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中編6
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トニーの告白[後]

「私は日本に来る前はドーラにいた…最悪だった。

ドーラは地獄そのものさ。まだ幼い子供が笑顔で近寄ってくるんだ…

手を振りながら…その、その子供はクインに…

クインに抱きついたとたん爆発しやがった…」

トニーは俺たちにはあまり過去を話さなかったが、

ケビンからは前に一度だけトニーはイラクに駐留していたと聞いていた。

ドーラはおそらくイラクの地域の名前なんだろう。

「おかしかったんだ。あの時は…私はおかしかった…」

そう言いながら泣き出してしまった。

ケビンは眉間に皺を寄せながらトニーの肩をさすって英語で何かを話していた。

トニーはグラスに入ったブランデーを飲み干すと、

下をうつむいたまま話し続けた。

「アイツら…アイツらがいけないんだ…

私はただ助けるために仕事をしたかっただけだ。それなのに…」

ケビンは俺たちが困惑しきっているのを察したのか、

「トニー、もう帰ろう…みんな悪かったな。トニーはきっと疲れてるんだ」と

言いトニーの肩を持ち上げて帰ろうとした。

しかしトニーはその手を勢いよく振り払い、

「話しをさせてくれ。ここだからこそ言える話なんだ」と言った。

さっきまでロレツが回っていなかったのに、ハッキリとした口調だった。

そう言われたケビンは黙って席に座り、

「シン、タバコもらえるか?」と普段はあまり吸わない煙草を吸いはじめた。

「私は気が狂いそうだった。必ず仲間が死んでしまう。

守れないんだ。車には爆弾を仕掛けられ、普通の子供や老人が我々に

近寄っては爆発する…移動する時は石を投げつけられ、

…たまに狙撃される場合もあった。本国の連中は私たちがどんな目に

遭っているのかも知らずにダンスやスポーツに明け暮れてるんだ…

私たちはおかしくなっていた。

リックなんかは急に笑いながら

「俺は国に帰る。やっとこの日がきた。じゃあな」そう言って

自分の頭に銃をブッ放した。

ダンは毎日自分の爪を剥いでるんだ。なにをしてるんだ?って聞いたら…

爪を剥がすと気分が良いんだってさ。そんな毎日を過ごしてると、

次第にみんな頭がおかしくなっていったんだ。

そしてあの日…私たちは掃討作戦でアルカイーダが潜伏している

農村に向かった。私が指揮を執った。農村には老人や女子供しかいなかった。

若い男たちはみな駆り出されていなかった。

老人や女子供は私たちをまるでサタンを見るような目で睨んでいた。

我々は小屋を一つ一つ探索した。するとある小屋の中に片腕のない老人と

13歳くらいの少女と…今のケイトくらいの娘がいた…

何もなかったので我々が小屋を出ようようとすると…私に…

上の娘が投げつけてきたんだ。馬かなにかのフンさ。

いや、老人のだったのかもしれない。

私の顔に見事にヒットした…その瞬間、私の中のなにかが壊れたのが

ハッキリ分かったよ。私はおかしくなっていたんだ。

少女の髪を引っ張ると、部下にヤレと命令した。

そう、GO!好きにしろ、だ。若い連中はなんの躊躇いもなく襲いかかった。

外にいた連中も加わって、姉妹を襲い続けた…何度も何度も…」

俺はどう反応していいのか分からなかった。

目の前にいるトニーがトニーじゃない気がした。

俺の連れの一人は涙を流しながら聞いていたが、

俺はただ呆気にとられていた。ケビンは死んだ魚のような目で

無表情に下を向いていた。ケビンが何を考えていたのかは分からない。

「私たちが襲い続けている間、外で銃声がしたんだ。

暴れた女を撃ち殺したらしい。姉妹には年の離れた姉もいた。

たぶん25くらいだろう…姉も小屋に引きずりこんだ。

他の連中も手当たりしだい襲いはじめた。部下のうち何人かが私に止め

るように言いにきたが、私は彼らを怒鳴り黙らせた。

そしてその部下も共犯にするために無理矢理襲わせた。

参加させたんだ。告発させないためだ。すべてが終わった時には、

誰かが小屋にいた老人と村の住民の何人かを殺害していた。

ナイフで…首を斬ったんだ。私は気がつかなかったが…

そして私たちは姉妹や村人たちを…。

私たちの部隊の暴走はそれからさ。その日から、

捕虜をリンチしたり女を襲った。しかしあの日のような大きな事はできない。

他の部隊にバレるからね。

より陰湿で、より分かりにくい形で襲った。

血気盛んな若い連中はガンガンファックしながら女の口に

銃をつきつけてブッ放すんだ。殴り続けながらファックするヤツもいた。

そうじゃないと興奮しないらしい。

女の顔はグチャグチャに変形していた。

静かな暴走が始まり気が付けば部隊にはドラッグがまん延していたんだ。

手に入れようと思えばドラッグなんてすぐに手に入る。

部隊の中に必ずブローカーがいるからね。

どの部隊にも一人はブローカーがいるのさ。

一度そうなるともうメチャクチャさ。

薬物が私たちを更におかしくさせた。

ある女は森の中に連れていって夫の目の前でファックした…

そして、夫婦を生きたまま井戸に放りこんでフタをし石を置いた。

他にも犯した後の妻を夫に撃たせたりした。夫は喜んで撃っていたよ。

向こうでは例えレイプでも、汚れた女性をとても嫌うからね。

でもこんな悪夢は長くは続かなかった。内部告発だ。

私の部隊の誰かが、自身の免責を条件に私を告発したんだ。

私はすぐさま前線指令本部に呼び出された。

軍法会議にかけられ除隊させられると思った。

いや、逮捕され本国で報道されると覚悟していた。

しかし、この件は極秘に内部処理された。私は翌年に内定していた

昇進を取り消され駐留軍から日本へ配置転換される事になった。

おそらく、内部処理は政治的影響を考慮したのだろうが、

私の感覚では【我々のようなサタン】は他の部隊にもかなりの数がいたはずだ。

日本ではカウンセリング治療しながら任務についた。

君たちに出会った頃、実は私はドラッグの治療に全てを賭けていたんだ。

たまにあの頃の光景が夢に出てくるんだ。

夢ではいつも私はサタンのような醜い姿だ。

私はGentlemanではなくSatanなんだ。それが…私の真実だ」

そう言うとトニーは真っ赤な目を俺たちに向けてなぜか少し笑った。

生まれて始めて見る、悲しい笑顔だった。

その後トニーはとり憑かれたように無言で酒を飲み続け、

10分もしないうちに酔い潰れてしまった。ケビンはトニーの腕を

自分の肩に回して「嫌な話を聞かせてしまってすまなかった。

俺も初めて聞いたんだ……どうか俺たちを…」そう言いかけて

「ここの支払いは済ませとくよ。今夜はタクシーで帰る。おやすみ」

と暗い顔で店を出ていった。

マスターに「なんか雰囲気おかしかったけど、どうしたの?」

と聞かれたけど俺たちは誰もなにも言わなかった。

約二週間後にトニーはアメリカへ帰っていった。

俺は見送りには行かなかった。行けなかったんだ。

俺の知る二年間のトニーはなんだったんだと思ったし、

トニーが本当に悔い改めているのか分からなかったからだ。

今年の夏に俺に絵葉書が届いた。エリーが恵梨さんに俺の住所を訊いたらしい。

「久しぶり相棒!昨年軍を除隊して今は故郷で日本料理店を開いたんだ。

エリーにはお腹の中にベイビーがいる。

私は軍を辞め、今ようやく人生を取り戻せた気がする。

君に幸福な人生が訪れますように…」

日本語と英語で書かれていた手紙は恵梨さんに翻訳してもらった。

葉書に印刷された写真にはトニーが、お腹の大きなエリーと

背の伸びたケイトと一緒に笑顔で写っていた。

トニーの笑顔はあの夜の悲しそうな笑顔と同じ笑顔に見えた。

怖い話投稿:ホラーテラー 匿名さん  

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