僕が中学2年の頃、不思議なヤツと仲良くなった。名前は、仮に烏(からす)とする。初めて見たときは、無口で暗い性格だと思った。そんな僕達が友人となったのは、あの事件からだった。
僕が中学一年の時、二つ隣のクラスに転校生が入ってきた。髪型は七三分け、皆からは『烏』と呼ばれていたが、彼はいつも一人で居り、暗い印象が強かった。
僕が中学2年生に上がった時、烏と同じクラスになった。烏は相変わらず無口で、他の生徒とは話そうとせず、初めは烏に絡んでいた男子生徒たちも、ノリの悪い烏から次第に離れていった。初めは僕も烏と仲良くしていたわけではないし、話すらしたこと無かった。あの事件が起こるまでは…
その年の7月10日に、『少女殺害事件』が起きた。被害者は10歳の女の子、犯人に関する手掛かりは無く、後にその事件は迷宮入りとなる。事件が起きたのが通学路だったため、帰りは現場を通らなければならない。そこには警察官が数人とやじうまが群がっている。その中には何故だか烏も居た。すると烏が僕に気付いたようで、こちらを向くとニヤリと笑い話しかけてきた。この時初めて烏と言葉を交わした。
「被害者の女の子、隣のクラスに居る男子生徒の妹さんなんだよ。君、知らないと思うけど。」
「そうなんだ…」
僕が返事をすると、烏はまた口を開いた。
「俺、その男子生徒と話したことあるんだけどさ、彼の妹さん、悪霊が憑いてたんだってさ。それも最悪クラスのヤツが。」
ずいぶん突飛な話をされたため、僕はすぐに理解できなかった。
「え?つまり、どういうこと?悪霊に殺されたってことなの?」
僕はそう聞くと、烏は溜め息をついてこう言った。
「違う。被害者の女の子、悪霊に殺されるほど弱くない。弱くないって言うか、霊にとり憑かれても悪い影響を受けない性質って言うか。まぁ、それっぽい感じ。」
ますます訳がわからなくなってきた。そんな人が本当に存在するのだろうか。
そして今更だが、僕はようやく烏にこの質問をした。
「なぁ烏、お前って、霊感強いのか?」
すると烏はニヤリと笑って答えた。
「うん、まぁそこそこね。そういう君は、俺の話を信じるのかい?」
僕にも霊感っぽいものはあって、わずかだが霊的なものを見ることはあった。
「うん、まぁ。霊の存在は否定しないし。僕も、見たことあるし。」
「ふ~ん、なら話が早いね。少女に憑いてた悪霊、どうなったかわかる?」
どうなったのか。少女の命が絶たれたことで、憑いていた悪霊は行き場を失った。つまり…
「その悪霊が、野放しになった…?」
「ぴんぽ~ん。正解だよ。それで、その霊に興味ない?どんな姿をしているとか。」
まさかこいつ、その悪霊を見に行くとか言わないだろうなと思った瞬間、僕の予想は的中した。
「俺はその悪霊を一目だけでも見てみたいよ。君はどうだい?興味無い?」
正直、興味はあったが、そんな恐ろしいものを見に行く勇気は無い。
「それは…ちょっと興味あるけど、もし呪われたりしたらどうするの?最悪クラスってヤバいんだろ?」
「うん、ヤバいよ。確かに憑かれたら最後、誰にも祓えないし俺たち死んじゃう。でも、そんなすごい悪霊がいるなら見る価値はあるよ。」
どうやら烏は本気でその悪霊を見に行くようだ。結局僕も着いていくことにした。
「わかった、僕も行く。それで、その悪霊ってどこにいるのさ。」
「そうこなくっちゃ。もう居る場所は知ってるんだ。着いてきて。」
なぜ居る場所を知っているのか疑問に思い、それを訊こうとすると烏がこちらを振り返った。
「君、なんて名前?」
そうか、僕はまだ烏に名前を教えていなかった。
「僕は雨、よろしく。」
「うん。」
僕は烏に何かを訊こうとしていたが、忘れてしまったようだ。
烏に連れられて来たのは、とある漁港だった。平日の夕方だからだろうか、人がほとんど居ない。烏によると、その悪霊は港と陸続きになっている小島にいるらしい。
「ほら、あそこ」
烏は島を指した。
「行こう」
そう言うと烏はさっさと歩き出したので、僕はそのあとを付いていった。
島に着くと嫌な空気を感じた。この島の裏側に例の悪霊はいるようだ。
島は大きな岩が積み重なって出来ており、足場はそんなに良くない。
島の裏側へ行くと、そこには一人の女性が僕たちに背を向けて立っていた。
長くて黒い髪には艶があり、一見すると普通の女性のようだが、その周りを黒い何かが漂っていた。
「おお、想像以上だ。世界を滅ぼすくらいものすごい力だよ。」
烏は少し興奮しながらそう言った。
「世界を滅ぼすくらいって…いくらなんでもそれは無いだろ。」
僕がそう言うと、烏はニヤリと笑って答えた。
「確かにね、霊体のままではそこまでの力は出せないだろうけど、生きている人間に憑依してしまえば最強の生物兵器になるよ。」
「生きている人間に憑依したら、その人は死んじゃうんだろ?無理じゃん。」
烏は首を横に振った。
「そうだね、あんな化け物に憑依されたら誰だって死ぬよ。でも、さっき話した殺人事件の被害者の少女は?」
そうか、悪霊に耐性のある人がいるとすれば、憑依されても死ぬことは無い。
「あれほどの力を持った悪霊なら、少女の命は奪えなくとも、意志を乗っ取ることは出来ただろうね。少女の方がどれくらい力のを持っているのかにもよるけど。」
そんな会話をしていると、さっきまで背を向けていた女性がゆっくりと振り向いた。女性の顔は灰色で痩せこけており、目は真っ赤だった。
「あ、まずい」
烏はそう呟くと僕の腕を掴んで、「逃げる」と言ったが、どうやら遅かったみたいだ。
まだ明るい空に黒いものが覆い被さり、あっという間に世界は薄暗くなった。
「なぁ、どうすんだよ。僕ら死ぬのか!?嫌だぞ!霊に殺されるなんて!」
僕は烏に向かって叫んだが、まるで聞いていないようで、
「こいつはすげぇ!俺たち別の世界に来たんだぜ!」
とかテンション上げ上げでそう言っているけれど、それってまずいんじゃ…
「なぁ、別の世界って、僕ら死ぬの?それとも既に死んでるの?」
「いいや死なないよ。ほら、これがあれば。」
烏はそう言うと、ポケットからひし形の綺麗な石のようなものを取り出した。
「なにそれ、お守り?」
僕がそう訊くと、烏は「まあね」と答えてその石のようなものを悪霊に向けた。
「俺たちを守れ」
烏がそう呟くと、その石のようなものは光を放ち、その光に僕らは包み込まれた。
「逃げよう」
烏は再び僕の腕を掴んで走りだした。
島を出てからもひたすら走った。黒い世界の道は途方もなく長く感じた。
気づくと、空は夕焼け色に染まっていた。僕らは走る足を止めた。
「助かったのか…?」
僕がそう言うと、烏は頷いた。走ったばかりで、疲れて声を出せないようだ。
僕も疲れてしまい、その場にへたりこんだ。
すると烏は口を開き、
「実はちょっと危なかったんだよね。パワーストーンの力が消されそうになってた。」
と言った。僕はその言葉に対し、
「もし、そうなってたら?」
と言うと、烏は「死んでた」と一言呟き、それと同時に「ごめんな」と謝ってきた。
「なんで謝るのさ?」
と僕が訊くと、
「いや、俺が誘ったせいで死にかけたわけだし。」
と烏が言ったので、僕は立ち上がって
「別にいいさ、それに少し面白かったし。」
と返した。すると烏は僕の方を見てニヤリと笑うと、
「ふ~ん、そう思うんだ。君は面白いね。」
と言ってきた。
「お前さ、一応謝っただけで本当は悪いと思ってないだろ。」
僕がそう言うと烏は「うん」と答えた。
「いやいやいや嘘でも否定しろよ!最低かよ!」
そう烏に文句を言ったところで、僕はさっき訊き逃したことを口にした。
「なぁ烏、なんであの悪霊があそこにいるって知ってたんだ?」
すると烏はこう答えた。
「霊がどこにいるのか探知できるんだ。不思議だろ?」
霊の居場所を探知できる。そんな能力を持った変なヤツ、烏とはこうして出会った。そしてこれから先、僕は多くの怪奇体験をしていくことになる。
作者mahiru
二作品目です。前作が序章で、今作が1話となります。