長編19
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ある村の呪われた記憶

俺は埼玉県生まれの埼玉県育ちだが、中学2年の時1年間だけ、父親の仕事の都合で四国の○○県に住んだことがある。

俺には3つ年下の妹がいるのだが、彼女は転校が嫌ということで母親と2人埼玉に残った。

実際俺もその村に着いた時点で

(埼玉に残ってりゃ良かった・・・)

と、後悔の気持でいっぱいになった。

山間のその村は車も滅多に通らず、通っても軽トラだけというまさにど田舎を絵にしたような所だった。

父親の仕事は中小企業のコンサルタントで、経営がやばくなったホテル、旅館を立ち直らせるというような、よくわからない仕事をしていた。

(こんな村に旅館があるのか?)

俺は少し気になっていたのだが、父親に尋ねる程の関心も無かった為、聞かずにいた。

転校した中学校は

(これ廃墟?)

というような古い建物で、生徒数は全校で20数人しかいなかった。

俺は最初からその学校の生徒を

(この田舎者が)

と内心馬鹿にしていた。

しかし・・・

転校初日から、俺は度肝を抜かれる事になる。

2年生は俺を含めて8人しかいなかったのだが、俺以外全員が、埼玉じゃありえないレベルの授業を受けていたのだ。

(こいつら何?)

俺は授業に全くついてゆけず、たった8人のクラスで瞬く間に落ちこぼれになってしまった。

俺は基本的に人見知りする方だから、クラスの人間と殆んど会話は無かったのだが、一度、隣に座っている奴に聞いたことがある。

「みんなすごいなあ、東大一直線って感じで・・」

「・・・」

「だってここの授業高校レベルだろ?」

「・・・」

「何とか言えよ」

俺はちょっとムカ!ときて言った。

「みんなこんな村から一刻も早く出たいのさ」

「こんな村?」

「・・・」

そいつは自分の故郷を“こんな村”と吐き捨てるように言ったきり黙り込んでしまった。

転校して2カ月くらい経った頃、俺はクラスの人間関係で、何か腑に落ちないものを感じていた。

頭のいい人間特有なのかもしれないが、奴らは全く無駄口を叩かない。

必要最小限のことしか話さない。

その中でも○○代(以後H)だけは特に異様だった。

2カ月経つのに声も聞いた事がない。

(聾唖者?)

俺は真剣に疑っていた。

誰かに聞いてみようかとも思ったが、みんながみんな俺の事を馬鹿を見るような目で見るので聞けなかった。それに俺がHに気があると思われるのも何か嫌だったし。

先生も何故かHに1度も声を掛けなかった。

俺が

「埼玉に帰りたい」

と父親に頼めば、簡単に帰れる筈だったのだが・・・

何故帰らなかったのか・・・

実は初めて会った日から、Hの事が気になって仕方なかったのだ。

特別美人というわけでもなかったが、どことなく影のある表情が“大人”を感じさせた。

このまま馬鹿のままじゃ相手にされない・・・

俺は彼女に自分を見てもらいたい・・・ただそれだけの為にひたすら勉強した。

だけど結局、彼女と口もきけないまま夏休みに入ってしまった。

俺と父親は、ある農家の離れを1年間だけの契約で借りていた。

父親はひと月に1日くらいしか帰って来ない。

後からわかった事だが、親父の手がけている旅館はやはりこの村には無かった。

なんとバスで3時間もかけて通っていたらしい。

当然、何で俺はこんなに離れた村の中学校に転校なん?という疑問が湧く。

親父は俺に1度田舎暮らしをさせたかったらしい。そして田舎の中学校の中で1番優秀な学校が、まさに俺が通っている学校だったらしいのだ。

ただ、親父は気になる事を耳にしたらしい。

俺のクラスが1年前、2人の自殺者を出しているそうなのだ。

(あのクラスの異様な暗さはそれが原因なのか・・・)

確かに思い当たる節はあった。

教師自体が(校長、教頭を含め)生徒との接触を異常に避けている・・・

それにHの暗さ・・・

2人の自殺は、Hと関係があるんじゃなかろうか?

俺は盆にも帰省せず(父親は埼玉に帰った)、あれこれ思いを巡らせた。

でも結局、いくら考えても埒があかないので、離れを貸してくれている農家の主人に尋ねてみる事にした。

「おおよく来た、夕飯でも食べてお行き」

主人は快く迎え入れてくれたが、俺の心は飯を食うどころじゃなかった。

「あのーすいません・・・俺のクラスの事なんですけど・・・」

主人の表情が少し強張るのを俺は見逃さなかった。

「去年、自殺者が2人出たらしいんですけど、ほんとですか?」

「・・・」

「何か知っていたら教えて下さい」

「その事に関しては、俺は何も言えん」

「何か知っているのですか?」

「・・・・」

「・・・・」

「・・・誰に聞いたか知らんが・・・」

「・・・父です・・・」

「1年したらこの村を出て行くんじゃろう?」

「・・・はい・・・」

「なら、知らん方がええ」

俺はこの時、本当に何も知らないほうが好いのでは?・・・という思いが

胸の奥から湧き出て来るのを確かに感じていた。

でもやはり好奇心の方が勝ってしまった。

「どうしても、このままじゃ、気持がおさまらないんです」

「わしもその件には関わりたくないんじゃ」

「・・・・」

「あんたの学級にHっておるやろ」

「・・・!」

「あの娘には近づかん方がええ」

「Hに近づくな、ってどういう意味です?」

「わしはもうこれ以上は言えん・・・悪い事は言わん、はよ、この村から離れた方がええ」

「俺、気になるんです、なんで、クラスのみんなも、先生も、Hを無視するのか」

「無視してるわけじゃない、無視などできるものか!」

「どういうことです?」

「・・・・」

「・・・また、だんまりですか?」

「よそ者は、へんな詮索せんで、さっさと生まれたとこへ帰ったらええんじゃ!」

「そんなんじゃ、ますます帰れません!」

俺は、理由のわからない恐怖を肌で感じてはいたものの、やはりHの事が気になっていた。

確かに暗いところはあるが、そんなに悪い娘には見えない。何よりまだ中2の女の子だぞ。

なんとなく気まずい沈黙の後、おじさんが口を開いた。

「たかし君(俺の名)、まさか・・・Hの事が好きなんじゃあ・・・・」

「・・・!」

俺は、頭がうまく働かず、適当にごまかす事が出来なかった。

「失礼します」

俺は立ち上がると、呆然と俺を見上げるおじさんを背にして玄関に出るふすまを開けた。

(バタン!)

そこに丁度、買い物かごをさげたおばさんがもどってきた。

「まあ、たかし君、今日はうちで夕飯食べるんじゃないの?」

「ああ・・・今日はお腹空いてないんでいいです」

おばさんはいつも俺の為に、ご飯を作って離れまで持って来てくれてた。

ただ、その時は本当に何も欲しくなかった。

俺は家を飛び出し、夕日に染まり始めたじゃり道を、ただやみくもに歩いた。

(おじさんも、もしかしたら・・いやたぶんおばさんも、先生も、クラスの連中も、みんな、何か隠してる・・・)

「たかしくーん!!」

2百メートル程歩いただろうか、おじさんが大声で叫びながら、後ろから追っかけてきた。

「たかし君、事情が変わった!うちに来てくれ」

(事情が変わった??)

俺は訳の分らぬままおじさんの後をついて行った。

「まあそこに座れ」

おじさんに促され俺は、ちゃぶ台を挟んで向かい側に座る。

「Hの事を好きになるのは、まあ、男なら仕方ない」

「・・・」

「田舎もんにしては美人だしな」

「・・・」

「たかし君のクラス、去年2人の自殺者が出たって言ったろ」

「はあ・・・」

「2人はたかし君と同じ・・・ただ・・・Hを好きになっただけなんだ」

「・・・・!」

「しかし、Hは2人とも好きになれなかった・・・むしろ嫌っていた」

「いや、Hは全く悪くない・・・悪くないんだ・・・」

「ただ・・・・・・・・Hを守るものが2人を許さなかっただけなんだ」

「Hを守るもの??」

俺は何が何だか全然わからず、唖然とするばかりだった。

「話は長くなる・・・飯食ってからにしよう」

「俺、腹減ってません」

「黙って食え!わしだって、よそ者に、こんな話したくないんじゃ!半年、たかし君を見てて、いい子だなあと思ったからこそ話すんじゃ!」

おじさんの迫力に、俺は箸をとらずにはいられなかった。

おばさんはどこに行ったのか全く姿を見せない。

窓の外が夕暮れから夜になり始めた頃、おじさんは「2階で話そう」と俺に手まねきをした。

その時の俺にはもう「ここじゃ駄目なんですか?」なんて言う気力も無かった。

2階の廊下を突き当たった所に、窓の無い、布団部屋といった感じの4畳間があった。

さすがにこの時はおじさんに聞かざるを得なかった。

「なんでこの部屋なんですか?」

(シッ!)おじさんは人さし指を口に当てると小声で言った。

「シラミに見つかるぞ」

「シラミ?」

おじさんは小さく頷くと妙に分厚い座布団に腰を下ろした。

俺は立ったまま、

「シラミって何です?」

と聞いた。

おじさんは手で俺に座るように促すと耳元で囁いた。

「わかりやすく言えばドブネズミかな」

俺はもう、わからない事づくしでお手上げ状態だった。

(Hの事も、おじさんの話も、もうどうでもいいから埼玉に帰りたい!)

俺のそんな投げやりな気持ちを察したかのように、おじさんは口を開いた。

「たかし君がHの事を好きだという事自体はなんの問題もない」

「あの娘がたかし君に何の関心も無ければ、全く問題はないんだ」

「ただ、たかし君が告白なんかして嫌われたら・・・・・・・・・・・・・・命は無い!」

「自殺した2人はどちらも告白して・・・死んだんだ」

「・・・・・・・・」

「2人ともよそから来た転校生だった・・・」

「・・・・・・・・」

「あの娘の恐ろしさを知らないのも無理はないじゃが・・・」

「恐ろしさって、一体彼女は何者なんですか?おじさん、彼女を守るものって確か言いましたよね、その守るものって、一体何なんですか!!」

「声がでかい」おじさんは静かに言った。「見つかるぞ」

「見つかる、見つかるって一体何を恐れてるんです?」

「たかし君、部落って聞いた事あるかい?」

「部落って、町や村をさらに小さく分けた・・」

「いや、その部落じゃない、江戸時代に・・」

「ああ、士農工商の下にさらに低い身分の階級を決めたとかゆう」

「そう、この村がまさにその部落なんじゃ」

「・・・そうなんですか・・・」

「あの中学、がり勉ばかりじゃろ?」

「はい・・・僕も最初驚きました」

「みんな、東大くらい出ないと出生地のマイナスをカバー出来ないと思うとる・・・哀しい事じゃ・・・」

「ああ・・・だからみんなあんなに・・・」

「元々、何の理由も無しに決められた事なのに・・・」

「今でもそんな差別あるんですか?学校の先生も確かそんな事言ってたけど・・・信じられない」

「ある!まあ、今は昔ほどじゃないけども・・・」

「それと、自殺した生徒と一体どんな関係があるんですか?」

「まあ聞け、今から話す事はこの村で生まれた者なら誰でも知っとる」

俺は夏だというのに異常なほどの寒気を感じていた。何か、非常にやばい事に足を突っ込んでしまった・・・という後悔の思いと、ここまで来たら全てを知りたい、という好奇心とがごちゃ混ぜになって、頭の中はパニック寸前だったが、どちらの思いも恐怖心に支配されていたのは確かだった。

「人が人を呪うって・・・たかし君、考えた事があるかね?」

「はあ・・・あまり考えた事ないですけど・・・」

「普通はそうじゃ・・・そんな事、普通の人間なら考えん・・・考えるわけがない」

「・・・・」

「けどなあ、たかし君、まだ中学2年だから少し言いずらいけど、たかし君、お母さんおるじゃろ?」

「・・・はあ・・・」

「もしもお母さんが何者かに強姦され、その上殺されたらどう思う?」

「!」

「しかもその犯人が何の罪にも問われず、堂々と生きていたら・・・」

「・・・・」

「例えばだ、たかし君のお父さんが、何もしていないに殺人の濡れ衣を着せられて、火あぶりの刑で殺されたら、どうだ?」

「・・・・」

「そんな理不尽な事がまかりとおってた時代がこの村には確かにあったんじゃ!」

「・・・・」

「怨みを晴らす事、相手を呪い殺す事、それだけが生き甲斐っていう奴が出てきたって、誰が責められようか!!」

「・・・・」

「そんな人間が、昔、この村には溢れかえっていたんじゃ!」

大声を出すなと俺に何度も注意してたおじさんが声を張り上げた。

ビチビチビチビチ・・・

突然、今まで聞いた事もない異様な音が廊下の方から聞こえてきた。

おじさんは無言で人さし指を俺の口に当てた。

(おじさんが大声出したからだろ)

俺は一瞬そう思ったがあまりの恐怖にそれどころじゃなかった。

どれくらいの時間が経ったんだろう・・・不気味な音はいつの間にか消え失せていた。

「もう大丈夫だ」

おじさんが口を開いた。

「大丈夫って・・・一体今の何なんです?」

「・・・たかし君・・・それを説明する前に、わしはまず、たかし君に謝らんといかん」

「・・・?」

「自殺した生徒は2人とも他の町から来た転校生だったと言ったろ」

「・・・はい・・・」

「たかし君があのクラスに入るって知った時、同じ事が繰り返されるんじゃないかと、実は最初から心配しとったんじゃ」

「・・・!」

「でも結局、たかし君に何も言わなかった・・・」

「・・・」

「よそ者の生死なぞどうでもええ・・・わしも知らん間に犬畜生になっとったんかもしれんな」

「・・・でも、今、助けようとしてくれてます」

「・・・・・・・・さっきの音だが・・・」

「シラミ・・・ですか?」

「ああ・・・」

「シラミってどぶねずみの事ですよね」

(シッ!)

「奴らの事をどぶねずみなんて呼んでるの聞かれたら大変な事になるぞ」

「さっき・・・見つかったんじゃないんですか?」

「わしが見つかっても大したことはない・・・奴らはよほどの事がない限り、村の者には手を出さんからな・・・この部屋を使ったのもたかし君の存在を隠す為だ」

「奴らって・・・・なんでネズミだって思うんですか?」

「Hに関わって死んだ者は皆、身体中にネズミに噛まれたような傷が残るからな」

「!」

「そして例外無く自殺してる」

「・・・」

「わしが思うに、あまりの痛みに耐えきれなくなって、自ら死を選ぶんじゃろう」

俺は、そんな事を知っていながら黙ってたおじさんに(おいおい!いくらなんでも、そりゃああんまりだろう!!)と言いたかったが止めといた。

おじさんもよそ者からひどい目に遭わされたに違いないんだ・・・と思うと何となく許せたんだ。

「シラミの事を話そうか」

おじさんは静かに語り始めた。

「この村の人間が、大げさじゃなく犬以下の扱いを受けていた頃・・・・もう、百年近く前の事じゃあ・・・」

「1人の、汚い身なりをした年寄りがふらりとこの村に現れたらしいんだが・・・」

「その爺さん、妙な事を村の者に言ったんだそうだ」

「・・・・(俺)・・」

「住まいと食べものさえ与えてくれたら、あんたらの恨み晴らしてやってもよい、というような事だ」

「・・・・」

「もちろん最初は、村の誰も相手にはせんかったらしいが・・・村の者もはらわたが煮えくりかえるような、悔しい思いをしてきたから、その年寄りに懸けたんだな」

「そのうち外の噂が、村の者の耳にも入るようになった」

「この村に人でなしの行いをした者が、次々と死んでいて、そのどれもが異様な死に方らしい、と」

「そのじいさん、呪いの道具に動物の死骸を使ってたらしいが、たぶんドブネズミも使ってたんじゃろう」

「しかしそのじいさん、1年くらいこの村にいたが、ある日忽然と姿を消したそうだ」

おじさんが言うには、その老人が姿を消して以降、呪いの儀式を行う者は誰もいなかった。

もうその頃には、この村は、“近づくと呪われる村”だという噂がかなり離れた町や村にまで広まり、誰も近づかず、完全に孤立していた。

だからことさらに人を呪う必要も無かったし、第一、呪術を行える唯一の老人が、もう村にはいなかった。

貧しいが平穏な日々がしばらく続いた。

しかし、老人が術を駆使して操っていた動物霊たち、特におじさんがシラミと呼んでいる悪霊達は、自分の意思で他の村の者たちを殺し始めた、というのだ。

俺はおじさんの話をただ黙って聞いていたが、正直、恐怖からの疲労からか、もうどうでもよくなっていた。Hの事も、おじさんの事も、この村の事も、学校の事も、全部忘れてしまいたかった。

「おじさん、俺、明日にでも埼玉へ帰ります」

おじさんは俺の目を見つめ、「それがええ」

と言ったきり、黙り込んでしまった。

「彼女の事も、考えてみりゃ一目惚れに毛が生えたようなもんだし・・・埼玉に帰ったらすぐ忘れられそうな気がする」

もう夜も遅いし、帰ろうと俺は立ち上がった。

「ただ一つ気になる事があるんじゃ、」

「なんです?」

嫌な予感がした。

「Hはたかし君の事、何とも思ってないんだろうね?」

俺は、おじさんの前に座り直した。

「もし、彼女が僕の事を好きだったらどうなるんですか?」

「それはまずい・・・たかし君はあの娘と結婚するしか、生きる道はないぞ・・・」

「はあ??」

「あの娘を守るもの、シラミ達は、あの娘を守る事しか考えない」

「・・・」

「自殺した2人の生徒は、あの娘が迷惑だと思ったから殺された・・・」

「・・・・」

「もしもあの娘がたかし君の事好きなら・・・あの娘を放ってこの村を離れたりしたら・・・シラミ達は容赦しないぞ」

「???」

「あの娘を悲しませた・・・敵だと判断するからだ」

「・・・!」

「前にも言ったように、あの娘には何の罪もない」

「・・・」

「今までHと関わって死んだ人間は、わしが知る限りでは7人おるが・・・全てシラミが“あの娘の敵”だと判断した為に殺された」

「・・・死んだ人はみんな、ネズミの傷痕が付いてたんですか?」

「そうだ」

「警察は調べなかったんですか?」

「警察?はは・・この村のことを一番恐れてるのは警察かもしれんな」

「はあ?」

「この村は普通の死体の方が少ないくらいだからな」

「あのう・・・シラミっていうのは、この村の人間には手を出さないって言いませんでしたっけ?」

「ああ・・・最近はな・・・」

「最近?」

「なんで、シラミ達がHを守るようになったか・・・これはわしの想像なんだが・・・」

「・・・」

「呪術を自在に操っていたじいさんがいなくなって・・・この村には怨みの権化ともいうべき動物霊が残された」

「・・・」

「主を失った奴らはある家の強烈な呪いに反応したんだな」

「強烈な呪い??」

「この村が徹底的にひどい差別を受けたように・・・この村の中にも徹底的に虐げられた家があったんだ」

「・・・」

「その家は昔から、身体のどこかに欠陥のある人間しか生まれない家だった」

おじさんの話を俺は黙って聞いていた。

その家はこの村の北のはずれにあり、家というよりは山肌に出来た小さな洞窟みたいなものらしかった。

その家には昔から、女しか生まれず、足の長さが普通の人間より半分くらいしかなかったり、腰が異様に曲がっていたり、まともな身体で生まれる者は殆んど無かった。

まともな身体で生まれた女でも、知能が劣っていたりで、いつの時代もこの村中の蔑視を一身に浴びていたらしい。

結婚する男などいる筈もなく、出来た子供はみな、凌辱の結果、できた子供だった。

「軽蔑され、虐げられ・・・悲しみ、苦しみを誰よりも舐めてきた筈のこの村の人間が、その家の女達をまさに虫けらのように扱ったんじゃ」

「・・・・まさか、Hがその家で生まれたと・・・」

おじさんは黙って俺を見て、頷いた。

重い沈黙が続いた。

俺はHの事を思い浮かべた。

いつも陰りのある、思いつめたような表情が、頭から離れなかった。

「あの娘が生まれた時、村中が驚いた。五体満足で生まれた初めての女の子だったからな」

おじさんは何故か目に涙を浮かべていた。

「わしは未だに忘れる事が出来ない」

「・・・?」

「あの娘のお母さんが生まれたあたりから・・・その家の女達を凌辱した男たちに・・・シラミ達の猛攻撃が始まったんじゃ」

「・・・!」

「さっき聞いたろ?」

「・・・?」

「氷が割れるような音さ」

「ああ・・・ビチビチと聞こえました」

「あの音が随分長いこと、村中に響き渡った・・・」

「・・・」

「あの娘の母親は、生まれつき盲目だった・・・父親は例によって誰だかわからぬ状態だったが」

「お母さんは生きてるんですか?」

「生きてる・・・あの娘のお母さんはりっぱだったよ」

おじさんは目を腕で拭った。

「目が全く見えない・・・誰も助けちゃくれない・・・そんな中で、恨みごとひとつ言わず、あの娘にめいっぱいの愛情を注いだんだ」

俺は言いずらい事をおじさんに言うしかなかった。

「おじさん・・・実は・・・あの娘の視線・・・学校にいる間中・・・僕・・・いつも感じてたんですよね」

おじさんは突然、俺の目の前で土下座した。

「たかし君!あの娘を嫁に貰ってくれんだろうか」

「嫁って・・・僕、まだ・・・中学生ですよ・・・」

「もちろん、今すぐってわけじゃない・・・わしはあの娘に幸せになってほしいんじゃ」

「・・・」

「シラミがたとえ怨みつらみの権化でも、少なくともあの娘を守ろうとしてる」

「・・・」

「言い方をかえればあの娘の幸せを願ってると言えないだろうか・・・」

「・・・!」

「奴らが根っから怨みの念だけの化身なら・・・あの娘はもう、生きていない筈・・・」

「・・・」

「あの娘は利口な娘だ・・・たとえたかし君の事が好きでも・・・決してそれをたかし君には言わない・・」

「・・・」

「たかし君を不幸にしない為に・・・」

俺は泣いた。

俺は泣き続けた。

彼女の深い哀しみ、苦しみは、何の苦労もなく、のほほんと生きてきた俺の理解できる範囲を超えていた。

しかし、泣きながら、俺にはひとつの疑問が湧いた。

(何で、おじさんが泣くの?)

俺に土下座までして泣くおじさんの行動は、どう考えても不自然だった。

畳に突っ伏して泣き続けるおじさんの姿は、ある意味異様でしかなかった。

ビチビチビチ・・・

(!)

どこからともなく、あの音が聞こえてきた。

温度が急に下がったような気がした。

ビチビチビチビチビチビチビチビチビチビチビチ

・・・・・・・・・・・

おじさんは泣くのを止めない。あの音が耳に入らないわけないのに!

「おじさん!」

不気味な音はますます激しくなった。

「おじさん!!」

突然、おじさんは顔を上げて叫んだ。

「たかし君!わしの事はいいから早く行け!」

(行けって言われても、俺、怖いんですけど・・・)

「いいから早く行け!明日もし生きてたら全て話す」

俺はどうしたらいいか分からず、立ちつくすしかなかった。

「大丈夫!たかし君が襲われる事は無い」

(大丈夫って、言われても・・・)

「早く!!」

おじさんは座ったまま、俺の肩を突き飛ばした。

仕方無く立ち上がると、部屋の障子に手をかけた。

一瞬、動物の腐ったような、嫌な臭いがした。

俺は階段を飛び降り、玄関を飛び出し、離れの自分の部屋に転がり込んだ。

幸い、あの音が俺についてくることはなかった。

ただその夜は、怖くて、一睡も出来なかった。

次の日の朝、俺はおそるおそるおじさんの家に入った。

一階に人の気配は無い。

(おじさんが死んでたらどうしよう・・・)

俺は恐怖心を押し殺し、二階への階段を上った。

一番奥の部屋の障子は開いたままだった。

「おじさん」

小声で呼びかけてみた。

応答はない。

勇気を振り絞って、部屋を覗いた。

おじさんは仰向けになって倒れていた。

おじさんの肌に、ネズミの噛んだような痕は無かった。

「おじさん!」

俺はおじさんの肩を掴んで思いっきり揺さぶった。

おじさんは生きていた。薄目を開けて眩しそうに俺を見ると、少し笑った。

俺たちは一階に下りると台所の椅子に腰をおろした。

「何か食うか?」

首を横に振り、俺は昨晩から気になっていた事をおじさんに聞いてみた。

「あのう、おばさんは?」

「ああ、あれは盆の間、実家に帰した」

コーヒーをたてながら、おじさんは話を続ける。

「家内は、この村の生まれじゃないし、聞かれたくない話もたくさんあるしな」

(・・・・)

俺の前には、牛乳たっぷりのカフェオーレが置かれた。

コーヒーを飲みながら、おじさんは窓の外を眺めてる。

“明日生きてたら全部話す”

おじさんの言葉が気になりながら、なんとなく聞けなかった。

息が詰まるような沈黙が続いた。

「わしには、自分には出来過ぎなくらいの、自慢の息子がおった。」

おじさんは俺を見ずに話し始めた。

「死んでもう10年以上になる・・・」

(・・・・)

おじさんは、急に顔を向けると俺の目を見て・・・言った。

「自殺だった・・・」

(!!)

「盆で帰省してて、東京へ帰るその日に・・・」

(・・・)

「フェリーから海に飛び込んだ」

俺はおじさんから目を逸らした。

「息子はシラミに殺されたんじゃ」

(!!!!!)

「死体には、まさにあの・・・シラミの・・・傷が酷くて、家内には見せられなかった」

(・・・・・)

「わしはすぐに・・・盆の間、東京から連れてきてた息子の友達に電話したよ」

おじさんは頭を抱え込むようにして、話を続けた。

「その友人はひどく怯えていたよ・・・そして、盆の間に2人が、あの家でした事を全て話してくれた」

(・・・・)

「息子は、いつか堂々と、自分の生まれた村の名を言えるような社会にしたいって常々言っていた・・・まさかあんな事を・・・」

俺は立ち上がった。顔が青ざめているのが、自分でもわかった。

「たかし君」

「おじさん、俺、もう聞きたくないです」

俺は玄関に急いだ。

後ろからおじさんが追いかけてくるのがわかったが、無視した。

ドアノブに手がかかった時、背後からおじさんの叫ぶ声が聞こえた。

「似ているんだよ、息子に!」

家を飛び出し、俺はただがむしゃらに走った。

何も考えられなかった。

その後も、俺はおじさんの家の離れに住んでいたが、おじさんと話す事は二度となかった。

奥さんは、2人の間に絶対何かあったと感じてる筈だが、俺に聞いてくる事は無かった。

夏休みが終わり、新学期が始まった。

が・・・一日目も二日目も、Hは姿を現さない。

例によって、皆気付かない振りをしていた。

一週間経っても学校に来ないので、さすがに先生も放っておくわけにはいかなくなったようだ。

家に行ったが、もぬけの殻だったらしい。

母娘2人とも、行方をくらましてしまったのだ。

俺は結局、Hと会えぬまま、実家へ帰る事になった。

父親と引っ越しに準備をしている時、おじさんが離れに来て、俺に分かるように手紙を置いていった。

その手紙の内容で、忘れられない一文があった。

あの娘はあの娘なりに一生懸命考えたんだろう。自分から離れれば、シラミ達はたかし君を敵とは思わないのではないか・・・と

・・・終わり・・・

怖い話投稿:ホラーテラー 匿名さん  

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