雨。それが僕のあだ名だ。
かといって、特別雨が好きな訳でも無く、嫌ってもいない。
しかし、雨には少し思い出がある。これといって特別なものでは無いが、今でも雨が降ると思い出すのだ。
中学2年生の冬のことだ。
朝の天気予報では晴れだと気象予報士が言っていたにも関わらず、その日の夕方はどしゃ降りだった。
学校を出るときにはまだ降っていなかったが、しばらく歩いていると降ってきたのだった。
この時季に降る雨のことを時雨と呼び、何ともかっこいいものだが、僕は冬の寒さが増すようで少し苦手だ。
近くに雨宿りできそうな店も無かったため、たまたま通りがかった神社の屋根がある所で雨宿りをさせてもらうことにした。
そこは至って普通の神社で、僕が雨宿りをしている場所の向かい側に社務所があった。しばらくその社務所をぼーっと眺めていると、戸が開いて誰かが出てきた。
見たところ、僕と同い年くらいの少年のようだった。
傘をさした彼は、僕のいる方へ歩み寄ってきた。そして口を開き、
「急に降ってきたね」
と言った。
何か少女漫画で見たことあるシチュエーションだなと思ったが、僕は普通に「うん」と答えた。そもそも男と男だ。
少年はなかなかのイケメンだが、少し疲れているようだ。
「寒いだろ。社務所の中入れば。」
彼はそう言うと、僕を社務所の中へ招き入れた。神社の関係者なのだろうか?
社務所の中に入ると、そこには中年の男が座っていた。
僕が「こんにちは」と挨拶すると、男は「おお、いらっしゃい。まぁ座って。」と優しい口調で言った。
僕は「失礼します」と言い畳に腰を下ろした。
少年は雨宮というらしく、歳は僕と同じで、通っている中学も同じ。しかも隣のクラスだった。
そして、社務所の中で寛いでいた中年の男がこの神社の神主で、長坂さんというらしい。
ちなみに、雨宮は長坂さんの知り合いで、神社にはよく遊びに来るのだそうだ。
僕は二人の話を色々聞かせてもらった。
特に雨宮の話は色々と興味を惹かれた。
雨宮は霊感が強いらしく、霊を見るのは日常茶飯事だそうだ。
僕はそういう話が大好きで、僕自身も恐怖体験を幾つかしてきたので、その話をしてすぐに打ち解けた。
僕はこの時、何故だか最もオカルト関連では親しい友人のことを話さなかった。
その友人を、仮にカラスとしておく。
カラスには強い霊感があり、怪談話のネタにするにはピッタリの人物だったが、雨宮にはカラスのことを全く話さなかった。
今思えば、あの時僕は無意識に、カラスのことは雨宮に話してはいけないと察していたのだろう。
理由はわからない。だが、おそらくそうだったのだ。
どれ程の時間話していたのだろうか。
雨はすっかり止み、夕空にカラスの鳴き声が響き渡っていた。
僕は雨宮と長坂さんに別れを告げて帰路に着いた。
次の日、僕は昼休みに雨宮のクラスへ行き、彼の姿を探した。しかし、教室に雨宮は居らず、僕は校内の何処かへ行っているのだろうと思った。
「何してるの?」
不意に背後から声を掛けられた。
驚いて後ろを振り向くと、そこにはカラスの姿があった。
「あ、いやぁ、ここのクラスに雨宮ってやつがいるらしいんだけどさ…」
僕は昨日の出来事をカラスに話した。
僕が話し終えた後、カラスは表情を変えることもなく、僕にこう言った。
「雨宮、そいつ、この前の少女殺害事件の被害者である女の子の兄だよ。今は学校に来れてない。」
…僕は言葉を失った。
この年の夏に起きた少女殺害事件。僕とカラスが出会うきっかけとなった事件だ。
カラスは続けてこう言った。
「彼とはもう関わらない方がいい。それ以上のことは何も言えない。」
僕は何も言うことが出来なかった。
その日、僕はそれ以上カラスと話すことは無かった。
家に帰って自室に入ると、僕は昨日の出来事を思い出していた。
そういえば、雨宮が話していた怪談で、一つ気掛かりなものがあった。
その怪談は以下の通りだ。
とある一人の少女に悪霊が憑依した。その悪霊は少女の意思を乗っ取り、殺人を犯そうとした。それを阻止するべく、一人の祓い屋が動いた。しかし、少女がどこにいるのか分からない。そこで祓い屋は、とある霊能力者を訪ねた。その霊能力者は、霊や悪霊に憑依された人間の居場所を突き止めることができるという。少女の居場所が分かった祓い屋は、少女を見付け出すとすぐに殺した。しかし、殺したのはその祓い屋ではない。祓い屋はある特殊な方法を用いて、少女に憑依した悪霊に、その少女を殺させた。
と、話はそこまでだ。
この話をしていた時の雨宮の表情は、どこか悲しそうで、複雑なものだった。
僕はこの話に登場する、霊の居場所が分かる霊能力者というものに心当たりがあった。
その人物は、カラスのことだ。
彼は霊の居場所を的確に探し出す能力を持っている。
それにこの話、おそらくあの少女殺害事件と何らかの繋がりがあるかもしれない。
事件現場でカラスと不自然な出会いをしたあの日、カラスは少女に憑依していた悪霊を見たいと言った。
少女という憑依型を無くし、野放しになった悪霊の様子を、彼は見てみたかったのだろうか。
もういい、これ以上詮索しても良いことは無いだろう。僕は頭が痛くなったので、その日は夕飯の時間に起こされるまで寝てしまった。
あの時以来、僕はあの事件のことや雨宮のことを忘れようとしていた。その後、特にカラスとの関係は変わるということは無かった。
今更だが、つまりこうだろう。
カラスはあの事件の犯人を知っている。
そして雨宮も、カラスが事件に関与していることを知っていたのだ。
カタカタとキーボードを鳴らしながらこの文を書いていると、何の前触れも無く雨が降ってきた。
今日の雨は、悲しいようで、どこか少し怪しい。そう思えた。
作者mahiru