プルルル…プルルル…
夏休みのとある日、俺(雨宮しぐる)は、午前8時に電話の音で起こされた。
「もしもーし」
「おう、しぐるか。」
電話の相手は、近所にある神社の神主をしている長坂さんだった。
「何の用です?眠いんすけど。」
「夏休みだからって寝坊か?まあいい、ところで、この前お前のクラスメイトの、遠藤ってやつがうちに来てな。」
遠藤のやつ、肝試しの件でうちに礼を言いに来たあと、俺に言われたとおり神社に行ったらしい。
長坂さんは、そのまま続けた。
「お前たち、肝試しに行ったんだろ?あいつにたちの悪い悪霊が憑いていたな。一応お祓いは済ませておいたぞ。他のメンバーは無事だったのか?」
「ええ、遠藤だけでしたよ。」
「そうか、ならよかった…あぁ、じゃあな。」
「え?あぁ、では。」
それだけかよ。と思ったが、早く済んでよかった。
すると、良い匂いがしてきたからそろそろ朝食の時間だろうと思い、俺は居間に向かった。
居間に入ると、義妹の露が目玉焼きの乗った皿をテーブルに置いているところだった。
「あ、おはようございます!旦那様。今日は電話のおかげで早く起きれましたね。」
「おはよう。まったく、叩き起こされた気分だよ。」
俺はそう言いながら畳に腰をおろした。
露は朝食のサラダを皿に盛っている。本当に毎日世話になっている。
露がサラダを持ってきたところで、俺たちは食べ始めた。
「いただきます。」
俺には妹がいた。名前は雨宮ひな。しかし3年前、ある事件に巻き込まれてこの世を去った。その1年後に露が家へとやってきた。妹が生きていたなら、ちょうど今の露と同じ13歳だ。だから、ついつい妹と露を重ねてしまう。
朝食を食べながら、露は俺に話しかけてきた。
「旦那様、この前の肝試しのことなのですが、遠藤さんは大丈夫だったのですか?」
「ああ、問題ない。長坂さんがお祓いしてくれたってさ。」
俺は先程の電話のことを露に話した。すると、露は安心したらしく、ほっとため息をついた。
「よかったです。旦那様も、あまり無理をしないようにしてくださいね。お体…あまり丈夫ではないのですから。」
「ああ、ありがとう。」
そう、俺は幼い頃から病弱で、よく病気で入院したりすることが多かった。それに比べ、妹は丈夫で、とても元気だった。元気だったのに…殺されたんだ。犯人はまだ捕まっていない。あんなに良い子だったのに、なぜひなが殺されなければならなかったのか。
「…だんな、様?」
おっと、妹のことはなるべく思い出さないようにしていたのに。
「あ、あぁ。いや、すまない。」
「本当ですか?顔色、少し悪いですけど。」
「いや、大丈夫さ。あ、朝飯、ありがとな。ごちそうさま。」
「あ、はい。お粗末様でした。くれぐれも、体調にはお気をつけくださいね。」
「ああ、ありがとう。」
朝食を食べ終えた俺は、自分の部屋へと戻り、読み途中の本を手に取った。まあ、俺の読む本といえば、ホラー小説くらいしか無いのだが。
そのまま椅子に腰をかけ、午前中はずっと、その本を読んでいた。
ふと時計を見ると、時刻は昼の12時。時計を見たと同時に、お昼のチャイムが鳴った。
俺は居間へ行き、露が用意してくれた昼食を食べた。
昼食を食べ終えた俺は、再び部屋へと戻り、本の続きを読み始めた。
しばらくすると、部屋の入口、襖の向こう側から露の声が聞こえた。
「旦那様、お夕飯の買い物に行って参ります。」
「はーい、いってらっしゃーい。気を付けてな。」
俺は本を読みながら、そう返事を返した。
それからどれ程の時間が経っただろうか。本を読み終え、ふと時計を見ると時刻は15時半。外からは、雨が降っている音がしていた。露はまだ帰ってきてないし、傘は持っているのだろうか。
そんなことを考えながら、何気なく窓の外を見た。そこで俺は見てしまった。さっきまで雨音が聞こえるということだけで、雨が降っていると認識していたが、それは確かに雨が降っている。だが何だこれは、赤い、真っ赤だ。降っている雨の色は、まるで血のように真っ赤だった。俺はゾッとしたが、それよりも出掛けている露のことが心配になった。
大丈夫なのだろうか。外の人達はどうなっているのだろうか。そんなことを考えて焦っていると、玄関をガラガラと開く音がした。
「ただいま帰りました~」
露だ。
「露っ!お前、傘持ってたか?ってか、あの雨何だ!何ともないか?…って、あれ?」
そこに立っていた露は、傘を持ってない。しかも、汗はかいているが、あの真っ赤な雨で濡れた様子も無い。
「へ?何を申しておられるのですか?雨など降ってはおりませんよ?」
俺は訳がわからず、既に閉めてある玄関を開いてみた。だが外は雨など降っておらず、水溜まりすら出来ていなかった。
その後、俺は先程見た雨のことを露に話した。
「また変なもん見ちゃったよ。大丈夫なのかなぁ、俺。」
すると露は、少し考えてからこう言った。
「ひょっとすると、死者が旦那様に何かを伝えようとしていたのかもしれませんね。よくわかりませんけど。」
露は、自分の考えをおかしな仮説だと思ったのか、照れ笑いながら話を続けた。
「旦那様、いつだかの雨の日の学校帰りに、不思議な女性に会ったとか申しておられましたよね。」
確かに2週間くらい前、雨の中通学路を歩いていると、前方に白いワンピースを着た女性が左側にある林の方を向いて立っていた。
よく見ると、いや、よく見なくてもわかった。白いワンピースのちょうど真ん中あたりに、赤い大きめのシミがついていた。俺は直ぐに血だとわかった。これは無視した方が良いと思い、なるべく女性を見ないで先へと進んだ。そして女性を追い越そうとしたその時、突然その女性が泣き出したのだ。興味が無いわけでは無かったが、関わると面倒になりそうだと思い、そのまま家へと帰った。それ以降もそこの道は通るが、その女性とは会ってない。
「もしかして、あの女が…?」
そう思った俺は何の根拠も無いが、とりあえずその女性に会った場所へ行ってみた。そこに女性の姿は無かったが、妙な異臭がしたことには直ぐ気付いた。その臭いは、以前にも嗅いだことがあるような臭いだった。
「この臭い…」
俺はその臭いの正体がわかった。これは、死臭だ。林の中をよく見ると、迷彩柄の布に、何かがくるまっているようなものを見付けた。その大きさは、ちょうど人の身長くらいだった。そこで俺は、警察に通報した。
警察が来て、布の中身を確認すると、それは腐敗した男性の死体だった。その後、第一発見者となった俺達は、署で事情聴取、その後は、そのまま家へと帰してもらえた。
帰り道、俺はずっと疑問に思っていたことを口にした。
「なぁ、たぶん、あの雨は今日のことを伝えたかったんだろうと思う。でも、俺があのとき見たのは服に血のついた女だぜ。でも、あそこで死んでたのは男。それってさ…」
「あ、ゆ、夕御飯作らなきゃ!旦那様、お腹空きましたでしょ!早く帰りましょう!」
露も俺が何を言おうとしたのか察したらしく、俺はその話を止めて二人で家へと帰った。
次の日の夕方、何気なくニュースを見ていると、昨日俺達が遭遇したあのことがやっていた。どうやらあの後、現場から凶器が見つかったらしく、指紋を調べたら直ぐに犯人が特定できたらしい。そして、その犯人の顔と名前が出た。予想していた通りだった。犯人は、2週間前に俺が会ったあの女性だった。このニュースを見て確信が持てた。
あの女性は生きた人間だったのだ。
ワンピースに付いた血はあの男性のもの。
流石にこれは怖い。
幽霊よりもずっと。
なぜなら、2週間前に会ったあの女性は、人殺しをした直後の人間だったからだ。
あの時関わらなくて本当によかった。
もしあの女性に話しかけていたら俺はどうなっていたのか。
そして、なぜあの女性は泣き出したのか。人間の感情は難しい。
だからこそ、人間が一番怖いのかもしれない。
作者mahiru
雨宮しぐるシリーズの第二作品目です!!
所詮は素人ですので温かい目で見守って頂けると幸いです。