暑い、暑すぎる。
暑いだけの平凡な日。冷蔵庫のコーラを飲み干した俺、雨宮しぐるは、そのまま居間へ行き、畳の上に寝そべった。
17歳、高校2年の夏。外では蝉の声が鳴り響いている。あと一週間学校へ行けば夏休みだ。とは言っても、全て午前中の授業で、火、木曜日は休みだから、実際はあと3日で休みだ。
「ただいま帰りました~」
ふと、玄関をガラガラと開く音と共に、少女の声が聞こえた。俺の義妹で13歳の少女、露(つゆ)が買い物から帰ってきたのだ。
「おかえり、外暑かったろ」
「去年より暑いですよ~、氷被りたいくらいです。」
「そりゃ、逆に寒くなんだろ」
「えへへ~」
母は四年前に他界、父は海外働きのため、家には帰ってこれない。祖母は母の亡くなる一年前に、祖父は俺が生まれる前に他界した。つまり、この和作りの広い家には、俺と青髪の和服少女、露の二人暮らしだ。
しかし、祖父母の残した財産が多く、父は海外働きで忙しいが給料は良いし、家事は露がこなしてくれるため、生活には困っていない。
だが、そんな俺でも悩みは沢山ある。その一つが、霊感だ。
小さい頃から、見たくもないものが見えてしまうのだ。川から顔だけを出し、生気の無い目でこちらを見つめる黒髪の女、マンションの最上階から人が飛び降りるのが見えて、その場所へ行ってみれば、そこには誰もいない。
そんな体験ばかりするもんだから、時々変な体験をした友人などから相談されることがある。
もしその友人に何かあった場合、簡単な除霊ならすることができる。
これは祖父譲りの力だ。俺の祖父は有名な霊能力者だったと聞いている。
しかし、かなり上手くいく時もあれば、失敗する時もある。
失敗した時は、あぁ、関わらなきゃよかった。なんて思ったりして、近所にある神社の神主さんにお祓いを頼んだりする。
この霊感、俺にとっては邪魔な能力だ。
しかし、露にもそんな風に霊が見えるらしく、お互い良き相談相手でもある。
そんな感じで、なんとなく平凡な毎日を過ごしているわけだ。
ピンポーン
突然、家のチャイムが鳴った。
「露、出てくれるか」
「はい」
露は玄関へ向かい、開けてみると、そこには俺のクラスメイト、山岡が立っていた。山岡を居間へ迎え入れ、露に茶を出してもらうよう頼んだ。
「そんで、用件は?」
「実はさ、もうすぐ、夏休みじゃん。それでさ、クラスの遠藤と杉山と俺で、肝試しすることになったんだけど、お前、霊感あるじゃん。だからさ、一緒についてきてほしいんだけど。」
「悪い、お断りだ。って言うか、お前も肝試しなんてやめた方がいいぞ。」
「そこをなんとか、俺も遠藤のやつに、半ば強引に連れていかれるはめになったんだからさ。あいつに逆らうと、たぶん霊より怖いからさ。」
遠藤とは、クラスのけっこうやんちゃなやつで、どうやら、山岡はそいつに目をつけられてるらしい。
「ったく、けど、俺は行かねーぞ。」
「いやいや、頼むからさ!あ、それともお前、怖いのか?」
「バーカ、怖いと言うより、霊感があると逆に狙われやすくて危険なんだよ。」
「え?そうなのか?いやでもさぁ、そこのところをなんとかお願いしますよ旦那ぁ」
「誰が旦那だ、気持ち悪い。わかった、わかったよ。ちょっと面白そうって思ってたから行ってやるよ。」
「ほ、ほんとか!ありがとう雨宮!」
…言ってしまった。確かに面白そうとは思っていたが、勢いでOKしてしまった。
「それで、場所は?」
「あ、そうだった。向こうに、山があるだろ、そこに、廃墟があるらしくて、そこで夏休みに肝試ししようってことになったんだ。」
「へぇ~、わかった。」
や「日にちとか時間とかは、明日あたり学校で遠藤たちと決めるから、そのときお前も参加ってことで良い?」
「はいはい、わかりました。」
「たいへんお待たせしました。お茶をお持ちいたしました。」
露が居間へ入ってきた。
「なんだ、遅かったな。」
「すみません、肝試しへ行かれると聞きましたので、御守りを。四人分あります。」
「お、こりゃ良い。ありがとな、露。」
俺は御守りを露から受け取り、山岡に3つ渡した。
「ありがと、露ちゃん。」
「いえ、この程度のことしか出来なくて申し訳ないです。では、私はこれで。」
そう言って、露が居間を出ていこうとすると、山岡はそれをニヤニヤしながら目で追っている。
「どうした山岡、キモいぞ。」
「え?あ、いやー、露ちゃんかわいいなぁって思って。良いなぁ義理の妹とか!寝るときも一緒なのか?」
バカである。
「んなわけあるかバカ。別々の部屋に決まってんだろ。もういいだろ。その御守り、明日学校で遠藤と杉山に渡しとけ。」
「おう!ありがとな!それじゃ、また明日。」
その日はそれで山岡と別れた。
次の日、俺たちは放課後、肝試しの予定を立てた。
日にちはまさかの夏休み初日、時間は夜8時に近所のコンビニへ集合となった。
そして、肝試し当日。
時刻は夜8時、俺たち四人は、コンビニに集まった。すると、遠藤は俺の方を見てこう言った。
「お前、霊感あるんだってな。霊がいたら教えろよ。俺が取っ捕まえてやる。」
バカと言うよりか、もう発言が幼稚である。
「教えるぶんには構わねぇけど、取っ捕まえるってバカかよ。無理に決まってんだろーが。」
「はぁ?てめぇ俺を誰だと思ってんだ!」
バカだろうが。
すると杉山は遠藤を抑えるように言った。
「ちょっ、やめろって遠藤、せっかく霊感があるからって来てくれてるんだからさ。喧嘩は無しな。」
「お、おう、そうだな。ったく、口の聞き方には気を付けやがれ。」
お前がだろ。俺は心の中で言った。
杉山と遠藤は幼なじみで、遠藤が喧嘩し始めようとするといつも止めに入っている。たしか、柔道の黒帯だったか。遠藤が喧嘩を諦めるのも無理は無い。
そんなこんなで、廃墟まで辿り着いたわけだ。
木々が生い茂る。嫌な気配がする。確実にいる。
「な、なんか、すごい、雰囲気、あるね。」
山岡がそう言うと、遠藤がバカにするように言った。
「なんだ山岡、もうビビってんのか。まだ何も出てねぇだろが。おい雨宮、なんか見えるか。」
「いや、まだ見てはいないけど、確実にいる。これ入らねぇ方がいいかもなぁ。」
何気なく俺が忠告すると、遠藤が溜め息をついてこう言った。
「ったく、お前までビビってんのかよ。御守りありゃ大丈夫なんだろ。ほら、行くぞ。」
「御守りがあれば大丈夫ってわけじゃないからな。まぁ、せっかくここまで来たから、入りたきゃ入れよ。俺はもう行かねぇ。」
俺が断ると、遠藤は山岡の腕を掴み、廃墟の入り口へ向かった。
オカルト好きな杉山もその後をついていったので、仕方なく俺もついていった。
入り口には南京錠がぶら下がっていたが、鍵は空いていた。
建物の造りは古く、玄関を入って右側に、12畳の畳が敷かれた居間のようなところがあった。
「雨宮、ここなんか居るか?」
遠藤はビビる様子も無く俺に訊いてきた。。
「いいや、ここじゃない。」
そう言った瞬間、背後から背筋の凍るような気配を感じだ。
「!?」
俺がとっさに後ろを振り返ると、そこには何もいなかった。
気のせいだったのだろうか。いや、確かに感じだ。この廃屋には何かが住んでいる。
俺の行動に驚いた山岡は、「ひぃ」などと弱々しい声を出している。
それに続いて、遠藤も俺に訊いてきた。
「いま、なんか居たのか?」
「いや、気のせいだったみたいだ。」
俺は気のせいだったと言い、先を進むことにした。が、その時、居間のような部屋の隣にある部屋から、女の呻き声のようなものが聞こえてきた。
俺はまずいと思い、進む遠藤の腕を掴んだ。
「なんだよ。」
「聞こえる。呻き声みたいなのが。そこの部屋から。」
「まじか、ちょっと見てみようぜ!」
「おい、やめっ」
俺が止める間もなく、その部屋へ入ってしまった。山岡はさっきの俺の一言で完全にビビり、その場に縮こまってしまった。
仕方なく俺は遠藤の後をついて部屋へ行くことにした。
「杉山、山岡についててやってくれないか。」
「わかった。」
俺は山岡を杉山に任せ、部屋の入り口まで来た。どうやら台所のようだ。遠藤はどこだと思い、部屋の中を見渡すと、俺のすぐ隣に居り、強張った顔で一点を指差していた。
俺が遠藤の指差す方を見ると、そこには確かに髪を後ろで束ね、エプロンをかけたワンピースの女の霊が後ろを向いて唸っていた。
俺は直ぐに遠藤の腕を引き部屋を出ようとした。すると、さっきまで唸っていた女が言葉を発した。
「待って……どうして…私を…」
もちろん待つわけがなく、遠藤を連れて部屋を出るため振り返った。しかし、そこにはさっきまで台所の隅で唸っていた女が、なんと目の前にいたのだ。目は飛び出し、鼻は潰れており、今にも吐いてしまいそうな顔だ。
声が出ない。動けない。金縛りのような感覚に襲われ、俺はただその恐ろしい顔を見ていることしか出来なかった。
しかしその女は、こちらを見ているだけで何もしてこない。ひょっとして、御守りが効いているのだろうか。俺はそう考えることにした。
しばらくすると女も諦めたのか、目の前でスゥ…と消えてしまった。それと同時に体を自由に動かせるようになり、直ぐに台所を出て、杉山たちと合流した。どうやら杉山たちには何もなかったらしい。
俺は遠藤を支えながら、さっき起きたことを杉山たちに簡単に話すと、もう帰ろうということになり、玄関から外に出た。
「うわぁっ!!」
外を見た杉山が、突然大声を出した。そりゃそうだ。そこには、さっきの女の霊の他、顔の潰れた子供二人の霊が、行きに来た道を塞ぐように立っていた。もうそれを見た山岡は気絶してしまい、杉山がそれを支えている。
「お父さん…お父さん…」
突然、子供二人の霊がそんなことを喋り始めた。すると遠藤はゆっくりと、その子供の霊の方へと歩いていく。
「おい、遠藤!待てよ遠藤!」
俺が声をかけても止まらず、腕を掴んで戻そうとしても、そのまま進もうとしてしまう。顔は無表情でまるで死んだ人間のようだ。
もうこうなればと思い、一か八かで気休め程度だとは思うが、お祓いをしてみることにした。やり方は簡単、祖父が作ったらしい御札を、心の中で「助けてください!」と念じながら遠藤に貼り付けるだけ。なのだが、御札の枚数が少なく、あまり使いたくはないのだ。
御札を貼ると、遠藤は歩くのをやめ、そのまま地面に倒れこんだ。すると、さっきまで道を塞いでいた霊が、いつの間にか消えていた。どうやら上手くいったみたいだ。
その後、遠藤も山岡も直ぐに目を覚まし、俺たちは家へ帰った。まったく、夏休み初日から本当にバカなことをしたものだ。
次の日、遠藤が家に礼を言いに来た。今までこいつとはあまり関わらなかったけど、意外と良いヤツなのかもしれない。
「昨日は、助けてくれたみたいでありがとな。なんか、色々悪かった。」
「いや、全員無事でよかった。でも…」
「ん?まだ何か?」
「いや、なんでもない。けど、一応心配だから、神社とか行って神主さんに話した方がいいぞ。」
「おう、わかった、ありがとな。んじゃ、今日は失礼したな。」
「ああ、またな。」
はっきりと見えた。遠藤が玄関を開けたとき、家の門の外で遠藤を待ち構えるように立つ、目が飛び出た昨日の女の霊が。
作者mahiru
他サイト様で連載中の小説です!
一応ホラーです!