記憶というのは不思議なもので、それを覚えているからと言って重要な事とは限らない。
逆に言えば、忘れていた内容ほど大事な記憶だってあるのだから。
今日はその中で、俺がつい先日思い出した話を書こうと思う。
separator
nextpage
高校2年生の秋のことだ。
その日、何気なく聴いていたローカルラジオ番組が最終回を迎えた。
パーソナリティは県内で活動する三人組音楽ユニットのリーダーで、話した内容は普段とあまり変わらなかった。
「皆さん気を遣って僕らの曲リクエストしてくださってますけど、全然他のアーティストさんの曲でもいいですからね」
曲のリクエストで自分達の楽曲が来ると、パーソナリティはそう言って笑った。
このアーティストが特に好きなわけでも無かったのだが、勉強しながら聴くのに丁度良かったのだ。
とは言え、終わってしまうのは少し寂しい気もする。
「好きだったバンドが解散するとき、こう言ったんですよ。終わりは始まりだって」
不意にパーソナリティが、昔好きだったバンドのボーカルが言った言葉を口にした。
“終わりは始まり”
ありきたりな言葉に聞こえてしまうけれど、案外その通りだろうな。
実際、この町も一度終わりを迎えているのだから。
そうして今が始まった。
だからこうして、俺達はここに生きている。
ラジオが終わり、俺はイヤホンを外した。
何気なくスマホの画面を見ると、幾つかのメッセージが届いている。
鈴那からはパフェの写真。
誘えよ、誰と食べに行ったんだ?
ゼロからは除霊仕事の手伝い……明日か、まあやってやろう。
父さんは……なんだこれ?
そうしてもう一件、妹のひなからだ。
「やばすぎ」
その一文とともに、10秒ぐらいの動画が送られている。
撮られていたのは、何の変哲もない平和な海岸の光景だった。
強いて言うならば、海岸から海に突き出した背の低い堤防の上で、数人の子供達が遊んでいる。
……夕方に?
見たところ、周りに親は居ないようだ。
そうして俺は、僅かに感じていた動画の違和感に気付く。
声が聞こえない。
音が聞こえないわけでは無い。
動画に音は入っているし、少し遠いが波の音とザザッという風の音もある。
それにこの画角、ひなは隠し撮りをしたらしい。
この土手なら俺も通った事があるけれど、ひなが立っている位置ならば堤防にいる人の声まで聞こえる筈だ。
それに動画内の子供は6人で堤防を駆け回っているし、歳は7〜9歳ぐらいに見える。
これぐらいの子達が複数人で走り回っていれば、足音や騒ぐ声ぐらい聞こえてきてもいいようなものだろう。
動画が送られてきたのは7分前。
俺は財布とスマホだけを持って家を出ると、ひなに電話をかけながら走った。
「ん、お兄ちゃん?」
「もしもし、今どこ?」
「もうすぐ着くけど」
ひながそう言った直後、手前の曲がり角からひなの姿が見えた。
「お兄ちゃん、どしたの?」
「いや、さっきの動画が気になって」
ひなは「あ〜」と言い、それからニヤッと笑みを浮かべて俺に着いてくるよう促した。
ここから海まで、普通に歩けば7分ほどで着いてしまう。
「なんかね、あんまり直視しないほうがいいかも」
「わかった」
俺は土手の階段を少しずつ上がり、恐る恐る堤防に目をやった。
……そこに子供達の姿は無かった。
「あれ〜? さっきは居たのにな〜」
隣で覗いていたひなが、そう言って少し残念そうな顔をしている。
「やっぱり、声も何も聞こえなかったのか?」
俺の問いに、ひなは後ろを振り返って「うん」と頷いた。
「絶対幽霊だと思って、思わず撮っちゃった。もう居ないみたいだし、帰ろ帰ろ〜」
好奇心旺盛なのは良いが、やっぱり少し心配だ。
しかし今のひなには、霊を呼び寄せる力なんてものは無い。
あの子の力は、俺が引き継いだのだから。
「そうだな、帰ろう」
そう言って、俺はもう一度堤防に目を向けた。
一人の子供と、目が合った。
たった一人、つい先程まで誰も居なかった堤防の上に、動画で見たような男の子の姿がある。
棒立ちでこちらを見つめ、まるで人形のように止まったまま動かない。
まずい……
俺は咄嗟に目を逸らし、ひなが歩いて行ったほうを見た。
まさかとは思うが……
ひなの後ろ姿には、変わったところなど全くない。
やはり見られたのは俺だけだったか。
「まあ良いか」
正直なところ、あの程度の霊相手ならば負ける気がしない。
それは向こうも理解しているはずだし、わざわざ自分から消される為に取り憑こうとはしないだろう。
あれを除霊するかどうかは……またゼロ達に相談だな。
separator
nextpage
この記憶は、俺の経験した中では大して重要ではないものだった。
ところが先日、妻と子供を連れて散歩している時にその海辺を通りがかり、この話を思い出したのだった。
結局、あの後堤防はゼロがお祓いをしたらしい。
今となってはあの子供達も居ないし、聞こえてくるのは風に揺れた木々が擦れる音と、波の音だけ。
否、違う。
あの時、子供と目が合った時、確かに一言だけ聞こえたのだ。
波の音に掻き消されそうなほど、小さな声で……
「楽しかった」
その言葉が何を意味したのかは分からない。
あの子にとって楽しかったならば、それで良いだろう。
あの年の夏は、俺も楽しかったよ。
世界を救うなんて経験を、一生に一度出来たことが奇跡だからな。
もうあの夏は終わってしまったが、来年はまた新しい夏が始まる。
今度の夏は、いつもより忙しくなりそうだ。
作者mahiru
こんばんは、お久しぶりです。
かつて2019年頃まで、夏風ノイズというシリーズを書いていた者です。
僕を知る方々はもう殆どいらっしゃらないかもしれませんが、コワバナが終わってしまうと聞いて居ても立っても居られず、つい後日談的な続編を書いてしまいました。
しかし、夏風ノイズの物語はこれでは終わりません。
ここに載せていた作品が消えてしまっても、彼らの世界はずっと続いていきます。
作者に関しましては、今回のタイトルにある『終わりは始まり』という言葉の通り、夏風ノイズ完結後にも新しい小説を書き続けております。
今後作品をどこかにお引越しさせるかはまだ決まっておりませんが、バックアップは全て取っておくつもりです。
それと宣伝のようで申し訳ないのですが、下記URLは僕のTwitterです。
https://x.com/imorimahiro?s=21&t=GbXiOsjruu5c6CVf7PA_HA
思えばコワバナで作品を書き始めた頃は、まだ高校生でした。
あの頃の拙い文章に比べたら、今のは大分マシに見えます……
コワバナさん、長い間本当にお世話になりました。
ありがとうございました!