で薄ぼんやりとした光を放っている男の姿をした物体が、頭を押さえながらうずくまりながらも、満足げな笑みを浮かべて、闇へと溶けて行く。
カタン!
────壊れたスマートフォンが、土を少し被ったコンクリートの上に、乾いた音を立てて落ちた。
作者芝阪雁茂
ボケと突っ込みのキャッチボールと申しますか、これも又変な話です。見たいのに出て来てくれないと言う欲望に関する、このやり取りや如何に。