ある地方に伝わる昔話です。
昔、ある山奥の集落が極寒に教われました。水無月にもかかわらず、真冬を超える寒さだったそうです。
雪は積もり、作物は枯れ、家畜も耐え、人々は食べる物も失い、先は見えずただ絶望にうちひしがれていました。
村人の誰もが先はないと確信し大多数の村人が自害をしてしまいました。
しばらくしたある日、一人の男がその悪天候の中、村に訪れて来たました。
もう積雪でどれが家かもわからない状態だったが、幸いにも大きな御神体のある祠だけは辛うじて姿が見えたので、男は最後の力で雪を掘り、祠の中に進むことが出来たのです。
扉を開くと、祠の中は洞になっており、奥深くまで続いておりました。男は助かったと神に感謝し、寒さから逃れんと奥へ奥へと手探りで進んで行きました。
しかし、悪天候の中をを進んで来た為、とうに体力は尽き果て、深い眠りについてしまいました。
深い眠りの中、男はある夢を見た。倉の様な狭い場所に閉じ込められていて、天井は異様に低く、中には蝋燭が灯っており、生臭く錆臭い。中には毛髪が所狭しとぶら下がり、その異質な空間に男は夢か幻かわからなく呆気にとられていた。
するとどこからか、喉から空気を吐くだけの様な不穏な音が聞こえてきた。男が耳を澄ますと、何やら声であり、歌の様だった。
山に神様おったとさ
人は祈って崇めたさ
神は願いを叶えるさ
欲は人間変えるとさ
神は断りいれるとさ
人は狂気に溢れたさ
神はまだらにされたとさ
神は人間恨んださ
人は神を恨んださ
ずっこいずっこい首を切れ
やっこいやっこい四肢を抜け
よっこいよっこい細切れに
役に立たなきゃ家兎以下だ
生きたきゃ頼め
死にたきゃ死ね
役立たずは蟲の餌
男は歌が終わるのをひたすらに待った。全身には脂汗とも冷汗とも言えぬ体液が溢れ、身体は震え、身動きすら出来なかった。
歌が終わるとどこからか何人かの笑い声が聞こえた。蔑む様な笑い声、野太い男の笑奇声、何が何だかわからないうちに男は目が覚めた。
疲れ果て、随分と長く眠ってしまったようでした。
夢のせいか祠に気味の悪さを感じてしまったせいか、早く出なければと考えたが、外は生憎の悪天候。仕方なしに袋に入れていた酒と蝋燭を出し、気持ちを落ち着かせることにした。
すると、祠の更に奥からひたひたと足音が聞こえて来る。しばらく音をたてずに足音に注意を傾けていた。そこで男は気づいた。近付いていることに。
さすがに後味の悪い夢の後。少し億劫になり、息を殺して怯えながら足音を聞いていた。
もう距離は無く、正に目と鼻の先まで来たところで、向こうから声をかけてくるです。
「おはようございます」
声は幼い女児と言ったところか
「まだ止みませんね」
男はそう簡単には気を許せず黙っていた。
「えんろはるばる、どこから?」
男は姿も見えぬのは恐かった為、明かりを灯す。
すると綺麗な顔立ちの女の子が目の前に映った
「もはやこの村の生き残りも残りわずか」
「このままでは全滅です」
男は知らない事実を知り、驚きを隠せなかった
「ろうじんは全員死にました」
「しに急ぐ者まで出て、このままでは」
「てんきが変わらない限り外にも出れず、生存者の数もわかりません」
男はよく話す子だと思い、適当な相槌を打つ。
「やはり外に出て、生存者を見つけるべきなのでしょうか?」
「るすばんを私に頼んだ家族も帰ってきません」
男はこんな健気な少女に怯えていたことを少し恥じた。少女の話を聞いた男は少しでも命を助けなければと、とりあえず、出ようとする少女を止め、一人雪の降る外へ出ていった。
男は外へ飛び出した。
容赦なく吹雪が身を凍てつける。一つ間違えれば命取りの寒さの中探し続けること半刻、男の身体は限界に近付いていた。
しかし祠は遥か後方、引き返す力も最早なく。男は雪上に倒れ込んだ。
男は命を諦めた。
薄れゆく意識の中で男は意識を失った。
また夢を見た。
暖を取る一家の夢だ。女性が一人、子供が一人、老人が一人、食事をしている。ぼんやりと薄れる意識の中そんな夢を見ていた。
すると子供が近付いて来、男の身体を揺するのだ。そこで男は夢ではないことを自覚し、覚醒した。
どうやらこの一家に助けられたようだ。深く礼を言い、何故私を見つけられたのかと訪ねた。
すると女性は、家屋を覆う程の雪が積もり、天候すらわからない為、一度雪上に上がった。雪を掻き上へ登っていると男が上から落ちてきたそうだ。
男は九死に一生であった。
男がゆっくりと身体を起こすと、警戒の色を隠せない老人の翁が話し掛けてきた。
先ず、何故この村へ来たのか尋ねられた。男は自分が陰陽の見習い司祭であり、この謎の天候を止めに出かけた友と師を探しに来たと伝えた。
一家は男を信じ、安堵の表情を浮かべた。同時に男も安堵を得た。
次に、今しがたこの村へ来たのか?と聞かれ、男は恐らく二日程前だと答えた。翁は驚いた顔をした。一体どこで吹雪を避けていたのかと。男は祠で寝てしまい女児に会ったと答えた。
すると翁は、祠に女児などはいないと答えた。
すると子供が、妣女様だと言った。女性は即座に子供の口を抑えた。
女性は青白い顔をしている。男は不可解に感じ、妣女について聞こうとした。正に、妣まで出かけた時に老人が男に飛び付いた。
物凄い形相で男を見る。息も荒れていた。老人はゆっくりと首を振った。
男は理解した。名を口にするなと。ふと男はあることに気づいた。
老人はいないはず
長く続く豪雪の中、女児は何故村の状況に詳しいのか、何故一方的に話し、見ず知らずの男に軽く話しかけてきたのか。
不可解に感じ、男はその娘について翁に聞いた。
翁は口を固く閉じていたが、ある一点に覚えがあったのか、口を開いた。
ある日、一人の娘が村に迷いこんだ。娘は疲労と空腹で息絶え絶えだった。村は貧しかったが、ある一家が熱心に介抱し、娘の命を救った。
娘は最初は口をきかなかったが、娘を家族のよう優しくしてくれる家族に次第に心を開き、ようやく自分について話した。
娘の名は妣女といい、村から遠く離れた国から来たと言う
そして娘は最後に「半里南に畑を作って下さい」と言った。
農夫は口を聞いていたことに感動し、言われるままに地面をならし、畑を作った。
しばらくすると見事な作物が沢山実り、一家は段々と豊かになっていったた。
村人は不思議に思い、農夫に話を聞いた。正直な農夫は助けた娘の助言であると答えた。
すると、次の日から農夫の家に土産を携えた村人の行列でき、農夫達が豊かになることを嬉しく思った娘は次々に助言をし、村を豊かにしていった。
次第に娘は神が村に遣わせた神であると噂され、扱いは神格化していき。しばらくすると村の守り神となっていった。
しかし、所詮は農夫の家に居座る娘、いくら豊かになろうとも農夫はさらに豊かになる。
それに嫉妬し、村人は農夫に抗議した。幸せは皆でわけるべきだと。
欲の浅い農夫は娘を諭し、娘も農夫に恩返しと思い、村に仕えることになった
神となった娘に村人は居場所を作った。それが、あの祠である。
娘は一家から隔離された。娘は毎晩泣き、何をしても助言はせず、やがて村人は農夫の家に行き、娘を説得するようにと頼んだ。農夫はわかったと言ったが、説得するふりをして娘を逃すつもりだった。
しかし許されなかった。農夫は祠の扉を開け、娘の手を優しく握り、逃げるように伝えた。娘は嫌がり農夫に抱き着いた。農夫も泣きながら娘を抱いた。
鈍い音がした。
娘が顔を上げると農夫の顔は見えなかった。変わりに鮮血を帯びた月が見えた。そして月明かりの下に幾人の影。
娘が驚嘆のあまりに固まっていると、村一の豪商が微笑みながら歩み寄った。そして娘の首を掴み上げると目の前に農夫の首を晒した。
その顔は悲しくも歪んではおらず、慈愛に満ちていた。農夫は知っていたのだろう。殺されることを。
娘が悲しみに浸る間もなく豪商は言った。
こうなりたくなければ、我等に尽くせ。我等を幸せにしろ。永遠の富と名声を我に与えろ。と。
娘は断る。すると激しい痛みが腹を襲った。娘は幾度となく断った。最早、美しい顔は腫れ上がり、見る影もない。それでも娘は耐えた。
それどころか残された農夫の妻に罪悪感を感じ、ただひたすらに無事を祈っていた。
殴っても無駄ならと、村人は娘の身体を取り押さえ始めた。
そして片腕を刃こぼれした鎌で切り付けた。娘は激痛のあまり声にもならぬ悲鳴をあげた。
それでも村人を睨みつける。娘は生まれて初めて受けた愛を奪った者達が許せなかった。そして残された母の悲しみが無念で仕方なかった。
村人はそれでも上肢、下肢と切り取っていく。娘は最早、首と胴体、辛うじて繋がる右手、左足のみとなった。
豪商は娘に顔を近付け最後に耳元でつぶやいた。
農夫が娘を逃がすことを村人に密告し、娘を殺してくれと頼んだのは
農夫の妻だと
妻は娘ばかりに愛情を注ぐ農夫に、その夫を奪った娘を深く恨んでいた。
聞きたくなかったであろう。母と呼び、心を許し、愛した者の真実
それを告げると
娘の首を撥ねた
ごろりと転がった娘の顔を祠の中に蹴り捨て、農夫の遺体と残りの娘の身体は古い井戸に投げ捨てた。
村人が談笑しながら、帰ろうと踵を返すと穴から声が聞こえた。
「貴様等、決して許さん」
それから四十九日、悪夢は村に降りかかった。
今迄大量だった農作物がみるみる枯れ始め、川も枯れ、井戸の水は腐った。
そして、あの晩参加した村人の大半が自害を始めた。復讐を感じた生き残りの村人は恐れ、村人数人を都へ遣わせた。
都で全てを話すと陰陽師の高弟を2人村へと送り出した。
陰陽の二人は村に近づくにつれ、異質な気配を感じたそうだ。小くて強大な鬼が見えると呟いたそうだ。
まず、2人は情報収集から始めた。全く知らない村人もいたが、大半はあの晩の事を話した。
最後に豪商の下へ訪れた。豪商は布に包まり震えていた。2人の高弟は、何も隠さず話すことを求め、豪商も全てを話した。
話が終わり、原因を掴んだ2人は祠へ娘の魂を鎮めに向かった。村人に案内され祠へ着くと二人の耳に小さな笑い声が聞こえたそうだ。
術式を唱えながら中に入っていく。二人の姿が見えなくなると雪が降り始めた。
その後待てども二人は帰っては来なかった。
翁は自分の知っていることを全て話した。
男は少女に話しかけられた時のことをゆっくりと思い出した。
おまえも?
男は拳を握り深い溜息をつく。友も師も殺されたのだと悟った。
そういえば一家は何故無事なのだろう。翁に訊ねたが分からないの一点張りだった。
すると奥から子供が小さな石を持ってきた。
「前におねえちゃんに貰ったの。家族を守れますようにって。」
これか。男は閃いた。
愛に溢れた娘の念と、憎悪に溢れた娘の念。これならば。
しかし賭けでもある。
この家族からこれを借り、無事に祠に着けたとしよう。しかし失った一家はどうなるのだろう。
男は一家に石が守っていたであろうことを伝え、これで辿り着く事は出来るが、一家の保障は出来ないことを伝えた。
家族は暫く話し、石を男に譲り、男は懐に石をしまい、いざ向かおうと立ち上がった。
その時家のドアがガタガタと揺れ始めた。
一同一斉にたまげた。
この積雪の中、一体誰が来るのだろうか。女性が返事をする。
「いま辿りついた陰陽の者です。」
陰陽が使いを出したのか。男にとっては有難い増援だった。
「きっとここに陰陽の者がいると思うのですが」
女性は陰陽が来た事を伝えた
「てっきりお亡くなりになったのかと、安心しました」
「ただ、心配で心配で陰陽の者も心配しております」力のない声だ雪を掘り進み立つ力もないのかも声は扉の下方から聞こえた。
「かぜも冷たい。早く彼に会わせてください。」もう今にも凍えそうな声だ。
女性が扉に向かう。
男は咳払いをする。女性は手が止まった。
彼?この村に来た陰陽の遣いは3人いるが。彼とはおかしい。
男は女性に耳打ちし、言わせた。
「体はどうした?」と
「おのれこの阿婆擦れが」
地響きのような怒号が板一枚隔てて聞こえる。
一瞬で空気が重くなり凍りついた。そのまま全員気を失う。
男はまた夢を見た。
あの狭い部屋だった。
髪の毛の量が増えていた。白髪も増えたようだ。
すると耳元からまた歌が聞こえる。
山に神様おったとさ
人は祈って崇めたさ
神は願いを叶えるさ
欲は人間変えるとさ
神は断りいれるとさ
人は狂気に溢れたさ
神はまだらにされたとさ
神は人間恨んださ
人は神を恨んださ
ずっこいずっこい首を切れ
やっこいやっこい四肢を抜け
よっこいよっこい細切れに
役に立たなきゃ家兎以下だ
死にたきゃ死ね
死にたきゃ死ね
邪魔する奴は犬塚へ
歌が終わると、聞いた笑い声が聞こえた。野太い男の、獣じみた笑い声。
その笑いはやがて声になり、男の頭に響いた。
そしてぼんやりと姿を現した。
一見でこの世のものではないと男はわかった。
そしてこれがとても悍ましい存在だと言うことを。見た目こそ人間だが目は全て黒く、形はまるで犬のもの。伝記に記される鬼や悪魔とは遥かに異なるが醜悪等では片付けられない姿であった。
我、犬塚の神
お前の願いはわかっている
村の悲劇を止める
叶えよう叶えよう
友を助けよう
我は神なり
代償を払え
引き換えに願い叶えよう
神はけちだが俺は寛大だ
遠慮は無用
願え
代償?男は問う。
それは我が決めること
少し前に、小娘の魂が来たが、
愛する者を殺した復讐、愛する者の魂の浄化を願ってな
だが願いは一つしか聞けない
復讐をくれてやった
歪んだ笑みを見せる。その娘は妣女なのだろうか。
男はその娘はの代償を問うた。
魂だよ
娘には言わなかったがな
二度と浄化はせず、一生憎しみと苦しみを抱いて拘束される
最早、神の遣いは堕ちた
そこまで言うと、それは消えて言った。
それの姿が消えたのを待っていたかのように、二つの声が男に話かける
次第に姿を現していく。
師と友であった。男はようやく逢えた事に歓喜の涙を流した。
しかし、どこか以前と違う。何かに縛られているかのように、窮屈な様子だ。
男は二人に訳を聞く。
二人は何かに脅えるように静かに話した。
二人はゆっくりと口を開いた。
内容は男の頭を大きく揺さぶった。
二人は陰陽に助けを乞いに来た村人と共に村へ向かった。
少しづつ、村へ近づく度に威圧感を感じていた。しかし、威圧感の中に悲しみが存在したそうだ。
二人が村に着く頃には雪が降り始めていたらしい。そしてその雪は威圧感ではなく、悲しみを感じたそうだ。
二人が祠に着くと、祠は暗い口を開け、待ち構えていた。そして二人はそこで娘に遭遇した。
「たびのお方でしょうか?」
二人は頷く
「すこしでも身体を休めていくとよいでしょう」
「けれど長居はお止め下さい」
二人は理由を問う
「てらの犬神がいる祠ですから四日いてはなりません」
二人はわかったと了承し、去ろうとする娘を取り押さえ術により拘束した。
その瞬間、娘は半分白目を向き、乱雑な言葉を叫ぶ。
「やめろ蜚が」
「つみ深き陰陽の猿が」
「きさまらが盾を突くのは神の遣いぞ」
「たかが陰陽の蜚に」
娘の力は果てしなかった。陰陽では名の知れた二人が圧倒された。その力はまるで神仏の領域で二人が抑えて来た妖とは比にならなかった。
しかし何かが違う。
その気なら二人などは虫けらの様に殺せる筈だが、娘は駄々をこね泣き散らすかの様にし、矛先は二人に向かいはしない。
師は気付いた。後ろに何か
二つの小さな黒い球を見たかと思うと師は死に、弟子は首が飛んだ。
そして二人は薄暗い蝋燭の部屋へ閉じ込められていた。
二人が訳もわからずに顔を見合わせると声がする。
願い叶えよう
それは師の顔を不気味な顔で見つめると言った
貴様が殺したのか
師は訳がわからず呆気にとられているとそれは話し始めた
我、獣と人の集合体
母、殺される
我、逃げる
我、餓死する
我、神を喰らう
我、神に化ける
我、神となる
母、未練残しさ迷い
母、陰陽により滅する
我、仇を待つ
我、出会えた
もう一人足りぬが、貴様だけでも母の元へ
弟子が制止に入る
貴様からもう一人に近い者を感じる
待とう
そいつが訪れまるで貴様らは死んでも死ねん
苦しめ
そう言ってそれは姿を消した
師と弟子が話し終わる
男は気付いた。師と一緒に昔この地に訪れた事があることを。
その時に殺した女、キク。巫女だったが獣の妖に犯され子を身篭った女。まだ子供だったが確かに覚えている。
そして師は逃げる女を殺した。神剣で腹を四十九回刺し、最期に酒で清めた後、子供を取り出した。その悍ましい姿を見ぬ様に崖に落とした。
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