私は当時高校生で、丁度この季節だったか、若しくは10月だったかの、穏やかで暑くも寒くも無い、休日の昼下がりを、自転車で走っておりました。
ちょっと時間は掛かるものの、近くの本屋よりも品揃えの良い場所を見付けまして、漫画の単行本や文庫本、参考書目当ての他に、そこへと自転車を走らせるのが、楽しみの一つにもなっていたのです。
ペダルを漕いでおりますと、角張った2ドアタイプのクーペ───当時としても型式の古い物───が、ガーっと勢い良く、目の前の路地に入るのを見た私は驚きまして、何故かその車輛の停まる所と乗っている人を確かめたくなって、少し自転車のスピードを速めました。
「………あれ?」
その路地奥の言わば行き止まりに、大きめの一軒家が在って、その車輛が停まっていましたが、耳をすましてみてもエンジン音も聞こえず、乗っていた筈の人の姿すら無いのです。
────ガーっと走ったのを目撃したのはほんの数秒で、だのに「こちらはずーっと、そこに停まっていましたよ」とばかりに、乗っていた人の降りて来る姿すら見当たらない。
走って行っただろう延長線上に、その車輛がキチンと有るのに。見間違いにしては、余りにも鮮明である車輛の姿と、突っ込む様なあの、人を撥ね飛ばし兼ねない異常な速さは何だったのか……
作者芝阪雁茂
各方面に発信しても、ノーリアクションだった御話でも今回は一つ。唯一見えたかも知れない形ながらも怖さを覚えにくい、変な話を御送りしたく思います。ではどうぞ。
追記)あれ?どっちだったかと車輛のタイプを思い起こしたら、本文の表現が間違っていた為、僅かに手直ししました。