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長編9
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「見える」Sさん

私の友達Mちゃんは霊が見えます。

私とMちゃんは小学校、中学校、高校、そして大学まで一緒でした。

高校一年生の頃です。

私とMちゃんは、電車で4駅程行った所にある、公立高校に通っていました。

残念ながらクラスは別だったのですが、二人とも文芸部に所属したので、疎遠になることもありませんでした。

高校生にもなると、中学までの知り合いも少なくなるものです。

知らない子ばかりのクラスで、私はガチガチに緊張していたのですが、ある一人の女の子に目を引かれました。その子は、Sさんといいました。

何故目を引かれたかというと、「Mちゃんに似てる」と感じたからです。

どちらかと言えば幼い感じでおっとりした印象のMちゃんと、大人びていて冷たく近寄りがたい印象を与えるSさん。

どうしたって似た者同士には見えない二人でしたが、何故か似ているように感じたのです。

入学して二週間も経つ頃には、友達グループも大体出来上がっていました。

私も例に漏れず、何人かの子と仲良くしていたのですが、Sさんはいつも一人でした。

明らかにSさんはクラスで浮いていました。

はじめのうちは仲良くなろうとSさんに話しかける子もちらほらいましたが、彼女は冷たくあしらうだけでコミュニケーションを取ろうとせず、そうして彼女は自ら孤立していったのです。

私がSさんと話すようになったのは、ある事がきっかけになったからです。

ある日の昼休み、私は友達とお弁当を食べていました。

その日は隣のクラスからMちゃんも来ていて一緒でした。

しばらく楽しく話していましたが、ふと気付くと、Mちゃんは教室のある一点を見つめていました。

ちょうど黒板の左側、窓際の辺りで、冬場に使われる加湿器がカバーをかけて置いてある所です。

どうしたの? と私は聞きました。

Mちゃんはすぐに目を逸らして「なんでもないの」と言いましたが、付き合いの長い私には分かりました。

「きっとよくないものが見えたんだろうな」と。

実際、後で二人きりになってMちゃんに聞いてみたら、「血まみれの男の人がいるの。まだ大丈夫そうだけど、ちょっとよくない感じ」と言っていました。

しかし、その時教室でそこを見ていたのは、Mちゃんだけでは無かったのです。

Sさんも、同じようにそこを見ていたのです。

ぼーっと見ている訳ではありません。

不機嫌そうな顔をして、そこを睨み付けるように見ていました。

私はいよいよSさんが気になって仕方がなくなりました。

そして、その日の放課後、私はSさんに話しかけてみました。

「あの、Sさん。あそこに何かいるの?」

最初Sさんは驚いたような顔をしましたが、すぐに仏頂面に戻りました。

「別に。見てただけよ」

「血まみれの男の人がいるの?」

Sさんはまたもや驚いた顔をしました。

「あなた……」

「ああいや、私の友達が見えるんだけど、同じ所を見てそう言ってたから」

Sさんはしばらく何か考えていていましたが、やがて口を開きました。

「……何それ。頭おかしいんじゃないの?」

そして黙って帰ろうとしましたが、私は食い下がりました。

「やっぱり見えてるんだよね、だから見てたんでしょ? もしかして、いつも一人なのはそのせい?」

するとSさんは血相を変えて私に詰め寄り、小声で言いました。

「あんまり見えるとか言わないで。むこうに気付かれると厄介だから」

実は、これは計算の上でした。

以前Mちゃんから、「あんまり見えることをアピールし過ぎると、あっちに目を付けられちゃって危ないの」と聞いていた私は、それを利用させて貰ったのです。

それ以来、私とSさんは度々話すようになりました。

そんなある日、クラスの男子がふざけて窓から落ちる、という事故が起きました。

幸い命に別状はなくて、右足の骨折だけで済んだのですが、その男子は「俺は何もしてない、いきなり引っ張られたんだ」と言っていました。

不注意で、と先生は説明していましたが、男子が落ちた窓というのが、ちょうどMちゃんとSさんが見ていた所の窓だったので、私はもしかして、と思いました。

私はまずSさんに話を聞いてみました。

Sさんは場所を変えるよう私に促しました。

「……あれね。たまたま見てたけど、あそこにいたヤツが外から引っ張ってたわ」

しれっと答えるSさんに、私は怒りました。

「だったらどうして止めなかったの!」

「あなたね、どうして私がそこまでしなきゃいけないの。大体私は見えるだけで、自分の身を守るくらいしか出来ないんだから」

「自分は見えるからいいかもしれないけど、見えない人はどうしようもないでしょ? 見えるんなら、助けてあげるのが当然じゃない!」

この時のことを、私は今でも後悔します。

Sさんの事情も知らず、自分の考えを押し付けてしまったからです。

Mちゃんは「見える」ことを悩んでいる風には見えませんでした。

だから私は、見える人がそのことを悩んでいるとは、思ってもいなかったのです。

Sさんは静かでしたが、とても怒っているようでした。

でもどこか悲しそうでもありました。

「私は、見たくて見てるわけじゃないのよ。それに、もう霊媒師みたいなマネはしたくないの」

Sさんは黙って行ってしまいました。

私は途端に後悔しました。

詳しい事情は分からくても、Sさんの触れられたくない部分に触れてしまったのは、間違いありません。

私はすぐに追いかけて謝ろうと思いました。

しかし、その時教室から悲鳴が聞こえてきて、その考えは打ち消されてしまいました。

今度は女子生徒でした。

場所は、やはりあの窓でした。

「どうしたの?」

駆けつけると、そこにはMちゃんもいました。

話を聞くと、窓際でその女の子が友達とお喋りしていたら、急に髪の毛を後ろから引っ張られるような感じがして、そのまま落ちそうになった時にMちゃんが手を掴んで支えた、とのことでした。

ちょうどそこでチャイムが鳴って、Mちゃんは自分のクラスに戻って行きましたが、その時「後で話があるの」と私に言いました。

放課後になって、私とMちゃんは廊下で落ち合いました。

「あそこにいたのが、悪霊になりかけてるの。きっと何かがキッカケになったんだと思うの。……この後、祓ってみる」

「悪霊って……つまり、誰かが何かをしたって言うの?」

「多分、そう」

その時、Sさんが通りがかりました。

私はSさんに投げ掛けた言葉を思い出し、謝ろうと思いました。

しかしSさんは私を少し睨むと、無視して行ってしまいました。

不意に、私の頭にある考えが浮かびましたが、すぐにそれを打ち消しました。

まさか、Sさんがそんなことをするわけがない。

ともかく、私はMちゃんの除霊に立ち合うことにしました。

夕方の6時前にもなると、校内には一部の文化部が活動してる以外、ほとんど人はいません。

Mちゃんは一旦家に帰って色々準備をしてきていました。

お札や、何かの器具(祭具と呼んだ方がいいかもしれない)や、液体の入ったペットボトルが二本、それに塩でした。

誰もいない教室に入ると、Mちゃんは私に一枚お札を渡しました。

「念のために持っていて」

そしてMちゃんはあの窓際へ行くと、サインペンで床に何かを書きこんでから、手に祭具を握って呪文を唱えはじめました。

私には見えも聞こえもしませんでしたが、Mちゃんは対話のようなことをしているようでした。

しばらく私はその様子を、固唾を飲んで見守っていました。

すると、突然Mちゃんに異変が起きました。

苦しそうな表情で、その顔には汗が浮かんでいました。

弾かれたようにMちゃんが尻餅をつくと、一斉に教室の扉と窓が閉まりました。それと同時に、何度も体験したあの「重い空気」が充満してきました。

「○○ちゃん、これを」

Mちゃんは私の側へ来るとペットボトルを一本渡し、中身を一口飲むように促しました。

中身は変な味がする水で、飲むと、不思議と気分が高揚しました。

そしてMちゃんは自分の体と私の体に塩をふりかけると、手で印を組みました。

「ちょっと危ないから、なんとか逃げれるようにするね」

Mちゃんは戸惑う私に一言そう告げると、また呪文を唱えはじめました。

寄り添うほど近くでMちゃんの呪文を聞くのは、初めてでした。

呪文というより、音の波を口から出している感じで、不思議なリズムがありました。

しかしMちゃんは難しい顔をしていました。相変わらず凄い汗でした。

私は、ここまで苦しそうなMちゃんを初めて見ました。

相当タチの悪いモノなのでしょう。

次第にMちゃんの体がガクガク震えはじめました。

その時私は、今回はもう駄目なんじゃないかと思いました。

体だけがやけに熱く、頭はボーッとしていました。

空気の重さはどんどん増し、今や固形化してるようにさえ思えました。

そんな、私が希望を無くしかけた時。

教室の扉が荒々しく開かれました。

Sさんでした。

Sさんはつかつかとあの窓際まで歩いていくと、強く足を踏み鳴らしました。

その瞬間にふっと空気が軽くなりました。

「……それで、こんなことを?」

Sさんは静かに窓際の空間と向かい合って、そう言いました。

「いつまでも未練がましい……」

Sさんは、何もない空間に向かって「平手打ち」のように右手を振りました。

そしてもう一度足を踏み鳴らし、「さっさと消えろ!」と叫びました。

その様子を、私もMちゃんも、呆気に取られて見ていました。

後には静寂だけが残りました。

「Sさん、なんで、ここに?」

私は恐る恐る聞きました。

「……別に。ただ自分のクラスにタチの悪いモノがいるなんて、気分悪いと思っただけよ」

Sさんは、いつものように仏頂面で言い捨てました。

でも、何となく私は嬉しく思ってしまいました。

「あの、ごめんなさい。私、さっきは……。Sさんだって、見たくて見てるわけじゃないのに」

「……別に気にしてないわ。慣れてるし」

上手く伝えられない私にそう答えるSさんは、少しだけ照れているように見えました。

「ところで、その子が見えるって友達?」

「あ、うん。Mちゃんっていうの」

私が答えると、SさんはMちゃんと向かい合いました。

「あなた、人付き合い苦手でしょ。アプローチが間違ってるのよ。

相手は自分で死を選んだくせして、それでも現世にしがみついて無関係の人間を連れてこうとするような、ひねくれたヤツなのよ?

そんな相手を優しく諭したって聞くわけないでしょ」

「えっと……その……」

Mちゃんは戸惑っていました。

さらにSさんは追い打ちをかけます。

「それに、あれを怖いって思ったでしょ。駄目ね。一度そう思ったせいでそこに付け込まれて、手も足も出てなかったじゃない。

自分一人守れないのに、私たちとは違う人間を巻き込むなんてね」

「……」

Mちゃんは何も言い返せず、ただ黙っていました。

「あなたも。どういうつもりで立ち合ってたか知らないけど、あまり私たちの世界に首を突っ込まない方がいいわよ」

Sさんは厳しい顔で私にもそう言いました。

「そんなこと言って、心配してくれてるんだ」

しかし、その時の私は、何故か気分が高まっていて、気付いたらそんな言葉を口走っていました。

「っ……! 別に、そんなつもりで言ったんじゃないわ」

「またまた〜、ここにいるのも、心配して様子を見に来てくれてたからなんでしょ? ……ひっく。あれ?」

「だから違う……って、あなた……酔ってるの?」

「そういえば、さっきから気分が良いような……ひっく」

Sさんは私が持っていたペットボトルをひったくると、中身を確認しました。

「なるほどね……ふふっ」

そして、Sさんはおかしそうに笑いました。

私はSさんが笑う所を、初めてみました。

「Mっていったかしら。あなた、面白い友達を持ったわね」

ひとしきり笑ってから、Sさんは最後にそう言うと、帰って行きました。

「あの人……見るだけなら私より見えるみたい」

Sさんが帰ってから、Mちゃんはポツリとそう呟きました。

ここからは後で聞いた話なのですが、Sさんはめちゃくちゃな方法であの霊を祓ってしまったらしいです。

Sさんは霊が見えるだけでなく、その霊が持つ生前の記憶までイメージとして見えるらしく、窓際にいたあの霊は、7年ほど前に生徒から酷いイジメを受けて自殺した先生の霊だったそうです。

Mちゃんによれば、霊の性格も手伝ってかなり手強い悪霊になりかけていたそれを、Sさんは気合いで無理矢理除霊したというのです。

未練という未練もなく、ただ若い高校生への恨みが凝り固まってあの場所から離れられなかったあの霊には、それくらいの強引さが必要だったそうです。

Sさんによると、あの場所で生徒が教師の悪口を言ったりした時、それに触発されて沸き上がった悪意が積み重なり、あの霊は悪霊になりかけていたらしいです。

私は、この件をきっかけにSさんといくらか仲良くなりました。

しかしMちゃんは、どうもSさんが苦手なようでした。

でもこの二人、不思議な因縁があるのか、このあとも度々関わることになったのです。

しかし、それはまた別のお話。

怖い話投稿:ホラーテラー かるねさん  

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M、S・・だんだん役者がそろい始めますね。
わたしはカオハギから先に読んでしまったので失敗しました。

でもこのシリーズ面白い!

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