私の友達、MちゃんとSさんは霊が見えます。
これはSさんと仲良くなって、少し経ってからの話です。
「今日は珍しく遅刻だけど、どうかしたの?」
いつもなら誰よりも早く学校にいる筈のSさんなのですが、その日は昼休みになってようやく学校に来ました。
「つかれてるのよ」
Sさんは見るからに顔色が悪く、目の下にはくまも出来ていました。
「その様子じゃ、相当疲れてるみたいだね。大丈夫なの?」
「憑・か・れ・て・る・の」
私は、はっとしました。
「ということは、今、側にいるってこと?」
「そうよ」
しかし、それはおかしな話でした。
なぜならSさんは、霊と関わり合いになることを基本的に避けていて、仮に憑かれたとしても問答無用で追い祓うような人なのです。
「どうして祓わないの、Sさんらしくもない。
見ない、触れない、関わらないが信条って言ってたのに」
「それは……」
Sさんは気まずそうに目を逸らしました。
そこに、Mちゃんがお弁当を持ってやってきました。
その日はMちゃんとお昼ごはんを食べる約束をしていたのです。
「○○ちゃん、お昼ごはん……あれ? それは……」
Mちゃんは、Sさんの足元に何かを見たようでした。
「Mちゃん、何が見えるの?」
「仔犬なの。可愛い」
「三日前から憑かれて困ってるのよ」
Sさんによると、三日前たまたま通りがかった路地でこの仔犬の霊を見つけたそうです。
後をつけてくるから祓おうとしたけど、変に情が移ってしまい、結局取り憑かれてしまったのだとか。
「こっちに躊躇があると祓えないのよ」
「この仔犬可愛いの」
どうやら二人の目には可愛らしい仔犬が見えているようでした。
私は少し疎外感をおぼえました。
「憑かれて困ってるっていうけど、可愛い仔犬で害は無いんでしょ? だったらしばらくは憑いたままでも……」
「この仔犬、餓死してるのよ。そのせいかこっちの活力をどんどん食ってきてね。
悪気は無いんだろうけど、このままじゃ私の身が持たないわ」
そう言ってSさんは栄養剤のキャップを開けると、飲み干しました。
「Mちゃん、なんとか出来ないかな?」
私はMちゃんに頼んでみました。
「……知らないの。Sさんは自分の身くらい守れると思うの」
それはMちゃんらしくないセリフでした。
「あの、Mちゃん。もしかして……根に持ってる?」
「別に何も根に持ってないの」
明らかにこの前、Sさんにこっぴどく言われたことを根に持っていました。
そんな態度を取るMちゃんを初めて見るので、私は意外に思いました。
(Mちゃんもたまにはこんな顔するんだ)
しかしSさんには、そのMちゃんの態度が癪に触ったようでした。
「別に助けてなんて頼むつもり無いわ。あなたみたいなのに頼むと余計に酷いことになりそうだし」
SさんとMちゃんの間に火花が散ります。
「ま、まぁ二人とも落ち着いて……ね?」
「○○ちゃん、行こう」
Mちゃんがなだめる私の手を引きます。
「……Sさん、無理はしないでね!」
私はそれだけ言って、その場を後にしました。
「Mちゃん、らしくないよ」
食堂で私はMちゃんを諌めました。
「でも……」
「まぁ、確かに言い方はキツかったけど……Sさんは、いい人だよ。
それに、今回のこと。Mちゃんも昔に、同じようなことあったでしょ」
Mちゃんは納得したような、納得出来ないような顔をしていました。
それからの数日間、Sさんは大変でした。
授業は寝通し、休み時間の度に栄養ドリンクを飲み、昼ごはんはドカ食い。
食べて寝て、なんとか体力をもたしている感じでした。
それでいて、時々やってくるMちゃんとは一触即発なのです。
「調子はどう?」
「見てわからない? 最悪よ。
私になついてんのかしら。しょっちゅうじゃれてきて、うっとうしいわ」
眠たげな目でSさんは答えました。
足をパタパタ動かしていて、どうやら仔犬にじゃれさせているようです。
「……満更でもないように見えるのは気のせいかな?」
「……お馬鹿。そんなわけないでしょ」
そうかな、と思いましたが、私は黙っておきました。
「まだ祓えないの?」
「まだ親が見付からなくてね。どっかでさまよってる筈なんだけど」
親犬に死なれて餓死した仔犬らしく、Sさんはこの数日間ずっと親犬の霊を探していました。
「ね、名前とか付けた?」
「はぁ? 霊なのよ?」
「でもさ、名前くらいあってもいいんじゃないかな」
仔犬のうちに死んでしまったのです。
霊とはいえ、それくらいしてあげてもいい筈だと、私は思ったのです。
「……じゃあ、ポチ」
「ポチ……」
「何よ、文句あるの?」
すっごいありがち、と危うく言いそうになりましたが、私は押さえ込みました。
不思議なことに、名前を付けて以来、Sさんは楽になったようでした。
顔色も随分良くなって、ポチを見る目もなんだか優しげでした。
「最近ポチはどう?」
「相変わらずじゃれてくるわ。でも、そろそろ……」
私は思い出しました。
いつまでも霊と一緒にいる訳にはいかない。
昔、Mちゃんからも聞いたことでした。
「親犬は……?」
「まだ見つからない」
Sさんはそれだけ呟くと、黙り込みました。
その目線はポチに向いているようでした。
私にはポチは見えません。
しかし、別れの時が近付いていることは、私にも分かりました。
Sさんがポチに取り憑かれてから、何週間か経った頃です。
Mちゃんがやってきて、Sさんに言いました。
Sさんは、しばらく黙っていましたが、やがて「ありがとね」と一言だけ呟くと、少しの間、目線を下に移しました。
そして、ゆっくりと私を見ました。
「あなた、今日放課後空いてるかしら?」
私は頷きました。
連れてこられたのは、Sさんがポチに憑かれたという路地でした。
しばらく待っていると、Mちゃんもやってきました。
「この子……」
Mちゃんが呟きます。
どうやら、親犬の霊を連れてきたようでした。
「ほら、ポチ」
私の目には、何も見えません。
しかし、ポチはついに親犬と再開を果たしたのです。
「……ふふっ。はしゃいでるわ」
Sさんは微笑を浮かべ、何もない空間を眺めていました。
Mちゃんも、微笑んでいました。
――――。
「今、鳴き声が聞こえた」
その時、私の耳には、確かに仔犬が甘えるような鳴き声が聞こえたのです。
「……そうね」
Sさんはぐっと、何かを堪えていました。
怖い話投稿:ホラーテラー かるねさん
作者怖話