イギリスのロンドンで発生し、当時のロンドン市民を恐怖のどん底にたたき込んだ「切り裂きジャック」は世界的にあまりにも有名な事件である。
今から100年以上も昔、1888年8月31日に最初の事件が起こり、同じ年の11月9日まで、約2ヶ月間に渡り、売春婦ばかり5人が次々と残虐な手口で次々と殺された。この事件は結局迷宮入りとなり、犯人は判明していない。
それぞれの被害者の状況を列記すると、
8月31日 被害者Aはノドの部分を鋭利な刃物で2回切り裂かれ、そして性器から腹にかけて2回切り裂かれていた。
9月8日 被害者Bは、腹の部分をかなり切り裂かれており、そこから内臓が取り出され、そして取り出した内臓さえ切断されて周りに投げ捨ててあった。内臓の一部は見あたらなかったことから、ジャックが持ち去ったものと思われる。
また首の部分も切断されており、ほとんど胴体と離れている状態だった。
9月30日 9月30日には二件の殺害を行った。
被害者Cは身体の部分を大きく縦方向に切り裂かれて死亡しており、鼻と右耳が切り取られていた。更に被害者Bと同様に内臓が引き出され、その一部が見つからなかったことから、同じように持ち帰ったものと思われる。
また被害者Dは、ノドの部分を切断されて殺されているのが発見された。
11月9日 被害者Eは、顔は判別が出来ないほどに切り刻まれ、身体も完全にバラバラにされていた。
9月30日に二人殺害した後に、犯人から犯行声明文が届けられた。いたずらかと思われたが、警察が発表していない事実まで詳細に書かれてあったことから、切り裂きジャック本人が書いたものであることが確認された。その声明文の一部より、犯人は自分が殺した人間の内臓を家に持って帰り、食べていたことが明らかとなった。
犯人像については、外科医・食肉解体業者などを始めとして警察の捜索によってかなりの容疑者が浮かんできたが、どれも確たる証拠はなく、捜査は難航した。疑いをかけられた者の中には世間からの非難を浴びて自殺した者さえいるという。
一件目の殺人が発生してから厳重な警戒態勢が敷かれていたにも関わらず、狭い範囲内でその後4人も殺害したジャックは、11月9日の犯行を最後に完全に消息をたった。一部の噂では罪の重さに耐えかねて発狂して自殺したとも言われているが、殺人がやんだ理由も、そして犯人も完全に謎のままである。
切り裂きジャックが殺害した売春婦は5人とされているが、これは彼の犯行パターンに完全に合致した犯行が5件ということであって、疑わしきものまで入れると20件近くにものぼる。もちろんこれらの犯行の中には切り裂きジャックの偽物も含まれているかもしれない。そして期間も2ヶ月ではなく1年以上にもわたって犯行が繰り返されたという、もうひとつの説がある。
この事件は結局迷宮入りとされているが、実は1人の霊媒師によって犯人は捕らえられていたという記録も残っているのだ。この記録は1931年に発表され、世間に大変な反響を巻き起こし、警察側もあえてそれを否定するようなことはしなかった。
この時、事件解決を行った中心人物は、当時の有名な霊媒師である、ロバート・ジェームズ・リーズ(1848〜1931)である。要するに、リーズが死んだ直後にこの「新説」は発表されたのである。
切り裂きジャックが4番目の殺人を行う前日、自宅にいたリーズは突然ある幻覚に襲われた。イーストエンドの酒場に近いある光景が彼の目の前に浮かび上がってきたのである。幻覚というにはあまりにも鮮明で、酒場の名前もはっきりと読み取れたし、時計が0時40分を指しているのも確認できた。まるで映画でも見ているような感覚だった。
そのある場所に、一組の男女が入ってきた。男の方は足取りがしっかりしているが女の方は酔ってフラフラになっている。女がそのまま壁に寄りかかった時、男は素早く女の口に手を当てて、隠し持っていたナイフでノドを一気に切り裂いた。
鮮血が飛び散りそのまま女は地面に倒れると、その後男は女をメッタ突きにし、女の服でナイフをぬぐうとそのまま現場から消えていった。
リーズはすぐにロンドン警視庁に行ってこのことを伝えたが、まるで相手にもされずおい返されただけだった。しかし一応念のためということで、警官が犯行の時間と場所をメモした。そして次の日、リーズが言った通りの場所と時間で売春婦は殺されたのである。
そしてそれから1年がたった。その1年の間にもジャックは殺人を重ねていた。ある日リーズはまた幻覚を見た。今度は被害者の顔がはっきりと見える。被害者の片方の耳が切り離され、もう片方の耳は根本だけ残してぶら下がっているような状態である。
またもやリーズはロンドン警視庁に駆けつけ、このことを伝えたが、今度は警察もしっかり聞いてくれたようだ。リーズの話を聞き終わった後、警部は一通の手紙をリーズに見せた
それは切り裂きジャックからの手紙で、血の指紋が押してあり、赤いインクでこう書かれてあった。
「明日の晩、俺が一番憎んでいる売春婦を殺してやる。9人目の犠牲者だ。俺が本物の切り裂きジャックだということを証明するため、9人目の女の耳も切り落としておく。」
警察は全面的にこの話を信じ、厳重な警戒態勢を敷いた。ほとんどすべての路地に私服警官を動員したのである。しかしにもかかわらず、この厳重な警戒の中で切り裂きジャックは殺人を実行したのだ。
死体は確かにリーズのいった通り、女の耳の片方は切り離され、もう片方は根本だけ残してぶら下がっているような状態であった。
リーズはこの一件で気持ちが悪くなり、体調不振の回復と気分転換を兼ねて旅行に出かけた。リーズが旅行に行っている間もジャックは犯行を重ね、犠牲者はすでに16人になっていた。そしてロンドン警視庁には20人まで殺してやるという殺人予告まで届いていた。
リーズがロンドンに帰って間もなく、あるレストランで二人の友人と食事をしている時、突然リーズが立ち上がってこう叫んだ。
「今、切り裂きジャックがまた人を殺した!」と。
3人はすぐ人ロンドン警視庁へ出向いたが、まだ殺人の知らせは入っていなかった。リーズが警官と話していると、クラウン・コート(地名)で女が殺されているという情報が届いた。
警部補がリーズを車に乗せてクラウン・コートへと急ぐ。現場に着いたとたんリーズは、暗がりの一角を指さしてこう言った。
「あの壁を見て下さい。何か書いてあります。」
警部補がその壁を明かりで照らしてみると
「17人目 切り裂きジャック」と、チョークで書かれていた。
警察はリーズを全面的に信用し、捜査に協力して欲しいと申し出た。リーズは快く承知し、早速調査を開始した。ジャックを求めてロンドンの町をさまよい歩く。リーズの後には警部や警官が続いている。
ある家の前まで来た時、リーズはその足をピタッと止めた。「この家です、切り裂きジャックが住んでいるのは。」
警部にそう告げた。しかしそこはロンドンでも有名な医者の住んでいる邸宅で、もしこれが間違いだったら警部も責任を問われることは必至である。
少し躊躇(ちゅうちょ)したが、リーズに、「ではこの家の中の様子を言ってみて下さい。もしそれが当たっていれば、この家の者を逮捕します。」と言った。
これに対しリーズは
「分かりました。内部の様子は・・・まず玄関を開けると右の方に高い背もたれのイスが置いてあって、正面にはステンドグラスがあります。そして大きな犬が階段の下で寝ています。」と返答した。
警察は意を決意して呼び鈴を押した。召し使いが出てきて玄関に入れてもらうと、リーズの言った通りであった。犬はいなかったが、召し使いの話によると普段は階段の下で寝ているが、家の者が起きてくるとすぐに庭に出すのだという。応接室に通され、夫人に合うことができた。夫人も何か心当たりがあるようで言いにくそうだったが、しばらくして重い口を開いた。
「実は私の夫は二重人格者なのです。外では紳士的に振る舞っていますが、家では突然野蛮なサディストに変身する時があるのです。
私も夫の暴力を恐れて部屋の中に逃げ込むことがしばしばあります。それとイーストエンドで女性が殺された時には、夫は決まって家を留守にしていました。私も恐ろしい予感がして気が気ではなかったのです。」
夫人の話を聞いた後、警察はすぐにその医者の身柄を拘束し、事情聴取を始めた。その医者が言うには、何年か前から時たま自分の記憶の中に空白の部分があるという。
シャツに血がついていたこともあったが、鼻血でも出したのだろうと思ってそれほど気にも留めなかったらしい。家宅捜索を行った結果、その医者が切り裂きジャック本人であると断定できる証拠がいくつか見つかった。
医者は泣きわめき、これ以上殺人を重ねるぐらいだったらいっそ殺してくれと警察に懇願したという。精神科医の鑑定の結果、彼は精神異常と判断され、ロンドンの北のイズリングトンにある精神病院に仮名で収容された。もちろんこれらのことは秘密厳守で、精神病院の看守たちでさえ、この元医者が切り裂きジャックであることは最後まで知らなかったという。
5人を殺害し迷宮入りになったとされる公式の記録と、17人殺害し霊媒師によって逮捕されたというこの説と、はたしてどちらが本当であろうか。
怖い話投稿:ホラーテラー とくめいさん
作者怖話